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2、タイトル回収といきますか

 起きると五時だった。私の体内時計は高校時代から機能を停止している。しなしなポテトを食べつつスマホを開いた。今日だけ五十巻無料公開の漫画。これは絶対外せない。


「ぐあ尊っ」


 表紙に胸を撃ち抜かれつつ、いそいそと読み始める。一話の初々しい絵柄が目に沁みるなあ。私は古参面して物語の世界に潜っていく。


「ふうー……」


 連続五十巻は大変だけど、達成感がとんでもない。ブルーライトに痛めつけられた目を擦りながら立ち上がった。そろそろコンビニバイトに行かなければいけない。よれよれのカーディガンを羽織って、ダンボールの主張が激しすぎるドアを開けた。


「おはようございまーす」

「あらおはよう」


 同僚のトメさんにお辞儀をする。猫背またはごろ寝がデフォルトの私だけど、こういうタイプの女性はマナーのしっかりした年下を可愛がりたくなると知っているので根性で淑女をやっている。案の定、トメさんは目じりを下げて笑った。


「みちるちゃんは偉いわねえ」

「っス」


 ごめんねトメさん。私昨日悪役令嬢煽り散らかして追い出したんだ。まあ向こうが悪いけど。昨日のヒステリー令嬢に思いを馳せていると、自動ドアが開く。


「いらっしゃいませー」


 さて労働労働。私は客に向き直った。あ、いつも肉まん注文してくれる肉マンだ。


「休憩行ってきまーす」


 今日は昼なしだけどデイリーミッションが終わってない。スマホを開こうとしたとき、同僚の高橋くんが近づいてきた。彼は大学生だが現役厨二病で、グロい話とか悪魔の話を永遠としてくるので、私も自作の魔法少女の話で対抗しているうちに仲良くなった。


「カシマさんカシマさん」

「今日は聞かないよ」

「違いますよ。なんか近所にヤバいやつが出たって」

「高橋くんより?」

「俺?」

「前公園で魔法陣書いたって言ってたじゃん」

「あれは世界のためなんで」


 それより、と詰め寄る高橋くん。迫力がちょっと気持ち悪い。


「すっっっっごい美少女がヒステリー起こしてスーパー燃やしかけたって話なんですけど」

「おーっと?」


 心あたりしかない話である。彼女のことは放火魔と呼んであげるべきだろうか。


「俺も堕落したこの身を浄化の炎で焼いてほしいなあ……」

「はいはい」


 悦に入った高橋くんを追い出してスマホを開いた。そのままソシャゲを開こうとしたけど、ちょっと迷って不審者情報を調べた。そうしたら出るわ出るわ。スーパーでボヤ、本屋でボヤ、ジムでボヤ、スーパーで冠水、レストランで感電、居酒屋で謎の植物大量発生……


「やっっっばいなこいつ」


 災厄という言葉がかわいく思える。こいつ異世界追放の流刑くらったんじゃないの?


「まあ、気にしないでいこう!」


 そんなことよりイベ周回!


「おつかれっしたー」


 五時になったので労働終了。家に帰って乙女ゲーをする。


『俺、お前のことがずっと好きだったんだ……!』

「ふぎゅっ」


 クズだってよく言われるけど、クズにもときめく心くらいある。特にイケメンに弱い。こんなかっこいい人間に迫られて誰か拒否出来るっていうんだ。寿命すら余裕で貢いで見せる。ストーリーを進めていくと、金髪のライバルキャラがお嬢様言葉でしゃべりだしたため一旦終わらせた。昼寝でもしようかな。


「はっ!」


 水中から引きずり出されるような目覚め方をしてしまった。今日は睡眠に縁がない日みたいだ。時間は九時半。十時から夜勤があるので用意を始めた。夜ごはんは気分じゃないから食べない。


「いらっしゃいませー……?」

「た、助けてくれえ!」


 おかしいな、こんなのがもう三件目だ。まるで燃やされたかのようにすすけた服の人々が次々に入店してくる。


「レジ袋はご利用になりますかー」

「匿ってくれ! 奇声を上げた金髪女が!」

「そのような商品はこちらでは取り扱っておりませんねー。期間限定商品の桜あんぱんはいかがでしょうかー」

「鹿島さん、話聞いてあげませんか? 三人目ですよ……?」

「それではいってらっしゃいませー!」

「嫌だあ! 死ぬ!」


 もはや接客マニュアルなど参考にしている場合ではない。この町で起こる緊急事態になにひとつ関わりたくない。私は心を鬼にして――いや、そこまで気合を入れたわけではないが――救援を求める人々を追い払い続けた。一時を回ったところで、私の苦しみが天に通じたのか雨が降ってきた。これで放火は減るだろう。



 夜の町は静かで好きだ。夜勤が終わったという解放感もあいまって、空の広がりがとても美しい。私はうきうきと家に戻り――ドアの前で立ち尽くす金髪が視界に入った瞬間回れ右でスタンディングスタートを決めた。後ろからゴリラのごとき足音が追いかけてくる。


「ちょっと下民! 待ちなさい!」

「待ちたくなーい」


 とはいえこのまま追いかけっこをしていては退去一直線だ。私はくるりと身を翻し、悪役令嬢ともども部屋になだれ込んだ。彼女はなにかわめいていたが無視する。


「……で、なんで戻ってきたの」

「わたくしが望んだような言い方はやめてくださる? 譲歩の譲歩の譲歩の譲歩、地の果てまで譲った結果ですのよ」

「はいはい。結局なにが言いたいの」

「貴方をわたくしの世話係に任命して差し上げますわ!」

「チェンジで!」


 一瞬で切り捨てる。誰が犯罪者を匿おうと思うんだ。悪役令嬢は不満そうに唇を尖らせているが、逆に問おう。


「じゃあそっちは自分の家を燃やしてくるやつ置いておけるの?」

「消し炭ですわ」

「ほらー!」


 なぜ自分だけが特別だと思うんだろう……いや、そういう育ち方をしてきたんだろうな。


「……正直、分かってはいるのです」


 その時、彼女のまとう雰囲気が変わった。高飛車なバイオレンス女の姿は掻き消え、ほのかな月光に照らされるその姿はまさに深窓の令嬢だった。


「わたくしは追い払われたのだと。あの女のどうしようもない嫉妬でしょうが、それでもわたくしは負けたのです」


 言っていることはめちゃくちゃなはずなのに、私はなぜだか目を離せない。


「だから貴方、わたくしの犬になりなさい。そうすればこれまでの無礼を水に流して差し上げますわ」

「犬はいやだ」


 即答したけど、否定は出来なかった。相手にもそれが伝わったのか、私はまだ消し炭にされていない。私は彼女の全身を見回した。昨日は気づかなかったけれど、あちこちに豪奢なアクセサリーを身に着けている。

 ……これ、相当高く売れるんじゃないか。私はあまりにも即物的に心を決めた。


「家にいるぐらいは許してあげるよ、その代わりアクセサリーは全部売ろうね」

「ええ……ってなぜ貴方が命令を!? わたくしの世話を出来る名誉を伏して嚙み締めなさい!」

「拷問の間違いでしょ」


 私は軽やかに笑いながら悪役令嬢に手を差し出した。


「これからよろしくね」


 人生で一回ぐらいは、こんなこともあっていんじゃないかと思った。


よければポイントおねがいします。

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