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④「戦場カメラマンvs国家機密」前半

 

 今日の撮影企画を聞いたとき、俺は心底後悔した。


 なぜこんなアルバイトに応募してしまったのかと。


 企画名は「ダンジョン戦場ドキュメンタリー」。


 舞台は戦場ダンジョン『紅蓮の前線』

 ——人間軍と魔物軍が最後の希少資源『マナクリスタル』を巡って総力戦を繰り広げている、文字通りの"戦場"だ。


「戦場こそドキュメンタリーの原点だからな」


 最強カメラマン・大林建造は、420kgの神器級カメラを片手で担ぎながら、いつになく嬉しそうに言った。


 その横で、黒衣のエディッター・ミューがいつもの2文字で応答する。


「すぃ」


 素晴らしい、という意味らしい。


 俺だけが震えていた。


 なぜなら、戦場ダンジョンの生還率は3%。

 100人入って3人しか帰ってこない計算だ。


 しかも、あの場所は現在、戦争が激しくなりすぎたために軍が閉鎖しているとニュースで見たばかり。

 つまり軍事機密区域扱いなので、そもそも立入すら禁止されているはずなんだ。


 でも大林にとって、それは些細な問題らしかった。



『紅蓮の前線』入口。



 予想通り、軍の検問所がしっかりと設置されていた。


 案の定、武装した憲兵たちが、俺たちの前に立ちはだかる。



「止まれ!ここから先は軍事機密区域だ!民間人立入禁止!」



 憲兵隊長の威圧的な声が響く。でも大林は、まるで聞こえていないかのように前進を続けた。


「戦場カメラマンの大林建造だ。取材許可を」


「許可?何いってんだ?ここは閉鎖中だ!そもそも戦争してんるんだぞ!民間人が入っていいわけ——」


「戦争が怖くて戦場ドキュメンタリーが撮れるか!」


 大林の一喝に、憲兵たちがひるむ。


 でも、さすがは軍のエリート。すぐに態勢を立て直した。



「実力行使だ!『鋼鉄束縛』!」



 憲兵隊長が魔法を発動する。黒い鎖が宙に現れ、大林の体を縛り上げた。


 この魔法は、レベル70オーバーのS級探索者でも抜け出すのに時間がかかる高位拘束魔法だ。


 しかし——


「邪魔だ!」


 大林が軽く腕を振ると、魔法の鎖が音もなく砕け散った。


 まるで紙を破るように、簡単に。


 憲兵たちの顔が青ざめる。


「ば、馬鹿な……『鋼鉄束縛』が……」


 大林は神器級カメラを肩に担いだまま、何事もなかったように歩き続ける。


 俺は慌てて後を追いながら心の中で叫んだ。


 (魔法の拘束具を素手でちぎった……)



 第二検問所。


 今度は精鋭部隊が待ち構えていた。明らかに第一検問所とは格が違う。全員がAランク以上の実力者らしく、纏う魔力の密度が違う。


「貴様かぁ!第一検問を強行突破したのは?その黒い道具で束縛を解いたのか?!」


 精鋭隊長が剣を抜く。その刀身には、聖属性の光が宿っていた。


「いや、これはカメラだ。戦場ドキュメンタリー撮影をするだけだ、邪魔をするな」


 そう言って大林はカメラを構える。


「『聖光の裁き』!」


 隊長が放った聖属性の最上位攻撃魔法。光の柱がカメラと大林を直撃し、辺りが白く染まる。


 これは大司教級の攻撃魔法で、並のS級モンスターですら一撃で灰になる威力がある。


 しかし——


 煙が晴れると、大林は無傷でカメラのレンズを拭いていた。


「今のは……なかなかいい光だった。しかしレンズフレアの角度がなぁ」


 そういって大林がミュウの方をちらっとみる。


「のぅ」


 つまりイマイチだったという意味だ。


「だよな。おい、今のもう一発頼む」



 精鋭部隊全員が絶句する。


「「「は?」」」



 もちろん、俺も絶句した。付き合いで。



「なぜ……なぜ効かない……」


 隊長が震え声で呟く。


 その時、通信魔法で司令部から連絡が入ったらしい。隊長が魔法陣に耳を当てる。



 しばらくして、隊長の顔が真っ青になった。


「レベル……999だと……?」


 精鋭部隊がどよめく。


「999?ありえませんよ、何かの間違いでしょ?」

「だってほら、世界最強のエクシード・ハンターでもレベル189ですよ……」

「本当なら、一人で王国を滅ぼせるレベルじゃないか」

「そんな化け物がカメラマンなんてやってるわけが……」



 大林は彼らの混乱を他所に、ファインダーを覗いて構図を確認している。



「戦場の光の角度が変わったな。急ごう、ベストタイムを逃してしまう」



 そう言って、精鋭部隊を完全に無視して歩き続けた。


 精鋭部隊は、もはや手を出す気力も失っていた。




 軍司令部では、緊急会議が開かれていた。


「あの男を止めろと言ったのに!」


 司令官の怒声が響く。


「止めましたが……どんな攻撃も奴には効きません」


 参謀が冷や汗を流しながら報告する。


「核級魔法『滅殺の嵐』はどうだった?」


「『カメラを揺らすな!』と逆ギレされました……」


「暗黒龍兵の群れを一掃できる、我が軍最強の範囲攻撃魔法だよな?」


「はい、そのとおりです」


 司令官は頭を抱えた。


「もうほっておけ」


「よろしいのですか?」


「あんな化け物と戦うより魔物軍と戦う方がマシだ」


 軍が諦めた瞬間だった。




 戦場ダンジョン『紅蓮の前線』最前線。


 そこは文字通りの地獄だった。


 人間軍と魔物軍が激突し、魔法と剣撃が飛び交う。血と硝煙の匂いが鼻を突く。


「うわあああああ!」

「死ぬなあああ!」


 兵士たちの絶叫が戦場に響く。



「いいねぇ……恐怖に満たされてる!これこそドキュメンタリーだ」


 大林はニコニコしながら、最前線のど真ん中で、カメラをセッティングしていた。



「撮影キャンプは、ここがベストだな」



 そう言うと、大林はテントを貼るとかなんとか言って、紫色に輝く半球体のドームのスキルを展開した。


 すると、その光に反応したかのように両軍から大量の魔法矢が飛んでくる。空飛ぶ剣撃や蒼炎なども大量に襲いかかってきた。


 しかし、ドームに触れると全てが弾かれるか、消失した。


 俺は目を見開いた。



「大林さん、それって……」



 あの紫の光、このハニカム構造をした完璧な球体、そして絶対的な防御力——



「まさか『永劫不破結界エターナル・インペネトラブル・バリア』ですか!?」


 永劫不破結界。神話の時代に創造神が使ったとされる、究極の防御魔法。

 理論上、この世のあらゆる攻撃を無効化し、最恐回避不可とされる時間操作魔法さえも遮断するという伝説の術式。


 現代では詠唱方法すら失われているはずの——


「ああ、スキル名はそうみたいだが。俺は、頑丈テントと呼んでいる」


 大林があっさりと肯定した。


「雨風を防ぐのにちょうどいいからな」


「雨風って!そういう用途ではないとおもいますよ!?」


「いや、それ以外に使い道があるとは思えんがな……」


 周囲の兵士たちも気づき始めた。



「あの紫の光……まさか」

「まさかの永劫不破結界だと!?」

「神話にしか出てこない術式じゃないか!」

「あいつ何者なんだ……!?」


 魔物軍も同様だった。


「あれはまさしく永劫不破結界……」

「創造神の究極防御魔法を……」

「何をやっているんだ……?」


 俺は頭を抱えた。


 (神話級魔法をテント代わりって……この人の価値観、本当に理解できない)


 両軍とも、大林のテントを避けて戦闘を続けるという異常事態になっていた。

 (戦場の中心に立ってるのに両軍がよけて戦ってる……)


 その時だった——


 突如、戦場に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 空気が震え、次元が歪み、禍々しい魔力が溢れ出す。


「あの魔法陣は……」

「転移魔法!?」

「しかも魔界最深層からの……!」


 魔法陣から立ち上る魔力の濃度は、この戦場の全ての魔物を合わせても及ばないレベルだった。


 そして——


 氷の結晶と共に、『それ』が現れた。


 魔王軍最強の盾——『錬磨の氷鬼ザルヴェラ』。


 高さ5メートルはある巨体。全身を覆う氷の鎧。その存在感だけで、戦場の温度が急激に下がった。


 明らかに、今までのモンスターとは何からなにまで桁が違っていた。


 ザルヴェラの氷の鎧が、大林の永劫不破結界と同じ紫色の光を放っているのだ。


「ガアアアア……永劫不破結界ニ……反応シタ……」


 ザルヴェラの声が戦場に響く。


「マサカ……創造神ノ術式ヲ使ウ者ガ……」


 人間軍の魔術師が青ざめた。


「ザルヴェラは永劫不破結界と同じ原理の絶対防御を展開できる唯一の存在だと聞いている……」

「神話に出てくる神に近い魔物だろ?伝説だと思っていたが実在だったのか……」


 ザルヴェラが両手を広げると、大林のものと同じ紫色の球体が氷鬼を包み込んだ。


 『永劫氷結界エターナル・アイス・バリア


 ——それは永劫不破結界の氷属性版。


 二つの紫色のドームが戦場で向かい合う異様な光景に、両軍の兵士たちは戦うことすら忘れて見入っていた。


(戦場ドキュメンタリー編 後半へつづく)



 

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