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アルグレア編(父の独白エピソード)

――私は、完璧な父でなければならない。


カナメにとっての、理想の父でありたい。

強く、頼もしく、誰よりもカッコよく――そして、何より「一緒にいて安心できる存在」でなければならない。


……それがどれほど難しいことか、誰も理解できまい。


私はアルグレア=フォン=レクスハルト。

この大陸で“英雄”と呼ばれた男。

帝国最強の剣士にして、数多の戦場を渡り歩いた伝説の軍神。

一振りで要塞を砕き、一騎で軍勢を潰走させたと恐れられた存在。


――だが、そんな肩書きはどうでもいい。

私は、ただの「一人の父」でありたいだけだ。

カナメの、父親として。


(……カナメは、今日もよく寝ているだろうか)

朝、執務室で書類を捌きながら、つい考えてしまう。

あの童顔で、眠たそうな目を擦る仕草。……可愛い。

あんな目をして「おはよう」と言われたら、私の心臓は毎朝、爆ぜそうになる。


だが、私は決して表に出さない。

父親として威厳を持ち、堂々とした態度で接する――そう決めている。

……嫌われたくないのだ。

父親を鬱陶しいと思われたくない。

「過保護」だと笑われたくない。

だから、私は全力で“理想の父親”を演じる。


しかし――その裏で、私は常に動いている。

息子に降りかかる可能性のある全ての火種を摘むために。

カナメが「安全で」「幸せで」「笑っていられる」ように。

そのためなら、王国一つ、帝国一つ、消える程度のことは、なんでもない。


……笑えるだろう?

かつて私は「国家の盾」と呼ばれた。

だが今の私は、ただの「一人の少年のために世界を切り裂く剣」だ。



きっかけは、ほんの小さな違和感だった。

カナメが十歳を過ぎても、特別な魔力も戦闘能力も発現しなかったこと。

――英雄の血を引き、女神の祝福を受けた子なのに。


私は焦った。

「才能がないのではないか」などという愚かな噂を、必死に握り潰した。

笑止千万だ。

才能がない?

私の息子に限って、そんなことがあるはずがない。


私は、裏で情報を集め、古文書を漁り、神殿に賄賂を渡し、時に“口封じ”もした。

そして――ついに掴んだ。

カナメが持つ力、それは【無限合成】。

神話級の、世界でただ一人のスキル。


……その瞬間、私は震えた。

やはりだ。

やはりカナメは、選ばれし存在だったのだ。

私と妻の愛が生んだ、奇跡の子。


(だが――なぜ今まで目覚めなかった?)

理由は単純だった。

カナメは、優しすぎるのだ。

戦いたくない。争いたくない。

ただ、穏やかに生きたいと願っていた。

……その心が、彼の力を眠らせていた。


私は決めた。

この力を、誰にも悟らせない。

王にも、教会にも、帝国にも。

カナメを狙う者は――すべて、闇に葬る。


そのために、私は動き続けている。

表では、王に忠義を誓う英雄。

裏では、諜報組織〈黒鷲〉を使い、カナメに近づく不穏分子を始末する影。

盗賊団“黒の牙”?

あれは、カナメの力を試すために、私が裏で仕組んだ茶番だ。

……もちろん、手出し無用と厳命していた。

だが、エリシア――あの娘が思った以上に暴れすぎて、予定が狂ったな。



カナメの前では、決してそんなことは言えない。

「お前のために、私は世界を動かしている」などと口にすれば、彼は嫌悪するだろう。

……そんな顔、見たくない。

だから、私は今日も“ただの立派な父”を演じる。


だが――演じながら、私は密かに願っている。

もっと、私を頼ってほしい。

「父さん、助けて」と言ってほしい。

私はその一言で、大陸すべてを敵に回しても構わない。


――いや、もう敵に回しているのかもしれないな。

王は私を恐れ、貴族たちは私を遠巻きにする。

構うものか。

私は、カナメの笑顔一つのために生きている。


……最近、あの子はエリシアに懐かれすぎだ。

あのメイド、目が笑っていない。

隙あらば、カナメを自分の世界に閉じ込めそうな危うさがある。

放っておけば、いつか牙を剥くかもしれん。

……殺すか?

いや、今は駄目だ。

カナメが泣く顔は見たくない。

ならば、支配下に置くまでだ。


姉のリシアも同様だ。

あれは、カナメへの愛情が姉弟の域を超えている。

……正直、血筋を恨む。

あれほどの美貌と力を持ちながら、どうして“あんな風”に育ったのか。

おそらく、妻の影響だ。

妻は――放っておくと、カナメを溺愛するあまり、平気で政を投げ出しかねない。

だが、それでいい。

私も同じだからな。



夜、執務室で一人、剣を磨きながら考える。

カナメは、今日も私を「父さん」と呼んでくれた。

短く、素っ気なく、それでも確かに。

その一言で、私は何十年も戦ってきた価値を感じる。


――カナメ。

お前が笑っていられるなら、私は世界を敵に回す。

お前が泣くなら、その涙の原因を滅ぼす。

それが父親というものだろう?


私は、完璧な父でなければならない。

そうでなければ――お前に愛される資格がないからな。


(……次は、どんな“完璧な父親”を見せてやろうか)

私は静かに笑い、再び剣を握った。

その刃に映るのは――息子のために、影に生きる怪物の顔だった。


――世界など、どうでもいい。

お前一人いれば、私はそれでいい。

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