プロローグ「その映像、誰が撮ってるの?」
——ダンジョン配信。
それは今や、グルメ、アイドルに並ぶ「現代三大エンタメ」のひとつだ。
昼休みの教室で、帰宅電車の車内で、病院のロビーでも。誰もがスマホを片手に、探索者達の命が燃え尽きる瞬間に興奮している。
その中でも異常とも言える人気を誇るのが、生配信番組『ザ・ダンジョンドキュメント』。
人気の秘訣は、なんといってもその危険性とリアリティ。舞台は常に生還率の低いS級以上の最恐ダンジョン。最強の探索者、最悪のボス。火を噴くドラゴン、血の雨、罠地獄。そして限りなく低い生還率。
その死線のスリルに、恐怖に、絶望に、人々は熱狂していた。
でも俺は気づいてしまった。この番組、なんか変じゃないか?
凶悪なダンジョンボスとの激闘の最中でも画面は一度も揺れない。音声も澄み切っている上に、スタッフの声は一切聞こえない。構図は完璧で常にベストポジションから、カメラが耐え切れるはずもない攻撃を真正面で撮影している。
そもそもスタッフはどうやって生還しているんだ?
冷静に考えてみろ。生還率10%以下のダンジョンで、探索者が全滅することもあるのに、映像だけは毎回完璧に残っている。
これはつまり——
「まさかこれ、"やらせ"なのか?」
「ていうか……誰がこの映像を撮っているんだ?」
そんな疑問を抱いた俺の名前は、天羽晃。どこにでもいる映像学科の大学生だ。
ドキュメンタリー映画を撮るのが夢で、日々カメラと格闘していた俺は、この謎を解明すべく『ザ・ダンジョンドキュメント』の番組アシスタントに応募した。
真相を確かめたい。そんな好奇心が、俺の人生を大きく変える扉を開くことになったのだが——
今思えば、あの時の俺は何も分かっていなかった。
"やらせ"なんて生易しいものじゃない。
この番組には、常識を超越した 狂人 がいたのだ。
そして今、俺は——最恐と言われるS級ダンジョン「灰の竜の咆哮」最深部で、撮影機材を背負いながら思う。
『なんで俺、ここにいるんだっけ?』
ちなみに、今日の現場の生還率は10%以下だそうだ。
正直、映画を志す大学生がアルバイトで来るような場所じゃない。まさに"場違い"である。
でも今さら後悔しても遅い。目の前では、人類史上最も危険な撮影が始まろうとしていた。
そして俺の横では、あの 狂人カメラマン が、地獄の炎を前にして呟いている。
「いいねぇ……今日も最高の絵が撮れそうだ」
その顔は、まるで遊園地に来た子供のように無邪気で——そして、確実にイカれていた。