第三話 真実
学校から帰る頃には、辺りが暗くなりはじめ、近くの街灯は電気がつきはじめる。
オレンジ色に光る街灯は、奥に見える例のベンチを照らしていた。
だが、沙織里の姿はなく、孤独そうなベンチがポツンとある。
僕はベンチに座ると、いつものように小説を読んでいたが、途中で沙織里とベンチで出会ったときのことを思い出した。
(そういえば、ここで出会ったんだよな)
(沙織里さんを見かけて、気が付いたら話していた)
思い出に浸っていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「やっほー!」
「うわ! 沙織里さん」
目の前には、沙織里が笑顔で立っている。
てっきり、沙織里は帰宅していると思っていたから油断していた。
「あれ、帰ったんじゃ?」
「蒼汰くんの姿が見えたから」
「そうだったんだ。びっくりしたよ」
「驚かせようと思ってね笑 なにを読んでいるの?」
「これは、お気に入りの小説だよ」
「もしかして、これ?」
沙織里は、バッグから一冊の本を取り出して、僕に見せてきた。
「これ、蒼汰くんが前に読んでいたやつでしょ?」
「そうだよ。買ったんだ」
「気になってね。読んでみたけど、面白かったよ」
「それは良かった。結構、進んでる?」
「読みだしたら止まらなくて笑」
「自分もそうだった笑」
「ミステリーだけど恋愛も入っているし、面白いんだよね」
「そうなんだよ。また、このヒロインが切なくて」
「……。そう、このヒロインは私と同じ境遇だからさ」
「……。同じ境遇?」
「……」
「……同じ境遇って。このヒロインは」
「口を滑らしちゃった」
「この際だから言うけど、この小説のヒロインと同じで、ちょっと重い病気なの」
「……」
僕は、どんな言葉を返したらいいのか分からなかった。
なにかしらの理由で学校が来れないのは分かっていたが、重い病気までは想像していなかったからだ。
元気な姿しか見たことがなかったため、僕は沙織里の言葉に動揺する。
「びっくりしたよね笑」
「……。びっくりはしたけど」
「今まで、言えなくてごめんね」
「いや、謝る必要はないよ」
「変な感じになっちゃったね……」
「……。このヒロインは、何年も生きてられないかもしれない」
「えぇ、急にネタバレ?」
「ごめん……」
「けど、私も一生は生きられないかもね笑」
「それは、僕もだよ」
「それは、そうだね笑」
「病気なら、こんな場所にいていいの?」
「だめだと思うよ笑」
「やっぱり。帰らなくて大丈夫なの?」
「まだ、大丈夫だけど、外にいることは秘密なの」
「秘密?」
「毎日、こっそり抜け出してるから」
「……。え、抜け出してるの?」
「お昼は人が多いけど、夜なら人が少ないから裏から抜けだせるんだ」
「……。そ、そうなんだ」
沙織里は、人が少ない夜に病院を抜けて、このベンチまで来ていた。
わざわざ、抜け出すのを止めたい気持ちと止めたら会えなくなる気持ちが入り交じる。
「それに、制服だと入院している人だと思われないでしょ」
「そうだけど、バレたら大変だよ」
「だから、内緒なの」
「けど、この辺の病院なら、ここは近いし……」
「大丈夫だよ。ここには、誰も来ないよ」
「……。けど、根拠はないんでしょ?」
「バレたら、蒼汰くんに助けてもらうからいいの」
「それで、悪化したら僕は一生恨まれちゃうよ」
「私の家族に恨まれるかもね笑」
「……。全然笑えない」
「ごめんって笑」
「けど、色々なことが解決したよ」
「解決?」
「なんで学校に来れないのか、なんで夜にだけ、このベンチにいるのか」
「それを悩んでいたの?」
「まぁ、不思議だったから」
「ここに来ないと、色々スッキリしないの」
「やっぱり、病院は退屈?」
「当たり前だよ。退屈過ぎて死にそうよ……」
「……。それは、そうだよね」
「いろいろ制限されるし、食事も美味しくないし」
「病院って、そんなイメージだよね」
「だから、外の世界に飛び出したくなるの」
「けど、今度からは、たまににしなよ」
「それは、私の自由でしょ」
「沙織里さんが元気じゃなくなるのは嫌だし」
「心配してくれてるの?」
「当たり前だよ」
「へぇ〜。ありがとう」
沙織里の病気のことを聞いてから、数分後には他愛もない会話をしており、病気のことを忘れて二人は別の会話に夢中だった。
声を出し、笑う場面もあり楽しそうに話す。
だが、会話に夢中となり気がつくと、時間は二十二時を回っていた。
「もう、こんな時間だ」
「ほんとだ。時間、大丈夫?」
「僕はいいけど、こんな時間まで付き合わせちゃってごめん」
「私は大丈夫だって」
「そろそろ戻ったほうがいいよ。夜は意外と冷えるし、身体に悪いよ」
「ありがとう。優しいんだね」
「あのさ……」
「なに?」
「……。病気のこと、僕にできることってあるのかな」
「急になによ笑」
「なにか、できることがあればしたいんだ」
「……。今すぐ、なにかして欲しいことは出てこないかな」
「……。そっか」
「じゃ、あの約束覚えてる?」
「約束?」
「忘れたの〜? 花火だよ」
「あぁ! 大きな花火だよね」
「絶対、連れてってね」
「わかった。約束する」
沙織里は小指を立てて、僕の顔の近くに持ってきた。
そのまま、指切りげんまんをして、花火を見せることを誓う。
だが、翌日から沙織里の姿が見えない日が続いた。
今日も学校帰りにベンチに到着するが沙織里の姿はなく、川が流れる音だけが響く。
僕はベンチに座り、ぼーっとしていると次第に視界は暗くなっていった。
しばらくして、目を開けると自分がベンチで寝ていることに気がつく。
「やばっ。寝ちゃってた」
「……。なんだこれ」
(なんか、ふかふか)
目を開けると、沙織里が僕の顔を覗き込んでいた。
「えぇ!? 沙織里さん!?」
「起きた? まだ、寝てても良かったけど」
「な、なんで……。それより、沙織里さんの上で僕は寝てたの?」
「こうしたほうが頭が痛くならないかなと思って」
「……。あ、ありがとう」
僕が寝ている間、沙織里はずっと膝枕をしてくれていたようだ。
どれくらいの時間が経過したのかわからないが、すこし心配になった。
「もう、ちょっと寝ててもいいよ?」
「いや、それはさすがに……」
(いろんな意味で……)
「そう? じゃ、そろそろ重いからどいてもらおうかな笑」
「ごめん。結構、寝てた?」
「数時間かな?」
「……。すごい寝てるね」
「なんか、次は私が疲れちゃったな……」
「大丈夫?」
沙織里は、僕の肩に頭をつけてもたれかかる。
恋人同士がするような行動だったため、僕は動揺してしまった。
「さ、沙織里さん?」
「ちょっと、このままでいさせて」
「……。わ、わかった」
(これは、どういう状況なんだ、僕はどうすればいいんだ)
僕は緊張して固まってしまい、しばらく正面を一直線に見続ける。
ちらっと横を見ると、沙織里はすやすやと眠っていた。
(僕のせいで疲れちゃったのかな)
(なんか、申し訳ない)
沙織里の寝顔を見て、申し訳ない気持ちになってしまう。
僕は、数時間この状態をキープして、起こさないように固まり続けた。
だが、時間が過ぎていくにつれて、段々と肩が痛くなってくる。
姿勢を綺麗に保ち続けるのにも限界がやってきて、すこし肩を動かしたときに沙織里が起きてしまった。
「もしかして、私も寝ちゃってた?」
「ぐっすり寝てたよ」
「ごめん……。結構、寝てたよね」
「寝てたけど、大丈夫だよ」
「やっちゃった……」
「沙織里さんは、時間大丈夫なの?」
「そろそろ、帰ろうか。蒼汰くん、お腹空いてるだろうし」
「僕は大丈夫だけど、沙織里さんは?」
「私も大丈夫だよ。お話ししようと思ったのにごめんね」
結局、お互い寝てしまい、ほとんど会話をすることができず解散した。
会話はできなかったが予想外のことが立て続けに起こって、嬉しさと恥ずかしさが混ざりあった気持ちになる。
朝を迎え、学校に行く途中で、いつもと比べて周りの様子がおかしいことに気がついた。
学生ではなく、大勢の大人が何かの準備をしている。
なにかを作ったり、運んだりと慌しそうにしていた。
(この辺で、なにかあるのかな)
とくに気にせず、そのまま学校に向かうが、学校に着いた際に女子たちの話し声が聞こえてきた。
「花火大会、もう少しだね」
「楽しみだよね〜」
「なんか、出店みたいなの準備してたよね」
「そうそう。りんご飴や焼きそばとかもあるのかな?」
「あったらいいよね。絶対行こうね」
女子たちの花火大会の会話が聞こえ、大勢の大人が何の準備をしていたかが理解できた。
大人たちは、花火大会の準備をしていたのである。
沙緒里との約束は覚えていたが、今週末にあることは知らなかった。
(今週末だったのか)
(ベンチで会ったときに聞いてみよう)
学校では、花火大会のことを考えてしまい、授業に集中できなかった。
(行くのはいいけど、花火大会のときって、どんな会話をすればいいんだ)
(しかも、これってデート?)
(デートだった場合は、なにをすればいいんだ)
(それとも、普段通り話せばいいのかな)
考えれば考えるだけ不安が増してしまい、一度考えることをやめた。
だが、何事も集中できず、結局お昼休みや帰宅時間も花火大会のことを考えてしまう。
花火大会のことを考え歩いていると、ベンチが見えてきたが沙織里の姿はない。
また、後日もベンチに行くが沙織里の姿はなく、一人で小説を読む日が続いた。
(花火大会、大丈夫なのかな)
(ここ最近、沙織里さんの姿が見えないし)
ベンチで小説を読み終えて自宅に帰ると、公衆電話から自宅の電話に留守電が入っていることに気がつく。
(留守電……。誰だろう)
留守電を聞いてみると、沙織里の声が聞こえる。
病院の公衆電話からかけており、明日の花火大会の待ち合わせ場所や時間について知らせてくれた。
(ベンチに来れないから、わざわざ知らせてくれたんだ)
留守電を聞き終えると、僕は急いで明日のための準備に取り掛かった。