「母、世界を敵に回す」
――学院の空が、裂けた。
爆音と共に、雲を突き破る光の柱。
その光は――まるで神の裁き。
いや、神でさえ震えるであろう魔力の奔流だった。
「な、なんだ……!?」
黒の牙の戦士たちが一斉に動きを止める。
学院の生徒も、教師も、戦場の全員が空を見上げ、絶望した。
――そこに、彼女はいた。
白銀の髪を風に揺らし、宙に立つ女。
その姿は、神話の魔女。
だが――その瞳には、ただ一人しか映っていなかった。
「……カナメ♡」
甘く、とろけるような声が戦場に降る。
次の瞬間、空間が崩れ――彼女は現れた。
ルナリア・ヴァルディアス。
世界最強の大賢者。
そして――息子を溺愛する母。
「――ご主人様の、お母様……!?」
エリシアが、顔を引きつらせた。
殺し屋の血が、本能的に告げている。
“この女は、世界の理そのものだ”と。
「ママ……!?」
姉リシアの顔が真っ青になる。
(やばい、母さん本気だ……!)
学院主席にして剣と魔法の天才、だが――
その才能さえ、母の前では塵。
「お兄様……」
リリアナが震える声で呟く。
その瞳は燃える炎。
(ママまで来た……? でも――負けない。お兄様は、私のもの)
――戦場は、一瞬で修羅場へと変貌した。
「カナメ♡ 怪我はない?」
母が微笑みながら、俺の頬に触れる。
――柔らかく、甘い香り。
だが、その笑みの奥に――狂気が潜む。
「お、お母……さん!? なんで――」
「あなたが泣いてると思ったら……世界を壊してでも、迎えに行くに決まってるじゃない♡」
「やめて!? 王国終わるよ!?」
「構わないわ♡」
「やめろよおおおおお!!」
その瞬間、黒の牙の指揮官が吠えた。
「攻撃しろ! あの女を殺せ――」
――言葉は、最後まで続かなかった。
なぜなら、その瞬間、世界が――止まったからだ。
時が、止まった。
「……?」
声にならない悲鳴が、戦士たちの喉で凍りつく。
彼らの肉体は動かない。
空中で炎が止まり、瓦礫が浮かぶ。
「時空固定」
ルナリアの声は、冷ややかだった。
「ごめんなさい。あなたたちには、もう動く自由を与えないの」
黒の牙、壊滅。
ただ、母が指を鳴らしただけで。
「お、おい……今、何したんだよ……」
俺は戦慄していた。
チート持ち? 無限合成?
――そんなもの、母の前では紙屑だ。
(あ、やべえ……この人、世界壊せるじゃん)
「カナメ、怖い夢はもう終わったわ」
ルナリアが微笑む。
――いや、終わってねえよ!
むしろ悪夢はこれからだ!
「ご主人様のお母様。感謝します」
エリシアが深く頭を下げる――が、次の瞬間、刃を隠し持つ手に汗。
(……この女が敵になったら、どうやって殺す……?)
本能が告げていた。
勝てない。絶対に。
「母さん、ありがとう。でも、もう大丈夫だから――」
「何言ってるの、カナメ? まだ終わってないわ」
「え?」
母が振り返る。
その瞳は、凍てついた銀。
「私の息子を狙った罰――この学院ごと、消す」
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」
床に膝をつく教師たち。
逃げる生徒たち。
そして、剣を構えるリシアが叫んだ。
「母さん、落ち着いて! 学院を潰したら――」
「あなたも、まだ私のカナメを独占したいの?」
母の声が、甘い毒に変わる。
「……そんな目をして」
「ち、違っ……」
「なら、ここで決めましょう。
――誰が、カナメを一番愛しているか」
「……上等よ」
姉が剣を構えた。
銀髪のメイドがナイフを抜き、血の匂いを漂わせる。
そして、白銀の妹が――微笑んだ。
「面白いわね。じゃあ、始めましょうか」
俺は――絶望した。
(なにこの状況!? 俺、ただゴロゴロしたいだけなのに!)
そして、学院戦争は“家族修羅場大戦”に変わる。
――その時、遠く離れた王城で、一人の男が立ち上がった。
「ルナリアが動いた……」
公爵ヴァルディアス。
その手は、伝説の剣を握っていた。
「……面白い。なら、俺も行く」
その瞳に燃えるものは――父としての狂気。




