⑤「戦場カメラマンvs国家機密」後半
魔王の盾こと、ザルヴェラの登場に驚く周囲の様子を無視して大林は撮影を続けている。
「同ジ原理ノ結界……干渉サセレバ……」
ザルヴェラが不敵に笑う。
その瞬間、大林の永劫不破結界が微妙に振動し始めた。
「おかしいな……揺れている?」
大林が初めて困惑した表情を見せる。
「おや?頑丈テントが揺れている。なぜだ?」
「大林さん!まずいです!」
俺は慌てて叫んだ。
「同じ原理の結界同士が干渉すると……」
「同調崩壊が起こるぞ!」
人間軍の魔術師が恐怖に満ちた声で叫ぶ。
「大林さん!このままだと両方の結界が消失します!」
ザルヴェラの笑い声が戦場に響いた。
「ソウダ……永劫不破結界ヲ破ル唯一ノ方法……同調崩壊ダ!」
紫色の光がより激しく明滅し、二つの結界が共鳴するように震え始める。
戦場が騒然となった。
「永劫不破結界が破られるだと!?」
「そんなことが可能なのか!?」
「ザルヴェラの狙いはそれだったのか!」
大林の結界にひび割れが生じ始めた。
「頑丈だけが取り柄のテントが壊れそうだ……困ったな」
「1日一回の使用制限なんだが」
大林が呟く。
「大林さん、これはさすがにピンチなんじゃないですか!?」
俺が叫んだ時、ついに——
両方の結界が同時に砕け散った。
戦場に響く、ガラスが割れるような音。
紫の光が消えた瞬間、大林は何事もなかったかのようにカメラを構え直した。
「やれやれ、テントが壊れて機材に埃がついた」
レンズを拭きながら、彼は呟く。
「さて、撮影を続けよう」
ザルヴェラが巨体を揺らしながら立ち上がる。
「人間ヨ……貴様ガ永劫不破結界ノ使い手カ……」
「ああ、そうだが」
大林があっさりと答える。
「シカシ……コレデ貴様ノ『結界』ハモウ使エナイ……丸腰ダナ」
「別に構わん。撮影には支障ない」
大林がファインダーを覗こうとした時——
ザルヴェラが大林の正面に立ちはだかった。
完全にカメラアングルを塞ぐ形で。
「おい」
大林の声のトーンが変わった。
「そこをどけ」
「断ル……貴様ト決着ヲ……」
「ベストアングルを塞ぐなと言っているだろう」
いつもの穏やかな狂気が、純粋な殺意に変わる。
ザルヴェラは大林の殺気を感じ取ったのか、再び手を広げた。
『永劫氷結界』が再展開される。
俺は焦った。
「奴には使用制限がないのか?」
「今度ハ干渉スル結界ハナイ……貴様ニ破レルカ?」
ザルヴェラが挑発するように笑う。
「コノ次元で最強硬度の防壁ヲ……」
次の瞬間——
大林の蹴りが、永劫氷結界を直撃した。
バリンッ!
音を立てて、最強硬度の防壁が粉々に砕け散る。
戦場が静寂に包まれた。
ザルヴェラも、両軍も、全員が唖然としている。
「け、蹴りで……永劫氷結界を……?」
「この次元で最強硬度って言ってなかったか……?」
驚愕する人間と魔族兵。もちろん俺も驚いていた。
「大林さん、まさか蹴りで?」
パラパラと砕け落ちるシールドの破片を見ながら、大林が一言
「心配するな、ちゃんと安全靴を履いてる」
そう言って、頑丈そうな作業靴を見せる。
「これがドキュメンタリースタッフの心構えだ」
いやそういうことじゃなくて!
ザルヴェラは愕然として、その場に跪いた。
「マ、マサカ……コンナ化け物ガ人間ニ……」
「貴様……何者ダ……」
「カメラマンだ」
大林があっさりと答える。
「ワガ魔王様ニ報告セネバ……」
その時だった。
突如、戦場に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
先ほどのザルヴェラの転移陣とは比較にならないほど巨大で、禍々しい魔力が溢れ出す。
「あの黒い魔法陣は……」
「まさか……」
「魔王様直々の降臨だと!?」
恐れ慄く魔族兵達。
すると魔法陣の中央から、巨大な顔が現れた。
角の生えた威厳ある顔——魔王その人だった。
「我が配下に手を出す不届者よ……」
魔王の威圧的な声が戦場に響く。
しかし——
魔王と大林の目が合った瞬間。
「……またおまえか」
大林の一言に魔王の表情が一瞬で青ざめた。
「いや、我はちょっと。来る場所を間違えたようだ」
慌てたように魔法陣が縮み始める。
「魔王様!?」
ザルヴェラが困惑する。
しかし魔王は聞く耳を持たず、魔法陣ごとそそくさと撤退していく。
「オマエなど知らん!」
そう言い残して、魔法陣は完全に消失した。
戦場に残されたのは、唖然とする全員だった。
「魔王が……逃げた?」
「あの魔王が……?」
俺は震え声で聞いた。
「大林さん……知り合いなんですか?」
「ああ、前にベスポジに座っていたので蹴り飛ばした奴だ」
「へ?魔王を?」
「邪魔だったからな」
(魔王を蹴り飛ばしたって……)
大林はカメラを構え直す。
「さてと、戦争の恐怖を撮影再開だ!」
「邪魔者は消えた!しっかり戦ってくれると助かる」
その一言で、両軍の兵士たちに戦慄が走った。
魔王軍最強の盾を蹴り破り、魔王本人を逃走させた男。
そんな化け物が「戦争を撮影する」と言っているのだ。
逆らったらおそらく命はない。
「うわあああああ!」
「死にたくないいいい!」
「戦え!奴を怒らせるな!」
「死んでくれ!頼むから!」
「うぉぉぉぉ!こっち見ないでください」
両軍が慌てて戦闘を再開する。
その顔には、かつてない悲壮感が漂っていた。
「いいぞ!その恐怖!今までで一番いいじゃないか!」
大林が興奮してカメラを回す。
「苦労して来た甲斐があったな」
ミューも「すぃ」と満足げに呟いた。
そして、跪いていたザルヴェラが恐る恐る口を開く。
「ア、アノ……」
「なんだ?」
「ワタシヲ……弟子ニシテクダサイ……」
「は?ドキュメンタリーに興味があるのか?」
「アナタ様ノモトデ……働カセテクダサイ……」
大林が少し考える。
「重い機材を運べるか?」
「モチロンデス!」
「では雇ってやる。給料は最低賃金だぞ」
「アリガトウゴザイマス!」
こうして、魔王軍最強の盾は撮影助手に転職した。
——後日、軍司令部に入った報告は、
混乱を極めていた。
「状況を整理しろ」
司令官が頭を抱えながら言う。
「はい。魔王軍最強の盾『錬磨の氷鬼ザルヴェラ』の防壁が、例のカメラマンに蹴りで粉砕されました」
「蹴りでザルヴェラの防壁を破壊したって言ったか?」
「はい」
「この次元で最強硬度って言ってなかったか?」
「そのはずですが……」
「それで?ザルヴェラはどうした?」
「大林に平伏しました。というか、使役されました」
「使役って何だ?」
「現在、撮影スタッフとして働いてるそうです」
「はあ?魔王の……左腕だろ?魔王が黙ってないだろ」
「はい、途中で巨大な魔法陣が現れまして……」
「魔王が降臨したのか?」
「はい。でも……」
「でも?」
「大林と目が合った瞬間……逃げました」
司令官が絶句する。
「魔王が……逃げたって言ったか?」
「はい。慌てて撤退していきました」
参謀が別の報告を持ってくる。
「司令官、隣国から緊急通信です」
「今度は何だ?」
「政府から『カメラマン兵器について詳細を教えてください』だそうです」
「カメラマン兵器って何だよ……」
別の参謀も駆け込んでくる。
「司令官!国際ダンジョン調停委員会から緊急召集です!」
「もういい……頭が痛い……」
一方、当事者である俺たちは——
「ザルヴェラ、重い機材は任せるぞ」
「ハイ!大林様!」
魔王軍最強の盾が、神器級カメラを嬉しそうに運んでいる。
「それにしても大林さん、安全靴で永劫氷結界を破るって……」
「当然だろう。撮影の邪魔をされては困る」
ミューが「ふぁ」と呟いた。まじか、という意味だ。
「職場安全は基本だからな。ドキュメンタリースタッフたるもの、きちんとした装備で臨むべきだ」
いやそういう問題じゃなくて!
でも、もうツッコミ疲れしてきた。
今日も俺は、狂気のドキュメンタリー制作現場で生き延びた。
しかも今度は魔王軍最強の盾が同僚になった。
明日からの撮影がさらにカオスになりそうだ。
でも不思議と、少しだけ楽しみでもあった。
この最強カメラマンとなら、きっと誰も見たことのない映像が撮れるはずだ。
たとえ国際問題になっても。
「明日は何を撮影するんですか?」
「海底神殿ダンジョンの古代龍との戦いだ」
また死亡フラグ満載の企画だった。
でも、もう慣れてしまった。
これが俺の新しい日常なのだ。
ちなみに、この日の戦場ドキュメンタリーは史上最高視聴率を記録した。
両軍の兵士たちの「真の恐怖」が見事に映し出されていたからだ。
「な。戦争ドキュメンタリーはいいだろう」
とりあえず、大林の狙い通りになった。