学院襲撃! 狂愛バトルロイヤルと父の影
――俺は、走っていた。
「いやいやいやいや! なんで俺がこんなことしてんだよ!?」
学院の廊下を駆け抜け、校庭を飛び越え――北門へ。
視界の先、黒煙が立ち上り、爆音と悲鳴が混ざる。
学院の象徴である白亜の門を、黒い旗を掲げた連中が蹂躙していた。
『黒の牙』
その名を、俺は数日前の盗賊団の断末魔で聞いたばかりだ。
まさか、こんなに早く再会することになるとは思わなかった。
「ご主人様、前方に敵、約五十名」
無機質な声が背後から届く。銀髪のメイド――エリシアだ。
その手には、既に血を吸う準備を終えた漆黒のナイフが握られていた。
「殺りますか?」
「やめろ、即答すんな! 殺さなくていいから!」
「カナメ♡ 私が全部片付けるから、後ろで見てて♡」
右隣には、姉のリシアが微笑んでいた。
腰に下げた双剣が陽光を反射し、その姿は、学院最強の女騎士そのもの。
周囲の男子生徒が「うわ……本物のリシア様だ……」とざわめいているが、
当の本人は、俺しか見ていない。
「お兄様、無理をなさらないでくださいね」
左隣には、淡い銀髪を揺らす少女――妹ノアがいた。
まだ正式に入学していないはずなのに、なぜか当然の顔でここにいる。
しかも、指先には淡い光。――魔導術式の詠唱だ。
「おい、なんでお前まで来てんだよ!?」
「お兄様を守るためです」
「いや、まだ学院生じゃないだろ!」
「関係ありません」
(この一家、やっぱおかしい!)
――と、そんな修羅場の最中。
黒の牙の連中が、ついにこちらに気づいた。
「おい、あれ見ろ! ヴァルディアスのガキじゃねえか!」
「報酬倍だ! 捕まえろ!」
(なんで俺、ピンポイントで狙われんの!?)
――その瞬間、時間が止まったかのように、姉と妹とメイドが同時に動いた。
「カナメに触るなァァァァ!」
「お兄様に近づくな」
「ご主人様を汚す者は、全員殺します」
――次の瞬間、惨劇が始まった。
リシアは剣を抜き、雷光のような軌跡を描いて敵を斬り裂く。
エリシアは影に溶け、背後から敵を沈める。ナイフ一閃、血飛沫の雨。
ノアは詠唱を終え、半径十メートルを凍結させる氷魔法を放った。
……いや、怖ええええええええ!
「ちょ、待て! これ学院の敷地だろ!? 壊すな!」
俺の叫びは虚しく、戦場はあっという間に修羅場と化した。
だが、敵もただの雑魚じゃなかった。
黒の牙――その幹部格と思しき男が、馬上から俺を睨む。
「ヴァルディアスの小僧……貴様だけは、この手で連れて帰る!」
「いや、帰らねえよ! てか、お前誰!?」
幹部は黒い大剣を抜き、魔力を纏わせる。
瞬間、空気がビリビリと震え、周囲の教師たちが蒼白になる。
「Sランク級の魔剣……!?」
「学院が……破壊される……!」
やべえ。これ、絶対やばいやつだ。
だが――そのとき。
(やべえ……このままじゃ、誰か死ぬ……)
俺は地面に転がっていた鉄槍と、黒の牙の旗を掴んだ。
そして、無意識に叫んだ。
『無限合成、起動』
光が走る。
脳内に、システムウィンドウのような文字が浮かぶ。
【素材:鉄槍+黒牙旗+氷結魔石 → “氷牙槍ヴァナルガンド”を生成します】
「――っ!?」
手に収まったのは、蒼銀に輝く長槍。
槍身には氷の牙のような突起が走り、魔力が脈動する。
(やっべ……なんか作っちゃった……!)
「ご主人様……美しい……」
エリシアがうっとりと呟く。
リシアとノアも目を見開き、次の瞬間――敵の幹部が吠えた。
「その槍……俺が奪う!」
「いや、やらねえよ!」
幹部が斬りかかる――その瞬間、俺は反射的に槍を振るった。
――ゴォォォォォンッ!
空気が凍りつく。
槍先から迸った氷刃が、直線状の敵を一掃した。
幹部ごと、黒の牙の兵たちが氷の彫像に変わり――砕け散る。
静寂。
次の瞬間、広場は歓声と悲鳴で揺れた。
「な……なんだ、今の……」
「一撃で……Sランクを……!?」
――やっちまった。
俺、完全に目立っちゃったじゃん。
「ご主人様、やはり……世界を支配するお方……」
「カナメ♡ やっぱり私の弟は世界一!」
「お兄様、結婚してください」
「いや、それ兄妹だから無理だろ!?」
周囲の生徒たちがざわつく中、俺は必死に槍を隠そうとする。
(くそ……ゴロゴロどころじゃねえ!)
――だが。
遠く離れた学院の塔から、その光景を眺める影があった。
「……やはり、目覚めたか」
低い声で呟いたのは、剣聖ヴァルディアス――俺の父。
その眼差しには、冷徹と誇り、そして――決意。
「黒の牙よ……踊れ。あの子を護るためなら、世界を敵に回してやる」
そう、学院襲撃は偶然ではなかった。
陰謀の糸は、既に絡み合い始めていたのだ。
――そして、俺の“ゴロゴロライフ”は、また遠ざかっていった。