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エリシア視点

――私は、影に生きる者だった。

愛も、優しさも、知らない世界。

ただ殺す。それだけのために育てられた、人形。


「任務は一つ。標的を殺し、生きて戻れ」

それが、私のすべてだった。


けれど――その日、私は死んだ方が楽だと思った。

全身を切り裂かれ、血を流し、石畳に倒れながら。

命令は失敗。組織に戻れば処分される。

抵抗する気力もなく、私は冷たい床に頬を押しつけて、瞼を閉じた。


(……ここで終わりか)


暗殺者としての矜持は、捨てる気はなかった。

叫びも、泣きも、しない。

ただ静かに、終わりを待っていた――その時。


「……お姉さん、血、止めなきゃ……!」


小さな声が、耳に落ちた。

次の瞬間、ふわりと何かが肩にかかった。

……布?

いや、それだけじゃない。

温かい……?


「うわっ、すごい血……でも、大丈夫、まだ息ある」


(誰……?)


かすれた視界に、少年の顔が映った。

黒髪、少し長め。

あどけなさを残した顔立ち――でも、その瞳が、不思議だった。

どこか疲れたように死んでいるのに、私を見つめるその目は、ひどく優しい。


「……逃げろ。巻き込まれる……」

私はかすれた声で、かろうじて言った。

なのに、少年は笑った。


「やだ」


――は?


「死んだら、悲しいでしょ。だから助ける」

当たり前みたいに、そう言った。

信じられなかった。

この世界で、そんな言葉をかけられるなんて。


「お姉さん……名前は?」

「……ない」

「じゃあ、エリシアって呼んでいい?」

「勝手に……」

「じゃあ決まり! エリシア、もう死なないで」


……どうして、そんな簡単に言えるんだろう。

殺ししか知らない私に、どうして笑えるんだろう。


(この子は……馬鹿だ)

でも――胸の奥が、熱くなった。

痛みとは違う、何か。

私を突き動かす、初めての感情。


その日、私は初めて“生きたい”と思った。

この声を、もう一度聞きたい。

この手に、もう一度触れたい。

だから――私は誓った。


この人だけは、裏切らない。

この人のために、生きる。

この人のために、殺す。



それから私は、すべてを捨てた。

組織を裏切り、追手を全員、闇に葬った。

血の匂いで満ちた夜をいくつも越えて、私は彼の屋敷に辿り着いた。

そして告げた。

「……私を、あなたの影にしてください」


カナメ様は、困ったように笑った。

「うーん……影って言うか、メイドでいい?」

「……はい」

その瞬間、私の運命は決まった。



あれから何年も経った。

私は今、“完璧なメイド”として、ご主人様に仕えている。

……表向きは、ね。

本当の私は、まだ血に飢えた獣だ。

でも、もうあの頃の私じゃない。

殺す理由は一つだけ――カナメ様を守るため。

カナメ様を奪おうとする、すべてを消すため。


ご主人様が望む“平穏”を、血で舗装するのは私の役目。

――ええ、気づかれないように。

嫌われないように。

だって、私は彼にとって優しいメイドでいたいから。



今日も、ご主人様は無防備に微笑む。

「エリシア、お茶」

「かしこまりました」

淹れた紅茶を差し出すと、指先が触れた。

――電流みたいに、胸が震える。


「……熱いから、気をつけて」

「……はい」

(可愛い……)

思わず、口元が緩んだ。

……ダメ、笑わないと決めてたのに。


「エリシア?」

「何でしょう」

「いや……ちょっと、優しい顔してるなって」

「気のせいです」

私は即答し、視線を逸らす。

心臓が、うるさい。

でも――嬉しい。

ご主人様が、私を見てくれたから。



夜、屋敷の屋根に立ち、月を見上げる。

影から現れる黒衣の男たち――組織の残党だ。

「処刑人エリシア……裏切り者は、殺す」

「そう」

私は冷たく笑い、刃を抜く。

「私を殺せるなら、やってみなさい」

……結果?

一瞬で終わった。

月明かりの下、地面に転がる死体の山。

私は返り血を拭い、呟く。


「……まだ足りません」

もっと強くならなきゃ。

もっと、美しくならなきゃ。

もっと、ご主人様に愛される女にならなきゃ。


世界中を敵に回しても構わない。

だって――私は、ご主人様に救われた命。

この命のすべてを、あなたに捧げる。


(カナメ様。お願い、私を捨てないで)

唇を噛み、月を見上げる。

その瞳は、愛と狂気で満ちていた。


――エリシアの夜は、まだ終わらない。

昔は可愛かったんだ、昔は…

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