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1、洗面所からこんにちは

 中途半端に閉まったカーテンの隙間から日光が直撃して、私は叩き起こされた。


「やっちまったあ……」


 背中は痛いし服はめくれてちょっと寒いし机の上には総菜のパックと飲みかけのコーラ。大好きなシリーズの新作を徹夜でやりこもうと目論んでいたのに寝落ちしたらしい。うわ今何時なんだろ。尻ポケットのスマホを取り出す。


「10時……」


 やっちまったどころじゃない。午前のシフトが入ってたら完全に詰みだった。でも現実は私に甘い。今日の仕事は午後から、完全勝利。もう一面いっとくかと転がったコントローラーを握った瞬間、轟音が鳴り響いた。嵐でも起こったかと思ったけど、発音体は私の腹だった。


「さすがに人間生活しないとまずいか」


 とりあえず顔洗って推しのウエハースでも食べよう。私は洗面所のドアを開けた。開けた、はずだった。


「えっ?」


 床が金色に光っている。私はドアを閉めた。


「いやいやいやいやゲーム脳の幻覚っしょ」


 開ける。やっぱり金色だった。頬をつねっても叩いても変わらない金色。しかし、ここで事態は進展した。床が光っているわけじゃなかった。


「めっちゃ金髪の人……?」


 まばゆいばかりの金髪を持った少女が、倒れているのである。


「えっ、私犯罪しちゃった?」


 落ち着け昨日は呑んでないはずだぞ鹿島みちる。夢なら覚めてくれと頬をぎゅむぎゅむ引っ張りながら少女に近づいてみる。


「おーい、だいじょぶですかー」

「はっ!」


 動いた。覚醒した少女は勢いよく立ち上がると私を見上げた。


「貴方、誰ですの?」

「はっ?」


 何そのお嬢様キャラ――とは言えなかった。彼女から発せられるオーラが、あまりにも高貴だったのだ。腰まである純金のような長髪に清流を宿す青い瞳。極めつけにゴスロリ。しかも彼女、洗面所にハイヒール着用ときている。これはもう完璧にお嬢様だろう。問題は、推定お嬢がなぜ我が家で倒れているのかだった。


「あの、なんでこんなとこ来たんすか」

「不敬でしてよ」


 絶対零度の視線を向けられた。あれ、見た目ほどうるわしくないかもしれない。いやいや、気を取り直してもう一回。


「ここ私の家なんですけど」

「ここが? 豚小屋かと思いましたわ」


 豚小屋!? 確かに狭いけど豚小屋はないだろ豚小屋は。なんなら豚小屋のほうが広いまであるのに。 この不遜な物言いに、私はすべてを理解した。


 こいつ、ホンモノの悪役令嬢だな……?


 数多のラノベを通ってきた私にはわかる。家柄がすごくて許嫁がいて魔力も高くて学園に何人もの取り巻きがいて最終的に主人公にフルボッコにされて勘当されるタイプの悪役令嬢だ。偏見だけど。


「そこの誘拐犯、ここがどこか今すぐに教えなさい。そうすれば火炙りは勘弁してあげますわ」

「東京っていうんですけどね」

「トウキョウ? そんな地名聞いたこともないですわ。汚い声で嘘を吐くのをやめてくださる? 耳が腐ってしまいますわ」


 酷すぎる。私のこと誘拐犯だと思ってるのにこんな態度なことある? 拉致られてるなら殊勝にしとけよ。


「うーん……」

「正直に言えば地獄行きで済ませてあげますわよ」

「地獄以下って何?」


 こわいこわい。しぶしぶ異世界だと言えば、悪役令嬢はキーキーわめき始めた。悲鳴が耳に刺さる。このまま鼓膜が地獄行きになってしまいそうだ。


「異世界だなんて! わけがわかりませんわ! あの女!」


 あの女、という言葉から推測するに心あたりがあるらしい。たぶん主人公かいるかもわからない許嫁だろうな。


「誘拐は――いえ、下民!」

「下民!?」


 優雅に髪を振り乱し、私を指す悪役令嬢。対して、特に臆することもなく猫背をやめない私。


「ちょっと! わたくしが名を呼んだのだから跪くのが礼儀でしょう」

「滅んでしまえそんなマナー」


 家主は私だ。むしろ私に跪いてほしいまである。そんなことを考えていると、悪役令嬢が手から火を出し始めたので風呂場に突っ込んで冷水を浴びせた。


「不敬ですわー! 焼き殺してやる!」

「フハハハハ! 家主は私だァ!」


 光り輝く濡れ鼠となり果てた悪役令嬢をひとしきり嘲笑ってから雑に拭いてあげると、髪を焼かれそうになった。風呂付きの部屋に住んでいてよかったと心から思った。


「貴方、稀代の暴君ですわね……! 国に帰ったらお父様に言って処刑しますわ!」

「自分ひとりで処刑も出来ないのに地獄行きとか言っちゃってんの?」


 ボサ髪令嬢がさえずっている。絵面が面白すぎて笑いが止まらない。私の笑い声と比例して、悪役令嬢の青筋が増していっている。顔色も赤青紫と変色して実に飽きない。その顔色がなんと緑になったところで、悪役令嬢は天を貫くような声で叫んだ。


「こんな役立たず、願い下げですわー!!!」


 そのまま玄関に放火し、足をドカドカ踏み鳴らし、ドアの開け方がわからず三回試して最終的に破壊して出て行った。


「役立たずかあ……」


 最後のは結構刺さったな。私は淡々と消火して、ダンボールをドアに貼り付けて補修した。これどこに電話すれば直してもらえるんだろう。穴をあらかた塞いだところで、疲れが肩にのしかかった。


「お腹すいたなあ」


 今日はチートデイにしよう。コンソメポテチの大袋と二リットルのコーラとデリバリーしたトリプルチーズバーガーを平らげ、ゲームをしまくる。そんな幸せに浸りながらふと思った。


 あの悪役令嬢を拾っていたら、私もラノベの主人公になれていたのかもしれない。


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