学院が修羅場に! 三人の愛と派閥の陰謀
――学院中が、ざわついていた。
理由は簡単だ。
つい数時間前、学院が黒の牙の襲撃を受け――そして、たった一人の少年が、それを撃退したからだ。
その少年の名は、カナメ・フォン・ヴァルディアス。
そう、俺だ。
「……なんで俺、こんなことになってんの?」
俺は学院の医務室のベッドで、天井を見上げながら呻いた。
隣の椅子には、銀髪のメイド・エリシアが無表情で控え――いや、顔は無表情でも、握ってるナイフの刃先がやたらとピカピカしてるの、なんで?
「ご主人様。お怪我は?」
「いや、無傷だけど……心が死んでる」
「でしたら、問題ありません」
「いや、あるから! 俺の平穏が死んでる!」
――ほんとだよ。
ちょっと敵を倒しただけで、学院中に広まるとかやめてくれ。
「英雄」とか呼ばれてるらしいけど、俺は“寝て食ってゴロゴロ”が目標なんだぞ!?
「カナメ♡」
――出た。地獄の鐘の音だ。
振り向くと、黒髪を揺らす姉リシアが、笑顔で立っていた。
学院制服を完璧に着こなし、剣帯を下げ、背筋をピンと伸ばした姿――それだけなら完璧な騎士姫だ。
だが、目の奥がやばい。完全に弟ロックオンしてる。
「……姉ちゃん、なんでここに」
「当たり前でしょ? 弟が怪我したら、お姉ちゃんが一番に来るでしょ♡」
「怪我してないし!」
「心配したの♡」
「だから笑顔が怖いんだよ!」
姉が俺の隣に腰を下ろした瞬間――
「失礼します、お兄様」
――今度は妹ノアだ。
学院生じゃないはずなのに、なぜか制服風のドレスを着てる。どこで調達した。
「……ノア、お前まで」
「お兄様が危険に晒されたと聞いて、黙っていられるわけがありません」
「いや、だからなんでそんな笑顔で言えるの!?」
そして、右には姉、左には妹、正面には銀髪メイド。
三人の視線が、バチバチと交錯した。
「カナメを守るのは私。これは決定事項よ」
「何を言っているのですか、お姉様。ご主人様を守るのは、私です」
「お兄様を守れるのは、家族である私です」
「血縁? 立場? そんなもの、愛の深さの前では意味がありません」
「ほう……言うじゃない、メイド風情が」
「風情……? ならば証明します。ご主人様の一番は、私だと」
「証明なら負けないわ♡」
……はい、修羅場スタートしました。
「やめろぉぉぉ! 俺の平穏返せぇぇぇぇ!」
叫ぶ俺を無視して、三人は微笑みながら、だが空気が震えるほどの殺気を撒き散らしている。
医務室のガラスがピシピシとヒビ割れた。
――と、その時。
「カナメ様!」
医務室の扉が開き、教師たちが飛び込んできた。
「学院長がお呼びです! 至急、評議会室へ!」
「え、俺!?」
「はい、今回の襲撃事件の件で――」
「いや、俺、何もしてないぞ!」
「Sランク魔剣士を一撃で凍らせた件について説明を……」
「説明できるわけねえだろ!」
――強制連行。
◆
学院評議会室。
重厚な扉の向こうには、学院長、各国の使節、そして王族の影までが揃っていた。
俺、場違い感MAX。
「カナメ・フォン・ヴァルディアス。君の力について、説明してもらおう」
「いや、えっと、その……」
「これは国家レベルの問題だ」
「……あの、俺、ただ……ゴロゴロしたいだけなんですけど」
一瞬、室内の空気が止まった。
次の瞬間、王族っぽい人が笑った。
「面白い。だが、その力は、いずれ国家をも動かすぞ」
「やめてくれ……」
――と、その裏で。
学院長室の隅、誰も気づかぬ影が立っていた。
剣聖ヴァルディアス。
俺の父。
(……やはり、世界があの子を放っておかないか)
父は心中で呟き、ゆっくりと扉を閉じた。
(いいだろう。すべて、私が導く。カナメのために)
その瞳には、父としての愛と――
暗黒の策略が、静かに燃えていた。
――そして、その評議会の外では。
「カナメを連れ戻すのは、私よ」
「いいえ、ご主人様をお守りするのは、この私です」
「お兄様は、私と一緒に帰ります」
「「「――絶対、譲らない」」」
学院廊下で繰り広げられる、姉・メイド・妹の三つ巴戦。
通りすがる生徒たちが青ざめ、教師たちが震え上がる。
そして、その中心で――
俺は頭を抱え、心の中で絶叫していた。
(……ゴロゴロしたいだけなのに……!)
――学院は、修羅場に飲み込まれていく。