4章 名付けの儀式
ギルドでの報酬は、金貨十数枚に加え、高ランク素材の買取価格。
当面の生活に困ることはない。
「宿……そうだな。せっかくだ。居心地の良さを優先しよう」
俺は町の中でも“上級者向け”の宿を選んだ。
衛兵に顔を覚えられても困るが――金さえ払えば、人は口を噤む。
金が尽きれば、悪魔でも何でも使えばいい。ただそれだけの話だ。
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宿の部屋に入るなり、俺はまず“チェック”を開始した。
魔力感知を全開にし、空間の揺らぎを視る。
棚の隙間、ベッドの下、天井の梁、魔力の流れの断層。
盗聴魔具、映像記録装置、簡易通信術式――いずれも反応なし。
「……よし。安全だな」
次に、絶対防御を部屋全体に展開。
魔力遮断、侵入拒絶、視覚妨害、聴覚封印、気配遮断、匂い消去――
ありとあらゆる遮断術式を、“触れずに”、**“発せずに”**貼る。
部屋そのものが、世界から“切り離された領域”となる。
「さて……出てこい」
影が揺れ、悪魔が現れる。
召喚した黒翼の上位悪魔――今や、俺の従者だ。
「名を名乗れ」
悪魔は片膝をつき、丁寧に口を開いた。
「我が名は……ゾル、種族は深淵の眷属。
魔力量、約一〇〇万。スキルは以下の通り」
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【従属悪魔ステータス(名称:未定)】
• 魔力量:約1,000,000
• スキル:
・物理攻撃無効
・精神攻撃無効
・覇気(威圧・行動抑制)
・高速再生
・魔力による即時攻撃/防御
・その他、独自魔術複数
• 特記事項:
“先々代魔王の加護”を受けており、
加護対象が消滅しない限り、召喚により再生可能。
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「先々代魔王……だと?」
俺が問いかけると、悪魔は頷く。
「かつて、魔王の側近として仕えていた。
故に、加護によって己が存在を再構築できる。
ただし……新たな加護と重ねることは可能。
それには、“名前”を与えていただく必要がある」
俺は一瞬考え、言った。
「……お前の過去の名は捨てろ。今日からは、ネリウスだ」
命名と共に、俺の魔力が悪魔の存在に染み込む。
支配でも呪縛でもない。ただ――“絶対の加護”として注がれた。
「これで、お前は“俺が消えない限り”再生できる。
死も、消滅も、すべて意味を持たなくなる。……嬉しいか?」
悪魔は、静かに微笑んだ。
「……嬉しゅうございます、我が主」
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名付けを終えた俺は、ふと、床に立てかけていた魔剣に目をやった。
「次はお前の番だ」
魔剣に魔力を流す。
黒い刃が呼応するように脈動し、俺の魔力と共鳴を始めた。
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スキル【鑑定眼】発動
名称:魂喰の魔剣“アナイアレイター”
効果:
・対象の生命力・魔力を吸収
・吸収した魂を“魔力化”し、所有者へ供給
・スキル“一撃必殺”と連動し、魂ごと削除/吸収が可能
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「……笑えるな」
殺すほどに魔力が戻る。魂すら燃料になる。
俺の存在の“矛盾”を具現化したような剣だ。
気付けば口元が、勝手に吊り上がっていた。
「主よ……?」
悪魔――新たな名を持ったネリウスが、こちらを見る。
その顔は、どこか……安堵と幸福が滲んだものだった。
「……この方に仕えて良かった」
そう呟くような顔を、俺は――
――まったく、気付かなかった。