薔薇輝石(ロードナイト)21
王太子アーディヴェル=セルン=オルガヌスは自身の生い立ちの全てを知っていた。
父は兄王であること。
母は元々兄王の恋人であること。
周囲の圧力に耐えきれず、王は兄から妻を奪ったこと。
それでも、兄王も母も全てを理解し、承知の上だったこと。
だけど王は結局母を抱かなかったこと。
その時は既に母のお腹には自分がおり、王はそれを、承知の上で、自身を王太子としてくれたこと。
母は、それを深く感謝していたこと。
そして、それらを知って尚、現王妃は自身の母として接してくれていること。
弟と妹は可愛らしい。
腹違いと、理解しているのかどうかまではわからないが、それでも、疑いのない目で笑ってくれる。
自身は恵まれている、とは思う。
今は、だ。
ふと、現王セルサスを思う。
王というのはこうも、周囲に気を配らなくては、いけないのかと。彼───仮にも、父である人をそう表現するのはどうかとはおもうが、それでも、見ていると思ってしまう。
わかっている。
一人では国を支えられないからだ。
王とは、国を支える柱ではあれど、柱一つでは国足り得ない。それが、どんな相手であれ手を取り合う必要があるならば。
「・・・・・。」
ふと、アーディヴェル──アーディーが謁見の間の方へと目を向ける。
義母である王妃が誰かと会っていた。
豊かな黒髪が視界をよぎり、相手がオブシディアンの姫だとわかる。
兄弟再会のパーティー以来だったが、既に三十を超えていると聞いていたが、これほど美しい人を見たことがなかった。
よく、年齢を重ねて美しさが翳ると言われることはあるが、初めて会ったせいか、ただ、美しさだけが、際立った。際立った、が・・・
(同時に、演技めいた仕草も気になっていた。)
護衛の他国の軍人だという男以外には、仮面を被った様な顔を変えず。
ただ、それは表現を変えれば、彼には素顔をさらしている、ということだ。
それだけの、相手がいるということ。
(それでも・・・)
兄王は、弟である王に請われて、愛した人を譲った。
王は、純血の王妃を迎えて、それでも抱かずに、側に置いた。
彼女は、兄王に請われて、寝所に侍ったと聞いた。
(まだ、わからない・・・。)
そんなことを考えながら、
珍しい相手が来ている事に、少し興味が湧いたアーディーが、こっそりと謁見の間を覗き込む。
と、
(───・・・!?)
静止する騎士をなぎ倒して、セレスティニアは、堂々たる様で玉座へと腰掛ける王妃の元へと近寄る。
「共闘するなら、アンタの事はしっかりと知りたい。」
「わ、たくし、を・・・。」
「混血であることが、何故アンタをソコまで不安にさせる?」
(・・・・・っ!)
戸惑いも憐れみもなく、純血の姫は凛とした瞳のまま、王妃の憂いを口にする。
騎士の一人が歯をむき出し、
「貴様!調子にのるな!」
それこそ狂犬のように、セレスティニア腕を掴み、地べたへとそのまま引きずり立てた。確かに客人として彼女の口ぶりや態度は王族に対してのそれではないが、だとしてもやりすぎだ、と。
アーディーが出て行こうとした途端、
「滅びた国の年増如きが!頭が高いわ!」
「うるせぇ!てめぇ、女の年齢にケチ付けるとはいい度胸だな。後で覚えとけよ?」
容赦のない言葉にも正面から噛みつく様な。あの、パーティーの時に見た仮面を貼り付けた様な笑顔の姫君とは程遠い顔でにらみつける様に、むしろアーディーが僅かにたじろぐ。
騎士の一人が嘲笑しながら、彼女を見下せば
「なんという品のなさだ!これがあの、オブシディアンなのか!?」
「・・・・・。」
なぜか、王妃である義母が、痛ましげな顔をして眉根を寄せる。
それでも、彼女は――セレスティニアは、一歩も、引かない。
屈強なはずのそ騎士を相手に、酷く醒めた目で、見上げながら
「勘違いしてねぇか・・・?」
一片の容赦もない言葉を返す。
「何?」
「アンタに認めてもらおうとか、思ってない。」
「・・・き、貴様っ!」
騎士が目を剥き威嚇をするのすら、何とかの遠吠えだ、と。薄っすら、笑ってさえみせる。
その様を王妃はどこか驚いたような、希望を見出す様な眼で見つめていた。
そんな義母を見るのは、初めてだった。
義母は、優しかった。
王太子であり、義理の息子という事もあって、どこかぎこちなさはあったけれど。それでも、ゆっくり、言葉を選びながら、一生懸命接してくれようとしているのがわかる。気になるほどに気遣って。
混血だと、周りに嘲笑されているのは、何となく気付いていた。
弟も、妹も、自分にとってかけがえのない人間なのに、『混血』というレッテルを貼られて、何かにつけては自分と差をつけて離そうとする周囲に、気が付いていた。
どうしようもないことなのか、と。
兄王から純血の恋人を奪ってまで、作りあげた血筋というものは、或る意味かけがえのない物なのか、と。
―― だから、同じ純血の妹を、決して手放さないように、目印を付けて・・・
騎士の嘲笑に、セレスティニアが、凛として応える。
「お綺麗な所作だとか、ドレスだとか、家柄、血筋・・・」
純血の姫が、尊い血を携えた娘が、それでも、様々な経験を経て見つけたもの。
「俺が大事なのはそんなものじゃない。」
「俺は、今の俺をもう、否定なんかしない。誰が蔑んだところで気にしない。」
ああ、奪われるほどの、強い瞳。強い力。
「今の俺を大事にしてくれる人達がいる。」
「・・・・・。」
「俺は、今の俺をもう、否定なんかしない。誰が蔑んだところで気にしない。」
「その為に、俺が俺自身を誇れる生き方しか、選ばないと、もう、決めた。」
這いつくばって、床に倒れて、押さえつけられて、きっと、傷だらけでも、汚れても、その、強い瞳は曇らないのだ、と教えてくれるほどの、輝き。
「だからアンタにもそれを問う。」
「・・・・・。」
「貴様、まだ───」
「アンタは誰の為に、悪になりきる?」
まっすぐに問うセレスティニアの目に、
王妃の、義母の、イゼライカの目が輝き、涙濡れ、請う。
「こ、ども・・・」
(ああ、そうか・・・)
「純血でない、ゆえに・・・」
(兄であった、私ですら、感じた違和感に)
「侮られて、生きる、私のような、可哀想な、二人の、子供の、ため・・・」
(実の母親である、貴女が心を痛めなかった、筈がない・・・!)
瞬間、呆気にとられた騎士を瞬く間に叩きのめす。先ほどまで暴言を吐き侮っていた騎士が、途方に暮れた様にたたずむ。その姿に、セレスティニアは、容赦なく何か言葉を吐き捨てた。
情けなくも地面に伏した男たちを、情けなくも、少しだけ同情する。
この強さと、輝きは、すさまじく、素晴らしい。
セレスティニアが彼女の傍へと駆け寄る。だれよりも美しく、勇ましい人が、そっと王妃を抱き締めた。
それはある意味蠱惑的な光景であったけど、同時に、赤の他人である彼女が、誰よりもこの場で権威ある女性だった人の、本心すら見抜くことができなかったということだ。
彼女の言う通り、権威も血筋もあっても、
(ただ一人の妻や、女性を、守ることすら・・・)
ぐっと、唇を噛みしめる。
と、視界の中で
「旦那(王)を殴りたいんだよ。」
「ちゃんと自分達を見ろって。どんな理由で結婚したかなんて知らないけど、な。」
「それでも、迎えたんだから、守り通せと、言いたいだけなんだよ。」
まぁ、当然だよな、なんて。王相手に、不敬も良いところ。
だけど、結局そういうことなのだ。王と王妃であっても夫婦。例えば、兄王とその妻が、始めに何も譲らなかったら、
なにか世界が変わったのかもしれない。
何かの為に譲るらなくてはいけない物もたくさんあるかもしれないけれど、譲ってはいけない物だってきっとたくさんあるはずだ。
彼らは、皆、沢山の物を譲って来た――捨ててきた。
王位、愛する人、人生、話し合う努力、理解し合う思い。
泣きながら頷く王妃を抱きながら、まるで誑かす様な顔で、でも、彼女が笑う。
「あァ・・・。」
「喜び以外で女を泣かす奴には、鉄拳制裁が必要、だよな。」
「全くですね。」
扉を、開けた。
入ってくる存在に、王妃がハッとしたように目を開けた。玉座から降り、一旦その場にひざまずく。
それを、制してアーディーは、反対に、彼女の前へとひざまずく。
純血の、茶色の髪とオレンジの瞳、この国で二番目に尊い瞳が、彼女へ真摯に頭を下げ、許しを請うた。
彼の初めての態度に王妃は驚いて口元に手を当てた。義母として、慕ってはくれているのを感じてはいたが、それでも周囲の混血を指摘する言葉には眉を動かす程度で何も示してはくれなかったから。
「アーヴィー様、何を!?」
「許して下さい義母上・・・。」
「なに、を・・・」
「私は、今まで、貴女の苦しみを理解しようとしなかった。」
「・・・・・。」
「情けない事です、家族として、これだけ近くにいたのに。王族として振るまう事は出来ても、家族としての配慮を見出す事が、全くできては、いなかった。」
「・・・そ、れは・・・。」
「・・・・・。」
「わたくし、わたくしもです。」
「・・・義母上」
「生まれたときから、混血であることを、ただひたすら蔑まれて生きてきました。」
「・・・・・っ」
さらりと語られた王妃の生い立ちに、セレスティニアがひくりと眉根を寄せる。アーヴィーが察したように、目を伏せた。
「純血の貴方たちが、正直、羨ましくて、仕方がなかった・・・。」
「アンタはこんなに綺麗なのにな。」
「―――・・・っ!?」
不意に、何でもないよう口振りでセレスティニアは呟く。その目を覗き込むように見つめられて、王妃が思わず頬を赤く染める。
「あ、なたがそんなことを言っても・・・」
「花の種類を差し置いてどれが一番綺麗かを、決めることはないだろ?」
「・・・・・っ」
「決めるのは、自分が好きか、どうかだ。」
「そ、れは・・・」
「誰がどう言ったか、なんて知らない。混血とか純血とかには、興味がない。」
「少なくとも、俺はアンタがとても綺麗だと思う。」
「・・・・・。」
混血とか純血とかに興味がない、というのは本心なのだろう。
そうでなければ、白銀緋瞳の彼を選ぶことはない。
ああ、こうまで何物にも縛られずに、凛として生きることができたら、と・・・
王妃が羨望と憧憬の目でセレスティニアを見上げる。
と、
「さて、旦那に一発拳をくれる作戦だが・・・」
「・・・・・。」
不意に腕組みをして、そんな物騒な作戦を考えながら、セレスティニアがうーんと首を捻る。
すれば、
「セレスティニア様・・・」
「―――・・・っ!?」
聞こえた声に、その場にいた三人が思わず顔を上げる。アーヴィーは剣の束を握ったが、セレスティニアは、聞き馴染みのある声に、小さく笑った。
彼女が頷けば、急に気配が現れ、小柄な女性がその場に現れる。
「エルヴィスか。」
「一応、ボスに言われて後をついてきては・・・。」
何あったら国際問題に発展してでも彼女を守り切るつもりではあった。あったが・・・
「結局馬鹿騎士は一人で成敗しちゃうし、この国の王妃も王太子様も虜にしちゃうんだから・・・」
―― ホント人たらし・・・。
双子の弟が言った言葉は酷く的を得ていると、エルヴィスも、一つため息を吐いた。最悪の事態は免れたが、王兄に続いて、彼女に惚れた人間が増えたとなると、
(ボスの機嫌はまた悪くなるだろうなぁ・・・。)
なんて。
「とりあえず、どうします?予定通り、ボスもトラも一旦王兄の元に詰めてますが。」
「俺がそこで戻ったら、王兄との関係やら、招集掛けた王族の威厳やらってのに問題あるだろうが。」
「・・・そうところは気にするんですね。」
「俺個人だけなら気にしない。だけど、世の中にはそれを重んじないと、面倒なことも多々あることは知ってる。」
折角きちんと話してくれた二人に、迷惑がかかることはしたくないから。そう言って男前に笑うセレスティニアに、王妃の眩しそうな視線が向けられる。
すれば、
「一つだけ・・・。」
「ん?」
「リイン様がこの国においでになります。」
「マジかよ!?」
なら、多少は何やっても、丸く収めてくれるかな、なんてぽつりと呟く彼女に、アーヴィーは
「なるほど・・・」
「ん?」
「オブシディアンの会合での姿は、本当の姿ではないのですね。」
「・・・まあな。」
「ルミナスプェラから出たい、というのも」
「出る気ねぇよ。」
「それは・・・貴方の横に立つ人がいるからですか?」
「・・・・・。」
アーヴィーの言葉に、セレスティニアは無言で返す。だけど、その目尻が僅かに色付いているのを、その場にいた誰もが見逃さなかった。
「今も、セレスティニア、なのですか?」
「・・・いや。」
「シオン」
「シオン?」
「シオン=オブシディアン」
「なるほど、今の貴女に相応しい名前ですね。」
そうつげれば、酷く男前な顔で笑って
「だろ?」
なんて破顔するから。
(ああ、この人は・・・)
アーヴィーは、負けたと、言わんばかりに、諸手を上げた。




