出会い
___痛い、寒い...苦しい
震える体に、まだ僅かに動かせる左手で体をさすり温まろうとする。
どんどん冷えていく体に
__私は死ぬのだろう
と本能で感じた。
アリアは痛みと寒さに苦しんでいた。
辺りは暗くなり、空も闇に包まれていた。
夜になったことで気温が下がる。
私は1本の大樹の木の根っこにもたれかかり、休んでいた。右腕と右の脇腹の傷が痛む。
(どうしよう、体が動かない。傷が酷いし、食料も探せないしどうしようか...)
(___まあ、もう死んでもいいかもしれない)
アリアは、諦めと疲れきった様子でため息をついた。
私の大切な人はみんな死んでしまった。
いや殺されてしまった。
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“おい!そっちに女が逃げたぞ!!”
“絶対に逃すな!”
“へへ...コイツら殺しちまおーぜ”
低く、男達の荒い怒鳴り声と唸り声が響きわたる。
(いや、、やめて!)
(お願い助けて!!きゃぁあ!)
(いだい、!!ママァ!)
その後に女の叫ぶ声、助けを乞う声、痛みに悶える声が響きわたる。
獣人の男たちが、20人以上の群れを成して突然村を襲ってきた。
獣人たちは、持っていた松明の光を村の家や畑につけた。火は燃え広がり、村民は叫んだ。
深い夜の中、いつもなら暗く闇が広がる時間のはずなのに、その日は村が赤々と光っていた。
(私の村が、燃えている。皆が殺されてしまう!)
(早く母様とヘンリーを逃がさなきゃ!!)
アリアは家への帰路を走った。
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「けほっ母様、ヘンリー、無事なの?」
息がしづらい。火が燃え、煙が辺りに充満した。
視界が悪く、煙が目が染みる。
反射的に目を細め、袖口の服を握り、鼻に当てた。
アリアは、病を患った母とやんちゃな5歳の弟と共に暮らしていた。
今日の晩御飯の材料を買いに、村で唯一の食材店に
買い物をしに来ていた。
家への帰路を歩いていると、アリアの家がある方向から叫び声が聞こえた。
(嫌な予感がする)
気づいたら走って家に向かっていた。
(母様とヘンリーは!?)
玄関が壊れるのではないかという程、勢いよく玄関の扉をあけ、中を見渡した。だが誰もいない。
(母様たちが獣人に見つかってしまってたら...!!)
家を飛び出し、辺りを探しに行くとすぐに見つかった。
道の真ん中で、2メートルくらいの豚の獣人と、同じくらいの背丈のトカゲの獣人がいた。
そして母様とヘンリーがいた。
トカゲの獣人がまるで人形を掴むように、母様の首を掴み上げていた。
そのすぐ右側でもう1人の獣人が、青ざめた顔の弟の首を正面から噛み付いていた。
「母様!!ヘンリー!!」
「アリアお姉ちゃ..」
ヘンリーがかすれ声をだす。
2人の獣人はこちらに気づき、ニヤリと笑った。
鋭く目が光っている。
「母様!!!」
アリアは首を掴み上げられている母を見ると、愕然とした。
母様は___手足の先が人形のようにぶら下がっていた。
アリアは一目で死んでいると分かってしまった。
___あ"あ"ァ、楽しいなァァ、人間殺すノ、楽しい
___ニンゲン、うまぃ
唸り声のようなその獣人の声は、楽しそうに高ぶっていた。
「アリアおねえぢゃ」
獣人はぐったりとしたヘンリーの首から口を離し、頭を乱雑につかみ、殴ろうとした。
その瞬間、アリアの中でプツンと切れた。
「殺す」
何の迷いもなく、澄んだ声でアリアは呟いていた。
気づけば左腰に差している剣に手をかけ、猛スピードで獣人へ向かって走った。
(今、助けるからね、だって私が守らないと、お姉ちゃんだもん)
人間、あまりにも究極な場面に立ち会うと、感情を忘れるのだとアリアは感じた。
相手が動くよりも先に、まずはヘンリーに殴りかかろうとしている豚の獣人の背後にまわった。
うなじを目掛けて思い切っ切り飛びかかる。
(鋭く、深く!)
剣の切っ先を思い切り斬りつけた。
___ あ"ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!
獣人が叫ぶ。
アリアは、すぐさま正面に周り、心臓を目掛けて
思い切り突き刺す。
血液が顔に飛び散る。だがそんなもの気にしてられない。
獣人は倒れ込み、すぐさまもう1人の獣人にかかる。
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ヘンリーは、邪魔にならぬよう数メートル離れた場所の家の壁にもたれかかった。
かすむ目で姐の姿を捉える。
(僕、こんなアリアお姉ちゃん見たことない。)
いつも凛として優しいお姉ちゃんが、まるで殺気に満ちた獣のようだった。
けれどその殺気の中に哀しみが混じっていることを感じる。
母様と僕の姿を見て、言葉にしきれない気持ちがあるのだろうか。
アリアお姉ちゃんの顔には涙が流れていた。
(僕は誰よりもアリアお姉ちゃんが優しいこと知ってるよ)
首の噛み傷から血液が流れ、体が冷たくなっていく。
ヘンリーは死の瀬戸際が近づいていることを悟った。
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(せめてヘンリーは守らなきゃ!!)
(こいつを殺して、早く安全な場所に連れてかないと...!)
母様が地面に転がっている。
恰幅のいいトカゲの獣人がこちらに殴りかかる。
すぐさま避けたが、右手を掴まれてしまった。
握っていた剣が、カランッと地面に落ちる。
____ボキッ
凄まじい腕力に右腕が折れた音がした。
掴まれたまま右の脇腹を獣人が鋭い爪で切られた。
(痛い、!!)
地面に膝がつきそうになりながら痛みに耐える。
痛がっている私を見て獣人は面白がる。
その一瞬の隙を見て、私は思い切り獣人の目に指を突っ込んだ。
___ あ"あ"ァァァ!
獣人は両手を顔に当て、痛みに叫ぶ。
その瞬間に剣を拾い上げ、冷静に首を狙って
思い切り切った。
___ズパッ...ドンッ
獣人が力なく地面に倒れる。
(終わった...)
(2人をここから逃がさないと!)
ハッと状況を思い出したアリアはヘンリーの元へ走り、ヘンリーの体をなんとか両手で抱き上げる。
そのまま母様の所へ向かいながら聞く。
「ヘンリー!大丈夫!?」
「アリアお姉ちゃん...ごめん、僕が、弱くて、ごめんなさい..」
ヘンリーは意識が朦朧としながら謝る。
「何言ってるの!ヘンリーは何も悪くない。母様を逃がそうとしてくれたんだよね?ありがとう」
地面に横たわる母様を見た。
私と同じブロンドの髪色をした母様の目には、光が消えていた。
「あぁ...」
(どうしよう、母様が死んでしまった。ヘンリーも死んでしまう...!)
ヘンリーを見ると、顔色が青く、首から血を流しており長くないことを知る。
ヘンリーが段々と冷たく、力が抜けていっている。
私と同じブロンドの髪を撫で、ギュッと抱き直す。
「あぁ、ごめんなさい、私のせいで母様、ごめんなさい」
横たわる母様に祈るように語りかける。
周りの火がどんどん大きくなってきて、今行かねば村から抜ける道が無くなってしまう。
他の獣人たちが私たちに気づく前に逃げねば。
アリアは、血が飛び散った顔に涙を流しながら決断した。
逃げなければ。
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あれから私は森の中を走り続けた。段々と冷たくなる弟のヘンリーを抱いて。
「はぁ、はぁ、はぁ」
1時間ほど走っただろうか、辺りはすっかり暗く、追いかけて来る気配もない。
獣人たちは恐らく金目のものも探しているのだろう。
気を取られていてくれたおかげで逃げることができた。
不幸中の幸いだ。
月明かりが差し込む湖を見つけ、湖のほとりに近ずいた。ここなら水をヘンリーに飲ませられる。
私も喉がカラカラだった。
「ヘンリー、水飲める?」
「う、ん」
ヘンリーの背中を左手で支え、横向きに抱きながら
なんとか右手で水をすくう。
少しこぼれてしまったがなんとか飲んでくれた。
私も水をのみ、喉を潤した。
「アリ、アおね、 ちゃん、助け、てくれて、ありがと、う」
唐突に、しみじみ言うものだから戸惑う。
「ヘンリー?最後みたいに言わないで、おねがい」
私と同じブロンドの髪に、蒼色と翡翠色が溶け合ったような色の瞳が、私を見つめる。
「へへ、、ごめ、、ね、ずっと、だい、す、きだ、よ」
ぽつりぽつりとそう告げると、私の大好きなヘンリーは、目を閉じた。
旅立ってしまった。
「私も大好きだよ、」
あらから何時間が経ったのだろうか?
冷たくなったヘンリーの亡き骸を抱きしめたまま、湖のほとりに座っていた。
朝日が昇ったころ、湖の傍に咲く美しい桃色の花畑の上にヘンリーを置いた。
(出来れば穴を掘って埋めてあげたかったな、けど、腕がもう限界だ。せめて、きれいな花の上で..)
最後のお別れをして、アリアは体に鞭を打って歩いた。
歩くしかなかった。
止まっていては、大事なもの全てを失った私の頭が、壊れそうだったから。
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___痛い、寒い...苦しい
震える体に、まだ僅かに動かせる左手で体をさすり温まろうとする。
どんどん冷えていく体に
__私は死ぬのだろう
と本能で感じた。
あれから行くあてもなく森を歩き続け、一本の大樹を見つけた。
その大樹の周りは少し開けており、背の低い草や芝生が生えていた。
昼は日当たりが良かったため暖かく、木の根っこにもたれかかり休んでいた。
右の脇腹と右腕に怪我をしているせいもあって、体力も残っていなかった。
気を失うように眠っていると、起きた時には日が暮れていた。
月が薄くではじめた頃、昼からは想像できないほど寒くなっていた。
____ガサッ
ふと森の闇の奥から何かの気配がした。
(もしかして、襲ってきた獣人、?)
その場合に備えて左腰に挿している剣の柄を握る。
____段々と近ずいてくる
月明かりに照らされ、ようやく姿が見える。
人間の男だった。
「あんた、そこで何してるの?」
無骨にそう言われ、私は警戒した。
「....」
私は返事の代わりに剣の切っ先を向けた。
これが彼と私の出会いだった。