妹、突撃!ゴロゴロデー終了のお知らせ
――その日、俺は決意していた。
(今日は……ゴロゴロする。絶対だ)
数日前の学院イベント、模擬戦、派閥争い、姉とメイドの修羅場。
全部まとめて、精神的疲労ゲージMAX。
人間、休息がなければ生きていけない。
異世界でも例外じゃない。
ここはヴァルディアス公爵家の本邸、俺の部屋。
ふかふかのベッド、柔らかな毛布、適度な陽光。
加えて――メイドの淹れた紅茶とスイーツ。
完璧だ。もはやゴロゴロの聖地。
「……ふっ、誰にも邪魔させない」
声に出して言った瞬間――ノック音。
(……嫌な予感)
「カナメお兄さまっ!」
高く、澄んだ声が響いた。
(……終わった)
ドアが勢いよく開き、白銀の髪を揺らす小さな影が飛び込んでくる。
俺の妹――リリアナ。12歳。
将来有望な魔導士候補で、愛らしい顔立ち。
でも、その目は……俺への愛でギラついていた。
「お兄さま! リリアナ、会いたくて……!」
次の瞬間、抱きつかれた。
「ちょ、待っ――」
ふわりと甘い香り。柔らかい頬。
……天使か? いや、悪魔か?
俺のゴロゴロタイム、開始3分で破壊された。
「学院から直接来ましたの。今日は一日、お兄さまと……♡」
リリアナの大きな瞳が潤んで見上げてくる。
(やめろ、その攻撃力……!)
「いや、俺、今日は休むんだって――」
「だから一緒に休みましょう♡」
「いや、そうじゃなくて!」
必死で引き剥がそうとした、その瞬間。
「カナメ♡」
鈴のような声。……姉だ。
黒髪ロングの美人、リシア・フォン・ヴァルディアス。
ドアの向こうで、にっこり笑っていた。
「……なにしてるのかしら、カナメ?」
(やばい。姉の“独占欲モード”が発動した)
「ちょ、これは――」
「ふふ、妹ちゃんと楽しそうね?」
声は甘い。でも目は氷点下。
「リリアナ? お兄さまは疲れてるの。ちょっと離れてくれる?」
「いやです♡ お兄さまはリリアナのものですもの♡」
「……は?」
空気が、ピキリと音を立てた。
――ゴロゴロデー? そんなもの、今この瞬間に消滅した。
⸻
修羅場の火種に油を注ぐ声が、背後から。
「ご主人様。私は、どうすればいいですか?」
氷のような声。銀髪メイド、エリシア。
両手に盆を持ちながら、無表情で立っていた。
「……なんでいるの?」
「ご主人様の安寧を守るのが、私の使命です」
(いや、今お前が一番安寧を破壊してる!)
エリシアの目が、姉と妹を交互に射抜く。
殺気こそ抑えているが、目の奥に炎。
(おいおい、誰か火消しを――って、俺か!?)
「……ちょっと話し合いましょうか」
リシアの声が低く響く。
「お兄さまを愛してるのは、リリアナです」
妹が即答。
「ご主人様をお守りできるのは、この私」
エリシア、冷ややかに宣言。
(これ、俺の意思どこ行った!?)
⸻
――10分後。
部屋の中。姉、妹、メイドが三角形の配置で睨み合う。
俺はというと――ベッドの端っこで縮こまっている。
(なんでこうなった……)
「カナメは、誰と過ごしたい?」
リシアが微笑みながら、でも瞳は獲物を狩る猛獣。
「リリアナですわよね?」
妹、潤んだ瞳で迫る。
「ご主人様。ここは“正しい”選択を」
エリシアの手が、スカートの中でナイフを握ってないか心配。
(正しい選択って何!?)
「……俺、一人で過ごしたい」
勇気を振り絞って言った。
結果――
「「「ダメ♡」」」
三人の声がハモった。
……俺のゴロゴロデーは、死んだ。
⸻
――そんな中、屋敷の遠く離れた一室。
「……動いたか」
低い声が響く。
闇の中で酒を傾けるのは、仮面の男。
机の上には、黒い牙の紋章。
「ヴァルディアス家の坊や……必ず奪う」
その言葉と共に、魔法陣が浮かび上がる。
学院、王都、そしてカナメの平穏を揺るがす陰謀が――静かに動き出していた。