第一話 夜の出会い
僕は、人と話すのが苦手だ。
違う言葉でいうと、臆病者になる。
そんな僕に学校というものは非常に辛く、地獄のような場所だ。
人と話すのが苦手ということは友達ができる確率は低く、現在までに友達と呼べる人はいない。
僕は窓の外を眺めながら、蒸し暑い教室の中で考えていた。
友達がいない僕が学校に行っても意味がないと思うばかりで、早くこの生活を抜け出して大人になりたいと思う日々だ。
授業が終わると、いつものように校門までの道のりを一人で歩く。
よそ見をして歩いていると、担任の先生にぶつかってしまった。
「すいません……」
「川沿、ちゃんと前を見て歩け」
「……。気をつけます」
「学校は慣れたか?」
「まぁ、ぼちぼちです」
「友達はできたか?」
「……。いえ、まだ」
「まぁ、まだ来たばかりだからな」
「そうですね。じゃ、失礼します」
(別に、心配してないくせに……)
ちょうど、半年前の出来事だ。
僕は、高層ビルや光り輝く外観のお店などがない、のどかな田舎町へ引っ越してきた。
周りに人が少ないせいか、毎日がすごく静かに感じる。
また、都会に比べて緑が多いため、空気が綺麗で鼻にスッと入っていく。
そんな環境のなかで、新たな学校生活が始まった。
「転校生を紹介するぞー」
先生の言葉で、静かだった生徒たちが騒ぎ出す。
男子はかわいい女子を期待し、女子はかっこいい男子を期待しているようだった。
「転校生?」
「どんな人だろう」
「女子!?」
「男子!?」
「楽しみだね」
「お前たち騒ぐな!」
「よし、入ってくれ」
僕は扉をガラッと開けて、ゆっくり教室に入る。
みんなの視線は一気に僕に集まり、すこし恥ずかしかった。
「自己紹介してくれ」
「川沿蒼汰です。今日から、よろしくお願いします」
僕は恥ずかしさのあまり、大した挨拶ができなかった。
クラスの人数は二十人ほどで、男女の割合は半々である。
「よろしくー」
「なんだ、男子かよー」
「かっこよくない?」
「でも、なんか怖そうじゃない?」
男子と女子からはハッキリと聞こえる声もあれば、ヒソヒソと聞こえづらい話し声も聞こえる。
だが、入学初日は僕に話しかけてくる人が多かった。
都会から来たクールな人だと思ってたのか、休み時間に入ると僕の席へ男女が駆け寄りはじめる。
「ねぇねぇ。どこから来たの?」
「彼女はいるんですか?」
「部活とか入るの?」
「都会人だから田舎は新鮮でしょ?」
「あぁ……。えっと……」
人と話すことが苦手な僕は、クラスメイトからの質問に曖昧な反応で、そっけない対応だった。
話しかけられても、そっけない対応で自分からは全く話しかけない。
もちろん、そんな状態で友達ができるわけがなく、一ヶ月後には僕に話しかける人はいなくなっていた。
そこから半年が過ぎて、現在ではクラスで浮いた存在の一人になった。
だが、そんな僕にも学校終わりの楽しみがあり、真っ先に向かう場所がある。
それは、学校の帰り道の途中にある孤独で寂しそうなガーデンベンチだ。
ポツンと一人でいる感じが自分と同じように見えて、気に入ってしまった。
気が付くと、毎日このベンチに寄って時間を潰していた。
学校からベンチまでは、すこし距離があるため、ベンチに着く頃には日が沈みはじめている。
辺りは薄暗くなるが、ベンチ付近にはオレンジ色に光る街路灯があるため、夜になってもベンチを照らしてくれる。
このベンチで好きなミステリー小説を読んで、日々のストレスを発散させる毎日だ。
また、ベンチからは綺麗な川を見ることができ、川が流れる音を聞きながら小説を読む。
僕にとって、この瞬間が一番リラックスできて幸せなのだ。
そんな日々を過ごしていると、予想もしていなかったことがおきた。
いつも通り、学校帰りにベンチに向かおうとするが、途中で本を教室に忘れたことに気がつく。
学校に戻り、本を回収してからベンチに向かったため、いつもより到着時間が遅くなってしまった。
だが、普段は誰もいないはずのベンチに見知らぬ人が座っている。
よく見ると腰くらいまで長い、綺麗な黒髪で白く透き通った肌の少女だった。
月が顔を出しはじめる中、少女はベンチから立ち上がると川の近くまで行き、立ち止まる。
風が吹き、少女の髪がなびいたとき、水に映る月の光と共に少女が輝いているように見えた。
(誰だろう)
(この辺の人なのかな……)
僕は、その姿に見惚れてしまっていた。
また、少女が着ている服にも目がいく。
少女は、学校の制服を着ていた。
(……。高校生かな?)
少女に疑問を持ちながらも、その日はベンチに座れず、そのまま帰宅することになる。
帰宅してから小説を読むが、ベンチで見かけた少女のことを考えてしまう。
(一人で、なにをしていたんだろう……)
そんなことを考えながら横になっていると、次第に視界は狭くなり、気がつくと眠りについていた。
ふと起きると、カーテンの隙間からは日差しが入り、朝を迎えたことに気がつく。
「最悪だ……。寝ちゃったのか」
「早く学校の準備をしないと……」
急いで学校へ向かい、通学途中でベンチが見えてくるが昨日の少女の姿はない。
なんとか授業には間に合うが、ギリギリなのは僕だけで、すごく恥ずかしかった。
(川沿くん、今日は寝癖がすごいね)
(なんか、すごい顔で入ってきたぞ)
同じクラスの人たちが僕を見て、クスクスと笑っているのがわかった。
気づいていないフリをして自分の席に向かい、先生が来ると授業がはじまる。
昼休みに入ると、仲の良い生徒同士は席をくっつけてグループが出来上がっていた。
僕は食べる相手がいないため、いつも一人で食事をする。
お昼ご飯の場所は、アニメでよく見るような古典的な場所の屋上だ。
誰もいないし、青空が見えたりと一人でピクニックをしている気分になる。
食事をしていても、昨日の少女のことを思い出した。
少女は、遅い時間に一人で、なにをしていたのだろうか。
ただ、それだけが気になった。
(学校帰りに暇つぶし?けど、一人でなにもせずはおかしい)
(それとも、嫌なことがあって考え事とか……?)
(それとも、幽霊?)
(いやいや……。考えすぎか)
なぜか無性に気になってしまい、お昼ご飯が進まなかった。
午後の授業が終わると、僕は一人で学校をあとにする。
帰る頃には日が沈み、あたりは薄暗くなりはじめていた。
ベンチが見えてくると昨日の少女が、また座っている。
(昨日の人だ……)
だが、今日もベンチに座れないと思い、僕はその場をあとにした。
少女を見かけた翌日も学校に行く途中でベンチを見てみるが、登校時間には姿が見えない。
学校に行ってる時間だろうが、なぜかベンチが気になってしまう。
授業が終わると、いつものベンチへ向かうが昨日の少女の姿は見えなかった。
(昨日の少女は、なんだったんだろう)
(まぁ、誰もいないし小説でも読むか)
僕はベンチに座り、小説の続きを読む。
しばらく、小説を呼んでいると、後ろからスタスタと足音が聞こえてきた。
(ん? 誰か来る?)
とっさに後ろを振り向くと、昨日見かけた少女が僕の後ろに立っていた。
僕は下から少女を見上げ、少女は僕を上から見下ろす。
「えっと……。どうかしましたか?」
「……」
僕は驚いた拍子に、読んでいた小説を地面に落とす。
少女は、僕が落とした小説を拾って渡してくれた。
「はい。これ」
「ありがとうございます」
「これ、面白いの?」
「えっ。あぁ、はい」
「ミステリー小説?」
「そうです。意外と面白くて」
「そうなんだ。私にも今度、読ませてよ」
「まぁ、大丈夫ですけど……」
「君、最近ここに座っているよね?」
「え? まぁ、そうですけど……」
(なんで知っているんだ……)
「最近ここに君がずっと座っているから、私の休むスペースがないの」
「……。その、他の場所とかは?」
「私は君が座る前から、ずっとここにいたのに……。まぁ、昨日は座れたけど」
「そうなんですか……。すいません、ここが気に入ってしまい」
(すごいことを言い出すな……)
「けど、ここ良いよね。私も落ち着く場所なんだ」
「ちょっと、私も座らせてよ」
「えっ。あ、あの……」
少女は、強引に僕の隣に座ってきた。
そして、僕たちは、なぜかこの場所のことで意気投合する。
しばらく、この場所の話しをしていると少女は僕に問いかけてきた。
「ねぇねぇ。ジュースとか持ってない?」
「いや、持ってないですけど……」
「なんだ〜。残念」
「自動販売機で買いましょうか?」
「いいの?」
「一つくらいなら……」
「じゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「ジュースといっても、どんな飲み物ですか?」
「んー。なんでもいいよ」
「それと、君のも買っていいよ」
「あっ、はい……」
(いや、買っていいよって僕の金だよね……)
僕は自動販売機に向かい、コーラとオレンジジュースを買う。
どちらかを選べるように、二つの飲み物を少女に渡した。
「ありがとう! 気が利くね」
「まぁ……」
「コーラにしようかな」
少女は蓋を開けて、ゴクゴクと音を立てて豪快に飲む。
飲んで一息つくと思ったが、僕にすぐ話しかけてきた。
「君って、もしかして同じ高校?」
「そうですね。同じ制服なので」
「何年生?」
「二年です」
「じゃ、同じだね。私も二年だよ」
「そうでしたか」
「けど、君の顔は見たことないなー」
「すこし、前に引っ越してきて」
「なるほどね。じゃ、同じ年なんだから敬語はやめてよ」
「じゃ、これでいいかな?」
「それでよし!」
「ちなみに、何組なの?」
「私? クラスは二組だよ」
「二組か……。僕は一組」
「じゃ、近いから学校で会うかもね」
「そうだね。ちなみに、昨日もここにいたよね?」
「えっ、ストーカー?」
「いや、違う……。帰り道がここで」
「昨日は、誰もいなかったからね」
「それに、きれいな眺めでしょ?」
「そうだね」
「今は枯れているけど、春になると、この辺には桜が咲くんだよ」
「それは、楽しみだね」
気がつくと、二人はベンチに座り、ジュースを片手に話し込む。
日が完全に沈み、辺りは暗くなっていた。
だが、目の前にある、街路灯の光が僕たちを照らしてくれている。
話していた会話が終わると、話題は僕のことになった。
「なるほどね。転校してから友達作りに失敗ね」
「まぁ、そんなところ……」
「でも、まだ半年でしょ? 大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないから、こうなっているんだけどね……」
「じゃ、私が友達になってあげるよ」
「え?」
「コーラのお礼よ」
「……。なるほど」
(友達って、こんな感じでなるのか……)
「嫌なの!?」
「いや、そういうことじゃ……」
「じゃ、よろしくね」
「う、うん」
僕は、ここに来て初めての友達ができる。
男性ではなかったが、女性の友達は生まれて初めてだった。
だが、話している途中で僕は時間を見て慌てる。
時間は、すでに二十二時を回っていた。
「どうしたの?」
「やばっ! そろそろ帰らなきゃ」
「もう遅いもんね。じゃ、またね」
「帰らないの?」
「もう少しだけいようかな」
「そう……。じゃ、気を付けてね」
「うん、ありがとう。そっちも気をつけてね」
少女は、ベンチから僕に手を振ってくれた。
笑顔で手を振っていたため、僕も恥ずかしながら、すこし手を振り返す。
少女が、いつ帰るのか心配になったが僕はベンチをあとにした。