6章 月華の雫と堕ちる者たち
街の中央、陽光が差し込む広場。
俺は“サヴァン”として、あるパーティーから声をかけられた。
「お前、見ねぇ顔だな。腕は立ちそうだ。どうだ、組まねぇか?」
パーティー名は――月華の雫
メンバー構成は以下の通り:
• リオナ(リーダー/剣士・勇者系)
• ダイン(片手剣士/素早さ重視)
• ブロッカ(盾持ち/防御専門)
• カシェル(神官/魔法支援)
そこに、俺が“サヴァン”として加わり、五人編成となった。
仕事は簡単だった。
“商人の護衛”――
要するに、俺にとっては暇潰しでしかない任務だ。
「ええ、ぜひ参加させていただきます」
俺は一切表情を崩さず、微笑んで答えた。
……何一つ、悪い顔などしていない。
⸻
道中、森を抜けた先で、盗賊団が待ち伏せしていた。
戦闘が始まり、勇者一行は武器を抜いた。
剣士リオナは先陣を切り、神官カシェルが魔法支援を重ねる。
盗賊たちは、それなりに戦い慣れていたようだが、
“勇者”の称号を持つ者の一撃の前には無力だった。
数分後――
盗賊団は全滅した。
だが、それで終わりではなかった。
「さて、ここからが本番だ」
俺は影を振るった。
ネリウスとグライヴ、二体の“最終兵器”を召喚する。
「こいつらは、盗賊の“最終手段”ということにでもしておこうか」
ネリウスは静かに立ち上がり、
グライヴは商人の皮を脱ぎ捨て、獣魔としての真の姿に戻る。
「え……?」
リオナが驚きの声を漏らす。
だが、俺はただ背後で微笑んでいた。
「これは試練だ。俺は何もしない。四人で相手をしてみるといい」
ネリウスが一歩、踏み出した。
その一撃――たった一撃が、勇者リオナを膝に崩れさせる。
「ぐっ……な、なんだ、この力……!」
カシェルの回復魔法が間に合わず、
次の瞬間、グライヴが猛突進し、ブロッカの盾を木っ端微塵に砕いた。
同時に、剣士ダインの腕を“掴んだまま捻り切る”。
勇者一行、四人全員が、地に伏せた。
⸻
その時、俺は精神世界を開いた。
ネリウスと俺の記憶が、意識が繋がる。
――そこには、かつてネリウスが仕えていた先々代の魔王の姿があった。
そして俺は、それになった。
漆黒のマント、空に浮かぶ黄金の紋章、そして眼光。
神にすら抗う“支配の王”の姿。
俺はそのまま、姿を変えずに彼らの前へと歩み出る。
リオナたちは、威圧に震えていた。
だが、誰がその姿の意味を理解した者は、いなかった――
――ただ一人、カシェルを除いて。
「……まさか……その姿……先々代の……いえ……嘘、でしょ……」
神官の目に浮かぶのは、恐怖。
そして、悟り。
(私たちの命は……ここまでだ)
⸻
「この先は、貴様らが歩む道ではない」
俺は魔法を放つことなく、彼らの存在を“転送”した。
ネリウスの影、グライヴの気配――
彼らは勇者パーティーと商人を悪魔の世界へと堕とした。
そこに待ち構えていたのは、名も無き悪魔たち。
だが俺は、すべてを喰わせはしなかった。
勇者リオナの剣と、千切れた右腕。
盾使いブロッカの、砕けた盾の一部。
神官カシェルの、血染めの帽子。
それらを、地面にそっと“残して”おいた。
そして勇者たちと商人は、悪魔の世界に堕とした。
転移先に、あらかじめ“餌に飢えた強大な魔物”を配置しておいた。
ネリウスと共に影を通じて観察する。
勇者たちは、死力を振り絞り、魔物と戦った。
最後には――共に沈んだ。
勝者など、最初から存在しない。
あるのはただ、**「全滅」**という記録だけ。
⸻
数日後――
別の商人がその現場を通りかかった。
そして、見つけてしまった。
土に埋もれる勇者の腕。
焦げた盾。血の染みた帽子。
それらは間違いなく、“月華の雫”のものだった。
その情報は瞬く間に広まり、王都まで届いた。
――勇者一行、“壊滅”。
世間は騒然とした。
誰が、なぜ、どうやって……?
⸻
サヴァンは、宿の一室で椅子にもたれながら、その話を耳にした。
空気は静かだった。
そして、サヴァンの顔がゆっくりと綻んだ。
「……そうか。やっと“騒ぎ”が始まるな」
その顔は、心の底から――幸福に満ちていた。
彼の影に潜むネリウスもまた、その笑みを見つめながら、
同じように、穏やかに笑っていた。
影の忠誠者と、偽りの人間。
その二人が、誰にも知られぬ静寂の中で、
世界の歪みを、微笑んで見下ろしていた。