3章 薬草採取と影の悪魔
薬草採取依頼。
……バカバカしい。だが、目的は別にある。
この世界の薬草とやらの“価値基準”、流通経路、そして依頼報酬の相場。
情報を得るための小手調べだ。俺は“それらしく”行動する。
だが問題が一つあった。
「……どれが薬草なのか、分からん」
草など、すべて似たような形をしている。
万能感知でも毒性は見分けられるが、どれが“報酬対象”かまでは分からない。
少し考えて、俺は姿を変えた。
――エルフの姿に擬態する。
鼻腔が広がり、視界の彩度が上がる。
草花の匂い、微細な胞子、魔力の染み込んだ根の形――すべてが明確に浮かび上がった。
「……なるほど。これが奴らの“精霊感覚”というやつか」
しばらく薬草を摘んでいると、ふと視界に“門構えの洞窟”が現れた。
重々しい石造りのアーチ。木製の扉。明らかに人工物。
「……ダンジョンか」
前世の知識がそう告げていた。
俺は何の迷いもなく、扉を押して中へ入った。
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中は薄暗く、空気がよどんでいた。
魔力の流れが鈍く、視界も悪い――が、俺には関係ない。
しばらく進むと、洞窟の奥から獣の咆哮が聞こえた。
現れたのは、イノシシの顔と牛の体を合わせたような魔物。
牙をむき出しにして、岩壁を砕きながら突進してくる。
俺は静かに目を細めた。
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スキル【鑑定眼】発動
名称:ブレイジング・ボアブル
種族:獣魔種
レベル:42
属性:火耐性・突進強化
素材価値:角◎/皮◎/肉×
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「角と皮だけ残せばいい」
俺は魔力を練ることも、詠唱することもなく、ただ指をかざした。
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スキル【無詠唱魔法:収束焦熱波】発動
範囲指定:角・皮を除く全身外部
結果:瞬時に内部焼却・外殻残留
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“ゴゴォッ”と小さく焦げる音がして、肉だけが蒸発した。
ツノと皮は綺麗に残り、地面に落ちる。
「この程度で、勇者を名乗れる世界か……」
更に奥へと進むと、広間があった。
中央に鎮座するのは宝箱。
その周囲を取り囲むように、巨大な蛇のようなドラゴンのようなモンスターがうずくまっている。
「……ボスか」
俺はふと思い出す。
前世で“悪魔召喚”について物語を書いた記憶。
「試すか」
指を突き立てるように地面に構え、魔力で描く召喚陣。
俺の中にある“万物召喚”スキルが、それに応えた。
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スキル【万物召喚】発動
召喚対象:上位悪魔ランダム抽出
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地を割り、闇が立ち上がり、そこから現れたのは、
禍々しい双角と鋭い瞳を持つ、黒き翼の悪魔。
その身から発せられる魔力は、上位悪魔に分類される存在だとすぐに分かった。
「命じる。目の前の蛇竜を消せ」
「御意――我が主よ」
悪魔はそう答え、黒い槍を構えた。
結果は――10秒もかからなかった。
蛇竜は叫ぶ暇すらなく、斬られ、裂かれ、影の中に飲まれて終わった。
俺はその様子を眺めていたが、悪魔が振り返り、深々と跪いた。
「……出会ったのは、偶然ではない。貴殿の底知れぬ力に触れたとき、私は思った。
ここで引き下がれば、“悪魔として一生後悔する”と。……主よ、我に仕える機会をお与えください」
「……好きにしろ。ただし、街では目立つ。影に潜め」
「御意」
悪魔は一礼し、闇となって俺の影へと滑り込んだ。
俺の影が、ほんのわずかに揺れた。
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ダンジョンを出た俺は、薬草、魔物の素材、宝箱から手に入れた魔剣を持ってギルドへ戻った。
受付嬢は、俺の手にあるツノや皮を見て言った。
「……えっと、これ、Cランク以上の個体ですよ? 薬草依頼のついでに?」
「ついでだ。報酬はまとめてで構わない」
驚愕したように目を見開く彼女を横目に、
俺は報酬を受け取ると、ギルドの扉をくぐって出ていった。
影が、わずかに揺れて、笑った気がした。