会議は修羅場の予感。そして、陰謀は動き出す
――俺は、学院の会議室で、死んだ魚の目になっていた。
「それでは、各派閥の代表者による協議を開始します」
壇上の教師が高らかに宣言する。
会議室は豪華で荘厳。天井には魔導の光が煌めき、壁際には豪奢な椅子。
だが、俺にとっては、地獄の扉にしか見えない。
(なんで……なんで俺がここにいんの……?)
数時間前、ベッドで「ゴロゴロデー最高!」って思ってた俺はもういない。
妹と姉とメイドに囲まれた修羅場から、半ば強制的に連れ出され――
気づけば、学院の最重要会議に特待生代表として座っている俺。
「次に、自己紹介をお願いします」
(は? なんでそんな流れになってんの!?)
俺は仕方なく立ち上がり、無駄に整った黒髪をかきあげ――
「……カナメ・フォン・ヴァルディアスです」
――と言った瞬間、会議室にざわめきが走った。
「ヴァルディアス……公爵家……!」
「剣聖の息子か」
「噂の無限合成の……」
(やめろやめろやめろ、フラグ立てんな!)
俺はすぐに座り、存在感を消すように猫背になった。
(頼む、俺のことは忘れてくれ……俺は空気、酸素、無害な窒素……)
――が、隣から声がした。
「カナメ、そんなに縮こまらないで♡」
「やめろ姉ちゃん! 恥ずかしいだろ!」
「ふふ、弟を見せびらかしたいの♡」
「お兄様、私が隣で守りますから♡」
「いや、お前も黙れノア!」
「ご主人様……他の女を視界に入れるなんて、許せません」
「エリシア!? 今それ言うタイミングじゃねえだろ!?」
会議室がざわ……ざわ……。
「え、公爵家……身内も一緒に?」「なんだこの修羅場……」
教師たちの顔が引きつる中、議題が進んでいく。
――派閥争い。
この学院は、国の未来を担う人材を育てる場所。
当然、王族派、貴族派、中立派の思惑が渦巻いていた。
「最近、学院内で怪しい動きがある」
「“黒の牙”が暗躍しているという情報もある」
黒の牙。
――その名を聞いた瞬間、俺の背筋が冷たくなる。
(こないだの盗賊団も、黒の牙って言ってたよな……?)
――そう考えていた矢先、俺は気づく。
視線だ。
会議に参加している全員の視線が、俺に集まっている。
「……で、ヴァルディアス公爵家のご意見は?」
「いや、俺、意見とかないから! なんで俺!?」
(やめろ……! 俺はただ、ゴロゴロしたいだけなんだよ!!)
――だが、その時。
ドン、と会議室の扉が乱暴に開かれた。
「報告! 学院の北門が襲撃されています! “黒の牙”の旗を掲げた集団です!」
会議室が騒然となる。
教師たちが立ち上がり、生徒たちもざわつく。
――そして、最悪の声が聞こえた。
「特待生は、即時防衛に向かえ!」
(……は?)
「カナメ♡ 一緒に戦お♡」
「お兄様、絶対に怪我させません」
「ご主人様……殺す許可をください」
(おい、俺のゴロゴロデー、どこ行った!?)
――そして俺は、再び修羅場の中心に立たされることになった。
でも、頭の片隅で引っかかっていた。
(黒の牙……また……? なんで学院を……)
――その答えを知るのは、もう少し先のことだった。