ゴロゴロデー、5分で終了。そして妹(やばい)が来た)
――今日は、俺の記念すべき『ゴロゴロデー』だ。
朝、ベッドの上で天井を見ながら、俺は幸福をかみしめていた。
(ついに……ついにこの日が来た……!)
昨日まで模擬戦だの、学院デビューだの、派閥争いだの、もう疲れた。
俺の目標はただ一つ――ゴロゴロしながら何も考えず過ごすこと!
予定は完璧だ。
・朝はベッドでだらだら
・昼はお気に入りのクッションでだらだら
・夜は風呂上がりにベッドでだらだら
(ふはは、これぞ至高の一日……!)
――と思っていたら。
「ご主人様、起床時間です」
背筋に氷の刃を突き立てられたみたいな声がした。
……エリシアだ。
「いや、今日は休みだろ? 学院もねーし。俺の自由時間だろ?」
「ご主人様に“自由”などありません」
「ひどくない!?」
メイド服の銀髪美女が無表情でカーテンを開け、光を部屋に流し込む。
まぶしい……俺のゴロゴロ計画が、光に焼き尽くされていく。
「本日は、学院関係者が挨拶に――」
「やめろ。誰も来るな。俺は今日ゴロゴロするんだ」
「不可能です。――許可できません」
「即答!?」
(なんでだよ!? 俺の人生、誰かに許可取らなきゃいけない仕様なの!?)
必死に抵抗して布団にしがみついたその時――。
「カナメ♡ 起きてる?」
……姉だ。ドアの向こうから甘ったるい声。
姉リシア、独占欲モード全開のお姉ちゃんがここに。
「起きてるなら、今日は一緒にお出かけしよ♡」
「いや、今日は休むんだって! 俺のゴロゴロデーなんだよ!」
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒にゴロゴロしよっか♡」
「いや、それもう意味違うから!?」
(やばい。エリシアと姉ちゃんの火花が散るやつだ……)
「……ご主人様、他の女とゴロゴロなど、許可できません」
「エリシア、殺気出てる! やめろ、俺の部屋で戦争すんな!」
――なんとか二人を止め、ベッドで深呼吸。
(ふう……ゴロゴロデー、まだ……守れる。たぶん)
――そう思った矢先。
「――お兄様♡」
甘やかな声が、部屋の中に響いた。
え?
誰だ、今の……?
視線を入口に向けると――そこに立っていたのは。
腰まで届くプラチナブロンドの髪、透き通るような白い肌、大きな蒼い瞳。
純白のワンピースに、首元の小さなリボンが揺れる。
その姿は、まるで物語の中のお姫様。
でも――俺は知っている。
「……ノア?」
そう、俺の妹だ。
ノア・フォン・ヴァルディアス。12歳。天才。王立魔導学院の“特別研究生”。
「お兄様……会いたかったです♡」
笑顔。だけど、目の奥に何か暗いものを感じる。
――あ、やばい。この子、笑顔で全てを壊すタイプだ。
「え、なんでここに……?」
「ふふ♡ お兄様が学院に行っちゃって、寂しくて……我慢できなくて……♡」
「いやいやいや、待て。妹が勝手に来る距離じゃないだろ!?」
「だから、来たんです。転移魔法で♡」
「そんなノリで使う魔法じゃねえよ!?」
(うわ、やべえ。こいつ、外面天使なのに中身ブラコンモンスターだったの忘れてた……)
ノアはベッドにちょこんと腰を下ろし、俺の腕にぎゅっと抱きつく。
(やわらか……じゃなくて、妹! 妹だからな!?)
「お兄様、今日一日、私と過ごしてくれますよね?」
「いや、今日は俺、ゴロゴロデーで――」
「じゃあ、私と一緒にゴロゴロしましょう♡」
「いや、だからそれはもう――」
「……お兄様に触れないで」
低い声が、部屋の空気を凍らせた。
エリシアだ。目が完全に暗殺モード。
「エリシアさん……ですよね?」
ノアはにっこり笑った。
「お兄様に必要なのは、私だけです。あなたはもう、用済みです」
「……死にたいのですか?」
「あなたが、です♡」
(おおおおおおおい!? 修羅場!? 修羅場が始まったぞ!?)
「カナメ♡」
「お兄様♡」
「ご主人様♡」
三方向から重い愛情が飛んでくるこの状況、誰か助けて!?
――と思ったら、廊下の向こうから声がした。
「カナメくーん、迎えに来たよー! 今日の学院の会議、出なきゃ――」
(……え? 会議?)
そこに現れたのは、学院の教員。
そして言われた言葉で、俺のゴロゴロデーは完全に消滅した。
「王族派と中立派の調整のため、特待生代表として出席してくださいね!」
「…………」
(は? なんで俺が?)
背後で姉とメイドと妹がギラギラ火花を散らす音を聞きながら、俺は悟った。
――今日も、平和なんてなかった。