学院に激震!黒の牙・本隊襲撃と三つ巴の守護戦線
――俺は、やっと寮の自室に戻った。
「……よし、今日こそゴロゴロする」
ベッドにダイブ。枕が柔らかい。シーツの匂いが心地いい。
朝から入学式だの模擬戦だの、散々目立たされた俺にとって、今この瞬間が真の幸せだ。
(今日はもう誰にも邪魔されない……絶対に……)
そう、ゴロゴロデーだ。
いや、正式名称をつけるなら――
**「異世界ゴロゴロ安息計画・第一章」**だ。
カーテンを閉め、ふかふかのベッドでひたすら横になる。
この瞬間、俺は誰よりも幸せなはずだった。
――が。
「カナメ♡」
ドアが静かに開く音。そして聞き慣れた声。
(……やばい、もう嫌な予感しかしない)
「ねえ、今日の模擬戦、すごかったわよ? あんなにカッコいい弟、誰にも渡したくない♡」
姉――リシアが部屋に突撃してきた。
黒髪ロングを揺らしながら、堂々とベッドに腰かける。
密着。距離ゼロ。
しかも、なんで浴衣っぽい部屋着なんだよ!? 肩出てるし!
「……姉ちゃん、出てって」
「やだ♡」
「やだ、じゃねえよ!」
俺が逃げる間もなく、腕を絡めてくる。
頬に柔らかい感触、そして耳元で甘い声。
「ねえ、カナメ……今日の戦い、姉ちゃん、見ててドキドキしちゃったの。
あんなに強くて……でも、普段はだらけてる可愛い弟……たまらないわ♡」
(こいつ……本格的にヤバいモード入ってる!)
俺が必死に剥がそうとした、その瞬間――
「……何をしているのですか、リシア様」
氷点下の声が響く。
振り向くと、銀髪メイド――エリシアが立っていた。
冷徹な瞳、無駄のない動き、そして――腰にはナイフ。
「えっ……ま、待って、違うから!」
「違わないわよ♡ カナメ、嫌がってなかったもんね?」
「いや、嫌がってたからな!?」
エリシアが一歩、二歩と近づくたびに、空気が凍る。
「ご主人様に不用意に触れるなと……何度言えばわかるのですか」
「不用意じゃないわ、愛情よ。ねえ、カナメ♡」
「おい、俺を巻き込むな!」
――ピキッ。
音を立てて、二人の間に見えない火花が散る。
この瞬間、俺は悟った。
(あ、今日のゴロゴロデー……終わった)
「……殺す」
「やってみなさい、元暗殺者さん」
(いや、殺し合い宣言やめろ!?)
二人の背後で魔力が渦巻く。
やばい、これ本気でやる気だ!
学院の寮が吹き飛ぶレベルの殺気だ!
「お、おい! 落ち着け! 冷静になれ!」
「ご主人様、ここはお下がりを」
「カナメ、姉ちゃんの後ろに隠れて♡」
「どっちにも隠れたくねえよ!」
もう止められない――そう思った、その瞬間。
――学院の鐘が鳴り響いた。
「……っ!?」
「なに、この音……非常警報?」
寮中に緊張が走る。
重々しい鐘の音と同時に、外から轟音が響いた。
空気が震え、窓がガタガタと揺れる。
「……まさか」
エリシアの顔色が変わる。
姉の表情も引き締まった。
「カナメ、離れて」
「ご主人様、下がってください」
二人の殺気は霧散し、代わりに鋭い戦闘モードが展開される。
俺も窓の外を覗く。
――そこには、黒い影の軍勢が見えた。
「……嘘だろ」
学院を囲む、黒衣の集団。
その旗には――牙を象った紋章。
「黒の牙……本隊!?」
エリシアが短く呟く。
(本隊……? あの村を襲ったやつらの親玉か!?)
炎が上がり、悲鳴が響く。
学院の結界が軋みを上げ、魔導塔に黒い瘴気がまとわりついていた。
「リシア様、ご主人様を守りながら迎撃を」
「当然よ。カナメは絶対に渡さない」
二人が同時にこちらを見る。
そして、同じ言葉を吐いた。
「カナメは、私のもの」
「やめろおおおおおおおおお!」
――その瞬間、寮の扉が吹き飛んだ。
黒衣の戦士たちが雪崩れ込み、血の匂いが広がる。
背筋に冷たい感覚が走る。
でも――俺は知ってる。
(……逃げたって無駄だよな)
「エリシア、姉ちゃん」
俺は立ち上がる。
ベッドの上に置いていた、あの剣を手に取って。
「――ゴロゴロデー、また延期だな」
『無限合成』、起動
黒衣の戦士たちが、一斉に俺に殺到する。
――そして、学院史上最大の戦闘が始まった。