模擬戦、そして陰謀の始まり
――地獄の時間がやってきた。
「新入生模擬戦を始めまーす! まずは……クロード・フォン・アルステッド! 対するは……カナメ・フォン・ヴァルディアス!」
(あ、終わった。俺の静かな学院生活、終わった。)
学院の演習場。
広大な闘技場に、見渡す限りの観客席。新入生全員に、教師陣、そして上級生までちらほら見学してやがる。
俺はその真ん中に立たされていた。
対面に立つのは――金髪碧眼の騎士系イケメン、クロード。
剣を片手に、ニヤリと笑っている。
「公爵家のご子息。噂には聞いていたが、ここで直接腕を試せるとはな。光栄だ」
「……俺は光栄でもなんでもないんだけど」
(マジで帰らせてくれ……! なんでこうなる!?)
横目でスタンドを見ると――
「カナメ♡ 頑張ってね♡」
姉リシアが満面の笑みで手を振っている。
その隣には――俺の専属メイド、エリシア。
「……ご主人様を侮辱した罪、戦場で贖っていただきますね?」
めっちゃ笑顔、でも目が笑ってない。剣どころか闇の殺気まとってるんだけど。
(やばい、二人の間に黒いオーラが立ち込めてる!)
案の定、空気はもうピリピリだ。
姉「カナメはお姉ちゃんが守るの♡」
メイド「ご主人様は私がお守りします♡」
――こええよ。俺より怖いバトルがスタンドで始まってんじゃねえか。
⸻
「では、始め!」
――ゴングと共に、クロードが突進してきた。
(よし、ここで“負ける”作戦だ。適当にやって、ちょっとかすって負ける。それで全部丸く収まる!)
俺は腰の剣を抜かず、拾った木の棒を軽く構える。
クロードが驚愕の顔。
「……木の棒だと? 舐めてるのか!?」
「いや、俺、本気でやる気ないんで……」
クロードの眉がピクリと動く。
怒ったな、完全に。
「――舐められたまま終われるかああああ!」
剣が閃き、殺到する。速い。普通なら避けられない速度だ。
でも――
(あ、やべ。体が勝手に……)
俺の木の棒が、クロードの剣を軽く弾いた。
その瞬間――
《合成開始》
《ランダム生成……成功》
(え? 今なんて言った!?)
木の棒が――光った。
いや、正確には、“進化した”。
眩い魔導紋様が浮かび、棒は漆黒の刃を持つ剣に変わっていた。
(ちょ、待って!? 俺、何もしてねえぞ!?)
「な、なに……その剣……!?」
観客席がざわつく。
『見たことねえ……神器か?』
『いや、神器でもあんなの……!』
『やっぱ公爵家、やばい……』
やばいのは俺だよ!
「くらええええええ!」
クロードが渾身の一撃を放つ。
でも俺は――
(とりあえず、軽く受け流して……)
カンッ――
軽く剣を振っただけで、クロードの剣は粉々に砕けた。
(え? うそ……)
次の瞬間、クロードの体が宙を舞い――壁に突き刺さった。
「勝者、カナメ・フォン・ヴァルディアス!」
――会場、静寂。
次の瞬間、爆音みたいな歓声。
『すげええええ!』
『やっぱチートだあああ!』
『こいつが今年の最強枠か……!?』
(やめろ! 俺は目立ちたくないんだ!)
⸻
「カナメ♡ やったじゃない! やっぱりお姉ちゃんの弟ね♡」
ダッシュで抱きついてくる姉。
俺「ちょ、姉ちゃん、やめ――」
その瞬間、背後から冷たい声。
「――お姉様、ご主人様から離れていただけます?」
エリシア、笑顔で手に短剣。しかもめちゃくちゃ光ってる。
「な、なんで短剣持ってんだよ!?」
「護衛の一環です♡」
「お姉ちゃんとイチャイチャしてるからでしょ!?」
「ご主人様の安全のためです♡」
(絶対違う!)
観客席、さらにざわつく。
「ヴァルディアス家、怖すぎる……」
⸻
――その頃、学院の陰で。
黒衣の男たちが、闇に紛れて動いていた。
黒の牙。父が密かに操る暗部だ。
「坊ちゃまに危険を及ぼす芽は、すべて摘め」
暗い指令が飛ぶ。
(王族派がカナメ様を排除しようとしている――)
さらに遠く、王都の高塔から魔力の波動。
母が作った防御結界が、光を放つ。
「カナメ、泣いてないかしら……♡」
(あの子のためなら、大陸一つ滅ぼす覚悟よ♡)
⸻
演習場を出た俺。
背後から女子の黄色い声援、男子の敵意、姉とメイドの修羅場――全部まとめて胃に悪い。
(俺の平穏な学院ライフ、どこ行った……?)
そのとき、教師の声。
「――次回は、上位生徒との対抗戦を行います!」
「――は?」
目立ちたくない俺の学院生活。
地獄のロードマップを突っ走ることが、決定した瞬間だった。