姉・リシア編(独占欲+カッコいいお姉ちゃん視点)
――私は、完璧でなければならない。
リシア=フォン=レクスハルト。
侯爵家の長女にして、次期当主候補。
剣も魔術も王国最高峰、政略にも明るく、舞踏会では“氷の華”と呼ばれる。
――でも、本当はね。
ただ一人の弟の前では、そんな肩書き、どうでもいいの。
(カナメ……今日も、私を見てくれるかな)
鏡の前で髪を整えながら、自然と口元が緩む。
腰まで伸ばした黒髪は、父譲りの漆黒。
瞳は母譲りの深碧。
どんな男も、どんな女も、この顔を見れば息を呑む。
……でも、あの子だけは。
「お姉ちゃん、すごいね」って、笑ってくれれば、それでいい。
それ以外は、全部いらない。
◆
カナメは、昔から私に懐いてくれた。
小さい頃は、よく私の後ろをちょこちょこついてきて……
「お姉ちゃん、剣、教えて!」って。
その声が、可愛くて、愛しくて――
(あの頃に、戻れたら)
でも、今はもう、背丈もほとんど同じ。
少年の輪郭は消えて、少し大人びて……
でも、死んだ魚みたいな目だけはそのまま。
(……そこが、たまらないんだけど)
◆
最近、カナメは屋敷で騒がしい。
無限合成? 世界最強?
どうでもいい。
あの子が望むなら、私はどこまででも付き合う。
――でも。
(最近、エリシアが距離を詰めすぎてる)
無表情で、当たり前のようにカナメに触れて。
気づいてる? あれ、完全に“狙ってる”わ。
ふふ、面白い。
お姉ちゃんね、そういうの……潰すの得意なの。
◆
私は完璧なお姉ちゃんを演じる。
――でも、その裏で、弟を奪おうとするものは全部排除する。
舞踏会で近づく令嬢?
「カナメは婚約者が決まってるの、ごめんなさい♡」って笑顔で嘘をつく。
エリシア?
――あれは、どうするか考え中。
無表情の仮面を剥がして、跪かせるのも……悪くない。
◆
そして今、私はカナメの部屋の前に立っている。
ドアを開けると――
「……あ、リシア姉」
黒髪を乱したまま、ベッドに寝転がってる。
だるそうな目。
本を片手に、片肘ついて。
(っ……可愛い)
何その、やる気なさそうな仕草。
世界で一番、私だけが見ていい姿。
「お姉ちゃん、暇だから遊びに来たわ♡」
私は、何気ない風を装って近づく。
ベッドの端に腰を下ろし、そっと肩に手を回す。
「ちょ……近い」
「いいでしょ? 姉弟なんだし♡」
そう言って、私の胸をわざと押し付ける。
だって、もう“子ども”じゃない。
男の子の顔、してるんだもの。
「……お姉ちゃん、やっぱり綺麗だな」
その一言で、心臓が爆発するかと思った。
(言った……カナメが、言った……!)
――もっと欲しい。
もっと、私を見て。
もっと、「好き」って言って。
「カナメ、こっち向いて?」
顎に指を添え、顔を上げさせる。
至近距離で、見つめる。
死んだ魚みたいな目に、私の顔が映ってる。
……この目に映る世界、全部、私で埋め尽くしたい。
◆
「な、なに……」
「ううん。確認してただけ」
唇が触れそうな距離で、私は笑う。
――本当は、今すぐ奪いたい。
でも、それをやったら、カナメに嫌われるかもしれない。
だから――じわじわ、ね。
「じゃあ、ご褒美」
私は、カナメの額にキスを落とす。
軽く、音を立てて。
「っ……な、何するんだよ!」
「お姉ちゃんはね、カナメが褒めてくれたら、すごく嬉しいの♡」
◆
その夜。
私は、自室で紅茶を飲みながら微笑む。
(エリシア、どう動くかしら)
あのメイド、絶対、何か仕掛けてくる。
でも――勝つのは私。
だって、私はカナメの“初めての女”なんだから。
産声を上げたときから、ずっと隣にいた。
誰にも、その事実は変えられない。
(カナメ。お姉ちゃんね、どこまでだってあなたについていく)
例え、王国を敵に回しても。
だって――カナメは、私の弟で、私の全てだから。