合同演習、無自覚チートで世界が黙る
――なんでこうなったんだろうな。
俺は、広すぎる訓練場の真ん中で、深いため息をついていた。
視線を上げれば、観客席を埋める生徒たちと、教師陣、さらには偉そうな貴族まで。
そして、その視線のほぼ全部が――俺に突き刺さっている。
「では! 王立魔導学院と、隣国レオノーラ騎士学院による合同演習を開始します!」
教師の高らかな宣言に、場がどよめく。
(いや、ちょっと待て。これ、ただの模擬戦じゃないのか?)
そう思っていたのに、始まったのは本気の戦争ごっこだった。
聞いてねえぞ、こんなの!
「ご主人様、準備は整っております」
背後から、氷のような声がする。振り返らなくてもわかる、エリシアだ。
銀髪を風に揺らし、無表情の奥に狂気を隠している。
その姿に、相手の騎士団がビクリと肩を震わせていた。
「いや、整ってるとかじゃなくて……帰りたい」
「許しません」
即答。怖い。
さらに――
「カナメ♡ 今日はお姉ちゃん、すっごく楽しみにしてたの」
横から腕を絡めてくるのは、リシア。
姉にして学院主席、剣と魔法のハイブリッド天才。
そして、弟への異常なまでの愛情が玉に瑕だ。
「ねえ、終わったらご褒美ちょうだい? カナメがんばったら……いっぱい甘えていいから♡」
「ちょ、やめっ……胸! 当たってるから!」
「ふふ、顔赤くなってるのかわいい♡」
周囲の視線がさらに痛い。
「あれが公爵家の問題児か……」「姉もヤバいけどメイドも殺気すごいな」
聞こえてるんだよ、全部!
――しかも、この演習、どうやら負けた方は一年間の授業料免除取り消し+爵位家の信用ガタ落ちらしい。
完全に俺たちの家の威信をかけた戦い。
父さん、母さん、なんで俺に一言も説明してくれなかったんだ。
「それでは、各チーム位置につけ!」
教師の号令で、剣を抜き、魔法陣を展開する生徒たち。
レオノーラ騎士学院の連中、完全に殺る気満々じゃねえか。
鎧はフル装備、魔力の波動もやたら強い。
(……俺、こういうのやりたくないんだけどなあ)
「開始!」
号令と同時に、空気が裂けた。
矢の雨、魔法の砲撃、突進する騎士――訓練とは思えない迫力。
そして、その全てが、なぜか俺の方に飛んできている。
「おいおい、集中砲火!?」
「ご主人様に手を出すな」
エリシアがナイフを抜き、一瞬で十本の矢を切り裂いた。
さらに、投げナイフが放たれ、敵の魔導士の杖を正確に弾き飛ばす。
「ひっ……な、なんだあのメイド……!」
敵の騎士たちが青ざめる。だが、まだ数が多い。
押し寄せる剣士たちに――
「カナメ♡ 下がってて」
リシアが前に出た。剣を構え、魔力を纏う。
彼女の一振りと同時に、風の斬撃が十人をまとめて吹き飛ばした。
「お姉ちゃん、かっこいいでしょ?」
「いや、かっこいいけど……強すぎじゃね!?」
でも――まだ敵は半分以上残ってる。
そして、教師たちが妙にニヤニヤしているのが気になる。
(これ……俺の力、試されてない?)
「ご主人様。出番です」
エリシアが小さく囁いた。
「……いや、俺、やらなくても勝てそうじゃん」
「甘い。――あの者たちを」
視線の先、巨大な魔導兵器を展開している連中が見える。
魔力砲塔、装甲兵……訓練の範囲、完全に超えてる。
(……はあ、マジで面倒くさい)
俺は地面に転がっていた武器の残骸と、周囲の魔力結晶を拾い上げた。
そして、右手をかざす。
「――無限合成、起動」
脳内に、あの光のシステムが走る。
【素材:破損した剣+魔力結晶+鋼鉄片 → 新規アイテム生成】
組み合わせをさらに追加する。
【合成条件拡張 → 全属性適応 → 超圧縮出力】
眩い光とともに、俺の手に現れたのは――
巨大な、槍と銃を融合した兵装。
名称が浮かぶ。
【生成完了:《終焉砲ランス・アークエンド》】
「名前、物騒だな……」
構えると、魔力が槍の先端に凝縮されていく。
敵の魔導兵器が一斉にこちらを狙った、その瞬間――
「撃てええええ!」
「――撃たせねえよ」
引き金を引いた。
圧縮された魔力が解放され、光の奔流となって戦場を薙ぎ払う。
轟音。爆風。
敵陣の巨大兵器は、一瞬で蒸発した。
静寂。
煙が晴れたとき――訓練場に立っているのは、俺と、姉と、エリシアだけだった。
「……は?」
敵も味方も、全員呆然。
教師たちの顔が引きつっている。
「な、なんという破壊力……」
「記録にない……合成の域を完全に超えている……!」
リシアが俺に抱きついてきた。
「カナメ♡ やっぱりすごい! 世界で一番かっこいい!」
「ちょ、やめろ、抱きつくな!」
その後ろで、エリシアがナイフを指で弄びながら、冷たい笑みを浮かべている。
「……ご主人様。やはり、最強です」
声は淡々としているのに、目が狂気に濡れていた。
(あー……これ、完全にやばいやつじゃん)
こうして、俺の“目立たない学院生活”という夢は、また遠のいていった。
――だが、その裏で。
観客席に座る一部の貴族が、ひそひそと囁き合っていた。
「あれが……公爵家の“無限合成”の力……」
「放っておけば、王国の均衡が崩れるぞ」
「黒の牙を、再び――」
嫌な予感しかしない。