薔薇輝石(ロードナイト)23
セルサス王は執務室で書類仕事に勤しんでいた。今日までに決裁の王印が必要な物がたまっている。
必要ない時には群がって来るくせに、人手が欲しい時には、誰一人誰も来ない。
はしたないとは思いつつ、誰もいないことを良いことに、舌打ち混じりに、書類へペンを走らせていた。
王として生きてきて、色々な事を考えて、
「・・・疲れた。」
口をついて出た言葉は、彼に疲労感をより、強く自覚させる。肉体の、ではない。心の疲労感を、だ。この十数年でたまりにたまった物がついには口をついて出てくる。
彼等が──ルミナスプェラから来た彼等のせいで、それがより、顕著になって来た気がする。そんな事を思っては行けないと思いつつも、彼等の力強さや輝きは、自分や周囲の色褪せる様をまざまざと見せ付けてくる。
今まで見えなかったもの、見ないフリをしてきたもの。それらがぐいぐいと心の臓をえぐってくる気がして、
(呼ばなければ、良かった・・・)
考えてはいけない、と思いつつも。それでも──
「申し上げます。」
「どうした?」
ノックの後に、騎士が一人入ってくる。
「オルソット家の当主サルヴァドール様が見えております。」
「・・・通せ。」
ノヴル=オルガヌスの重鎮。純血主義のオルソット家。
堅物を絵に描いた様な人物だが狡猾な面もある。純血である、王兄の妻を娶るように画策してきたのもこの人物だ。
背が高く厳つい外見の男が騎士に連れられて歩いてくる。
あまり笑みを見せない男だが、今日は薄っすらと口元に笑みを浮かべている。
(珍しいことも、あるものだ・・・。)
なんて、セルサスが首を傾げる。と、サルヴァドールは恭しく一礼はして、だけど、その目は何処か見下した様に歪めて。
「我が王に一つ報告を。」
「火急か?」
「ええ。」
そう言われてはペンを置かざるを得ない。セルサスが小さなため息と共に、サルヴァドールの方へと向き直った。
「王には、新アリシアン派の撤回と、旧アリシアン派を国家宗教として認める旨を、宣誓して頂きたい。」
「・・・なにを、言っている。」
それは即ち、ルミナスプェラと手を切る事を意味する。新アリシアン派の否定は、魔族を否定すること。
確かに純血主義の中には旧アリシアン派が根強く残ってはいるが、それでも
「それは、そう簡単に覆していい問題ではない。オルソット家の当主ともあろうサルヴァドールが、それを分からない男ではないだろう。」
「いえ、王よ。魔人魔族は手を取り合うより我等が支配するのです。強制停止された火の雨の研究を再び行えれば、我が国が覇権を握るのも可能です。」
「火の・・・、お前は、またこの世界を戦争に巻き込みたい、というのか?」
「我が国が世界の陣頭指揮を執るための道具が必要、と申しているのです!」
「手にした武器を、人は振るってみたくなるものだ!ならば始めから武器を手にするべきではない。故に私はルミナスプェラと手を取り合うことにしたのだから!」
「それが悪手だったと何故に分からぬのです!有力な武力も、使い捨ての労働力も全て魔族奴隷によるものなのに!」
「・・・・・。」
セルサス王は思わず絶句した。確かに、古き良きと考えるような、きらいはあったが、ここまで固執した考えでは無かったはずなのに、と。
再度口を開こうとして、セルサス王は止め、首を振った。
「また後程会議をひらこう。そこでサルヴァドールの意見を改めて──。」
聞きたい・・・、そういってこの場を収めようとした時。目の前のサルヴァドールの老獪の目が嫌な光を放つ。
スッと、片手が上がる。
「サルヴァドール・・・ナニを──・・・」
セルサス王が尋ねたその結果は、彼自身の眼で把握することになった。サッと顔色を青くする。
武装したオルソット家私兵が約五十人、王宮の執務室内で王を取り囲んだ。
王宮内の、執務室である。
彼自身の近衛兵もいるはずなのに。警護を怠ったか、それとも彼等自体もこちらの手駒だったか。今はもうわからない。
どちらにせよ、セルサス王は悟った。
この場に、自身の味方は、誰一人、いないのだ、と。
セルサス王の身柄が、サルヴァドールによって確保されるのと、ほぼ同タイミングで、王妃イゼライカ、王太子アーディヴェル──アーディーがいる謁見の間に、十人ほどの武装した騎士が進入してきた。剣に付けられた家紋がオルソット家である事を確認したイゼライカとアーディーはさっと顔色を変えた。
純血主義の重鎮。ノヴル=オルガヌスを支える最古参の家の一つ。それ故か、生粋の純血主義であり、またルミナスプェラの提唱する新アーリアン派よりも旧アーリアン派を良しとする風潮も見られてはいた。
ただ、王が先人切って新アーリアン派を宣言し、また、ルミナスプェラの国力──特に軍事力を考慮してか、今まで表立っての反発はしてこなかった。
それが、このタイミングで反旗を翻す事になる。
それは、どういう意図での事なのか・・・。
だが、アーディーがそれを考えるよりも先に、騎士の剣が彼の鼻先に突き付けられた。
「一応聞くが・・・私が誰か知っての狼藉か?」
「御無礼を。御身を預からせて頂きます。」
「・・・・・。」
『王太子アーディヴェル』に対して、騎士は剣を突き付けつつ、武装解除を行いながら、それ以上の手荒な行為はなかった。
しかし──
「キャ・・・ッ!」
短い悲鳴に、アーディーが義母の方を向いた。そこには、騎士に突き飛ばされてイゼライカが膝を付く姿が見え、思わず駆け寄る。
「何をする!?」
「お下がりください。この者に殿下が心を配る必要はございません。」
「この国の王妃だぞ!?」
「今は亡き御身の母君のみが、純血の王妃です。」
「───・・・っ!」
一貴族の私兵が、純血か否かのみで、遥か上の位の人間に対しても、ここまでのあからさまに態度を露わにする。
オルソット家という特殊な家の問題か、はたまた、元々王妃イゼライカが受けていた当たり前の仕打ちなのかは、わからないが・・・。
「無抵抗な女に手ェ出すなんざ、騎士の風上にも置けねぇわ。」
舌打ち混じりの、怒気が含んだ台詞に、騎士達ががざわめく。
瞬間、玉座の裏へ隠れていたシオンが、腰を落としたまま騎士達の間れと走り込む。そのまま、不意をついてその足元へ足払いをかける。数人がそのまま膝を付きくから、無防備なその首筋へ、当て身を食らわせば、それだけでまず二人を戦闘不能に落とす。
床に転がった槍を直ぐ様拾い上げ、槍、というより棍の様に振り回しては、武装したその身体ではなく、オープンな顔、しかも喉元をめがけて容赦無く打ち据えた。
それで四人。
シオンが注意を引いたスキに、反対側からエルヴィスが膝蹴りで脳震盪を食らわせ、更に一人が床に転がる人数に追加される。
瞬く間に半分になった事を動揺する騎士達に、シオンが目を細めて笑う。
それでも、騎士達がそれぞれ手持ちで構えていた槍から、腰の剣を抜く。距離を取っての制圧に便利な槍から、近接に向いた剣へと変わる。
ここからが正念場・・・、とばかりに。少し緊張した面持ちで、シオンが奪った槍を構えた、時に・・・
蹴り飛ばされた扉が、開く、というより、床にたたきつけられる。
衝動的に、その場全員の意識がその扉へと向けられる。
轟音のその先に、一瞬だけ見えた光に、シオンが僅かに目を見開いた。それをシオンに一番近い騎士が、隙をついたとばかりに剣を閃かせる。
その剣線を阻害する様に、投擲ナイフが二本閃く。次いでもう一本が弧を描いて、騎士の鎧の肩の隙間へ突き刺さる。
「ぐっ!」
苦悶に呻く騎士が、それでも剣を振るのを、ハッとしたシオンが、その手を打ち据え、顎を打つ。それでも、奥歯を噛み締めた騎士の青年がそれでもその歩を詰めて──
「で・・・?」
それよりも、速く、
「まだ、やるなら──・・・」
「・・・・・。」
その首筋に小烏丸が当てられ。
騎士の耳元に、クロウがそっと告げる。
「・・・・・。」
シオンの目の前で、騎士の目から力が抜ける。膝から崩れ落ちる様にして、床に座り込む。
「・・・クロウ?」
床で震える騎士の姿を視界の端でおさめて、シオンがクロウに目を向ける。
クロウの背後で、残りの騎士が全て床に転がっていた。扉が蹴破られてから、ほんの僅かな時間しか経っていない。
そのまま顔を上げたクロウが、僅かにホッとした表情を向けた。
そのまま、王妃、王太子──そして、シオンの前に跪く。
「ルミナスプェラ国家元首、『聖女』リィンの命において、馳せ参じました。王太子アーディヴェル様、王妃イゼライカ様、そしてルミナスプェラ客人『セレスティニア』様。まずは御身方の無事の確保に努めさせて頂きます。」
「───・・・っ」
見事命を受けた一軍人としての立場で、彼等の前で振る舞うクロウに、シオンが小さく息を飲む。
すれば、王太子として、アーディーが頷く。
「助かった。隣国最強と名高い大隊長殿に警護をしてもらえるなら、これ以上のことはない。」
ただ、と。アーディーは少し苦笑いをしながら
「君の今での噂の態度との変化は、どう説明を?」
すれば何でもないようにクロウが
「密命を受けての対応と、お考え頂ければ。」
「・・・密命、か。」
「ご希望あれば、後ほど聖女よりご説明させて頂きますが?」
跪いたまま、それでも強い眼力に、アーディーが僅かにたじろいだ。遠回しの、『今、必要ねぇだろう』というクロウの声が聞こえた気がする。
「一体、なぜ、オルソット家が・・・。」
王妃が呆然と呟くのを、クロウが興味なさげにチラリと目を向けるが、
「そこまでは。」
「・・・・・。」
「王兄アゼレヴィル様のところへもまだ反逆の一報がきただけなので。」
「王兄アゼレヴィル様のところに・・・。」
アーディーと王妃の、その目が僅かに伏せられるのを目に止めて、クロウはふいっと目をそらす。
「今、私兵をかき集めてらっしゃいます。」
「え・・・?」
「兄王、さまが・・・?」
クロウの言葉に、二人が顔を上げるから、その目を見返す。
「自分が先陣の命を受けた際に言付けを。」
「必ず、駆けつけると。」
その声に驚嘆と、安堵のため息が王太子と王妃からこぼれる。
その様を、シオンが目を細めて見つめる。
そして、
「おい。」
「・・・何か?」
「・・・何でその態度なんだよ。」
「仰ることが理解できませんが?」
「・・・・・。」
「貴女は『客人』です。そして、自分はその警護の『命』を受けておりますゆえに。」
「・・・・・。」
「これ以降の戦闘はどうぞお控えください。」
「はぁ!?」
シオンが驚きに目を見開くが、クロウは至極真面目だ。あえて言えば、緋い目が僅かに瞳孔が開いてる。いい加減にしろやと、と言わんばかりに。
「別に!俺は守ってもらわなくても───」
「貴女の命令を聞く理由はないので。」
「うるせぇ!いいから俺の刀返せよ!」
「あぁ、預かっておりましたね。お見事な舞台俳優っぷりでございましたよ。」
「・・・てめぇ、バカにしてるだろ?」
「まさか。」
「古今東西、自分が完全にしてやられたのはあの時を除いて他にないと絶賛したいくらいです。」
「───・・・っ!!」
瞬間、シオンの顔が真っ赤になる。
『セレスティニア』として、であっても、自分から仕出かした事に、今になって急に恥ずかしくなる。はくはくと二度三度と口を動かしては言葉が出ないシオンに、
「・・・まぁ、刀はお返し致します。」
クロウもクロウとて、素直な反応を返すシオンに、思わず生唾飲み込みそうになるのを、ぐっと堪えながら括り付けていたニ刀を外した。
「・・・以降は、どうぞ自衛に専念なさって頂ければ、と。」
そう言って刀を差し出すクロウに、赤くなった顔はそっぽをむけて、シオンが無言のまま受け取った。
その腰に、いつもの重みが戻ってきたのを実感したシオンが、嬉しそうに目を細める。
そうして、拳と掌でぱんと叩いて
「よし、このままなんとか家のヤツを、ぶった斬りにいくか!」
「・・・聞いてねぇな、人の話。」
好戦的なシオンの言葉に、思わず素に戻ったクロウが、ため息交じりに肩を落とした。




