③「最高の『死の瞬間』を撮ってやる」
今日の現場は、SS級ダンジョン「呪われた迷宮」。
地形ギミックと死者の霊が徘徊する"転移型トラップダンジョン"——つまり、入った瞬間に全員がバラバラの場所に飛ばされる、最悪の撮影環境だ。
普通に考えて、こんな場所でまともな撮影なんてできるはずがない。
でも俺たちは今、ここにいる。
配信タイトルは《ザ・ダンジョンドキュメント #623:死者と踊れ》。
もう死亡フラグしかないタイトルだが、今日の探索者チームは精鋭中の精鋭「アークライト」。
リーダーのヴァンスを筆頭に、全員がAランク上位の実力者だ。
それでも生還率は20%。5人に1人しか帰ってこない計算になる。
俺はサブカメラを背負いながら、最強カメラマン・大林建造の後ろを歩いていた。
「大林さん、全員バラバラになったらどうやって撮影するんですか?」
素朴な疑問を投げかけた俺に、大林は振り返ることなく答えた。
「目で撮れ」
また出た、意味不明な回答。
「いや、物理的に無理でしょう。俺たちも転移に巻き込まれるんですよね?」
「問題ない。俺は全てを撮る」
その時だった。足元の魔法陣が光り、視界が白く染まった。
転移開始だ。
気がつくと、俺は石造りの薄暗い通路にいた。
周りを見回しても、大林の姿はない。ミューもいない。完全に一人だ。
サブカメラのモニターを確認すると、メイン配信はしっかりと続いている。画面には、アークライトのメンバーが一人ずつ、それぞれ違う場所で戦っている映像が映し出されていた。
は?
俺は混乱した。全員バラバラになったはずなのに、なぜ完璧な映像が撮れているんだ?
しかも、どの映像も構図が完璧すぎる。まるで事前に計算されたかのようなベストアングルだ。
そんな俺の困惑をよそに、通路の奥から「うぃ」という小さな声が聞こえた。
振り返ると、黒衣の編集者・ミューが壁にもたれかかって座っていた。
「ミューさん!どうしてここに?大林さんは?」
彼女は静かに指を指す。
その先には小さなモニターがあり、大林がカメラを構えている姿が映っていた。
でも背景が違う。明らかに俺たちとは別の場所だ。
「あい」
ミューが小さくうなずく。
どうやら「大林は別の場所にいるけど大丈夫」という意味らしい。
でも全然大丈夫じゃない。なぜ全員の映像が撮れているんだ?
その時、モニターに映るアークライトのメンバーの一人——魔法使いのリンが、巨大なスケルトンナイトに追い詰められているのが見えた。
完全に絶体絶命だ。
「ミューさん、大林さんはリンさんの近くにいるんですか?助けに行かないんですか?」
「のぅ」
ミューが首を振る。
モニターの中で、リンが悲鳴を上げた。スケルトンナイトの巨大な剣が振り下ろされる——
その瞬間、画面の構図が微妙に変わった。
まるでカメラが少し移動したかのように。
そして次の瞬間、リンが咄嗟に横に転がり、剣は床の石を砕いた。間一髪だった。
でも、なんか変だ。
リンが転がった先——そこには偶然にも魔法の杖が落ちていて、それを拾った彼女は反撃に転じた。
あまりにも都合が良すぎる。
「ミューさん、これ……」
「すぃ」
ミューが小さく微笑んだ。「凄い」という意味だ。
俺は理解した。
大林は、リンを助けたわけじゃない。
でも、カメラの位置を微妙に変えることで、リンが生き延びる「構図」を作り出したんだ。
彼は戦闘に絶対に介入はしない。
でも、「撮影」という行為を通して、間接的に探索者の運命を変えているのか?
これが大林の言う「目で撮れ」の意味なのか?
いや、どうんなだ?
その後も、信じられない光景が続いた。
戦士のガルドが罠にかかりそうになった時、なぜかカメラアングルが変わり、ガルドは直感的に危険を察知して回避した。
盗賊のキースが迷路で迷子になった時、モニターに映る「何気ない壁の映像」が、実は正しい道を示すヒントになっていた。
ヒーラーのセレンが魔力切れで倒れそうになった時、カメラが捉えた「背景の光」が、実は回復の魔法陣だった。
全てが偶然のように見えて、実は計算されている。
大林は戦わない。
でも、「撮る」ことで戦場をコントロールしているんだ。
「ミューさん、大林さんはどうやって全員の場所を把握してるんですか?」
「ふぁ」
ミューが驚いたような顔をする。そして、自分の編集機を指差した。
画面には、ダンジョン全体の俯瞰図が表示されている。
そこには赤い点が5つ。アークライトのメンバーの位置だ。
そしてもう一つ、青い点がある。それが大林の位置だった。
青い点は、信じられない速度で移動している。まるで瞬間移動でもしているかのように、次々と赤い点の近くに現れては、また別の場所に移動している。
「縮地」スキルを使って、超高速で全員を回っているのか。
でも、それだけじゃない。
大林の移動パターンを見ていると、まるで未来を予知しているかのように、メンバーが危険に陥る場所に事前に移動している。
まさか……
「ミューさん、大林さんは未来が見えるんですか?」
「のぅ」
ミューが首を振る。そして、自分の頭を指差した。
つまり、経験と洞察力だけで、全てを予測しているということか。
化け物だ。完全に人間の領域を超えている。
クライマックスは、リーダーのヴァンスがダンジョンの最深部で「死者の王」と対峙した時だった。
S級モンスターとの一騎打ち。ヴァンスは強いが、相手が悪すぎる。
案の定、ヴァンスは劣勢に回った。
剣は折れ、鎧は砕け、もはや立っているのがやっとの状態だ。
「死者の王」が最後の一撃を放とうとした時、俺は思わず叫んだ。
「大林さん!助けてください!あなたなら倒せるでしょう!」
でも、大林が助けるはずない。そんなことはわかっているけど。
モニターの中で、「死者の王」の巨大な斧がヴァンスに向かって振り下ろされる——
その瞬間、画面の構図が変わった。
カメラが、ヴァンスの表情を完璧に捉えた。絶望的な状況の中でも、諦めない強い意志を湛えた瞳を。
そして、その表情を見た瞬間、ヴァンスの中で何かが変わった。
彼は最後の力を振り絞り、折れた剣で「死者の王」の心臓を貫いた。
奇跡の逆転勝利だった。
戦いが終わった後、独り言のようにつぶやいた。
「ありがとう。おかげで、最後まで諦めずに済んだ」
でも大林はスニークスキルを使っているから、ヴァンスには存在を気取られていないはずだ。
それなのに、なぜ「ありがとう」なんて言うんだ?
ダンジョンからの生還後、俺は大林に質問をぶつけた。
「いつも思うんですけど、なんで大林さんは、あんな回りくどいサポートをしてるんです?」
大林は420kgのカメラを片手で持ったまま、静かに答えた。
「俺なら彼らにもっと楽をさせることはできる。だがそれでは何も記録されない」
「記録って……映像のことですか?」
「違う。勇気だ」
大林の表情が、珍しく真剣になった。
「記録されなかった勇気は、次の誰かに受け継がれることもない。俺が代わりに戦えば、ヴァンスの最後の一撃は生まれなかった」
「でも、もし失敗していたら?」
「それも記録する。失敗もまた、誰かの教訓になる」
俺は言葉を失った。
この人は、戦えるのに戦わないんじゃない。
戦わないことで、もっと大切なものを守ろうとしているんだ。
たぶんそうだ。そういうことにしとこう。
「撮影とは、魂を記録することだ。下手に介入すれば、それは偽物になる」
大林はカメラを肩に担ぎながら続けた。
「構図とは、運命を切り取ることでもある。良い構図は、被写体の未来を照らす希望になるんだよ」
意味が分からないようで、でも確かに今日見たことを思い返すと、納得できる部分もあった。
大林のカメラが捉えた「構図」は、確実にアークライトのメンバーたちを導いていた。
戦闘に介入しないという信念を貫きながら、それでも彼らを救っていたんだ。
「でも」と俺は言った。
「もし仮に僕が”探索者”だったとして、それでも助けないんですか?」
大林は振り返ると、いつもの狂気じみた笑顔を浮かべた。
「その時は、最高の『死の瞬間』を撮ってやる」
やっぱりこの人、根本的にイカれてる。
でも、その狂気には確固たる信念がある。
そして俺は気づいた。
今日、俺が見ていたのは単なる「撮影」じゃない。
これは「記録という名の戦い」だったんだ。
大林建造は戦わない戦士だ。
カメラという武器で、運命そのものと戦っているんだ。
そういうことにしておこう。
帰り道、ミューが珍しく俺に話しかけてきた。
「りょ」
今日の撮影、了解——つまり「お疲れ様」という意味だろう。
でも、その後に続いた言葉に俺は驚いた。
「てんちゃん」
は?
「え、今、天ちゃんって言いました?」
ミューは慌てたように顔を赤くして、また2文字に戻った。
「のぅ」
いや、確実に聞こえたんだけど。
どうやらミューも、少しずつ俺に心を開いてくれているらしい。
この現場は危険だし、理不尽だし、大林は狂ってるけど、でも——
なんだか、悪くない。
俺も、いつか大林のようなドキュメンタリーの「記録者」になれるだろうか。
そんなことを考えながら、俺は夕日に染まった街を歩いて帰った。
明日もまた、命がけの撮影が待っている。