薔薇輝石(ロードナイト)20
イゼライカは、静かにシオンを待っていた。
子供たち以外に、誰かを待つ、というがあっただろうか、と自らに問いかける。
王を待つのは、遠の昔に諦めてしまった。
臨月の腹を抱えていた時は、産まれてくるのを待っているのは自分だけなのかと、静かに笑った。
産まれた時、山のような贈り物の中で、誰一人子供の顔を見に来てはくれないのかと、泣いた。
『 そうだろう、自慢の子等だ。 』
セレスティニアが子を褒めた時の返事に、思わず乾いた笑みが浮かんだ。
(自慢なのは、純血の子、だけでしょう?)
(貴方の大切な大切な、兄王の、子供だけ、でしょう?)
ふと、昔を思い出す。
幼い頃、遊びに出かけた自分を待っていた人は、誰かいただろうか。職務として、待っていて貰ったこと以外は、もう、覚えていない。
その程度の人間なのか、と。
混血の王族とは、そういものなのだろうか、と。
産まれた子供すらも、蔑ろにされるならば・・・
『・・・・・。』
全てを整えていく必要が、ある、と。
イゼライカは、目を閉じる。
足音が聞こえて、王妃はゆっくりと目を空けた。
「・・・・・。」
セレスティニア─が通されたのは、王城謁見の間。
品の良いフロアの、その中心にて、セレスティニアは一人跪いては、顔を上げた。
視線の先にいるのは、ノヴル=オルガヌス国王の、妻。即ち、王妃イゼライカ=ハーゼル=ネルゼリア=オルガヌス。
「よくぞ要請に応じ、出頭しました。」
「半ば強制ではあったかと。思い当たることは御座いませんが。」
「ふ、ふふ・・・」
すれば、イゼライカは王妃らしい笑顔を取り繕って、
「そうまでして貴女を呼び出したのにはわけが。」
「わけ?」
セレスティニアが訝しげに眉根を寄せれば、イゼライカがこっくりと頷いた。
今、この場所には、イゼライカとセレスティニア、そして騎士が二人。
イゼライカが目を細めて笑う。
「貴女の希望は存じています。」
「・・・・・。」
「私が後ろ盾になりましょう。この国に永住するのは、如何?」
その言葉に、兄王アゼレヴィルからエルヴィスを取り戻して、帰宅した矢先に探ってきた本職共の出処が、王ではなく、王妃と理解した。
「見返りは?」
セレスティニアがすかさず問えば、話が早いとばかりに、王妃の笑みが深くなる。
「王兄アゼレヴィルの失脚に、手を貸してくだされば。」
「・・・王兄、さまの?」
セレスティニアは不思議そうに首を傾げる。正直言うなれば、あの兄王にソコまでの権力は無さそうにも見える。
今は戦時下でもなく、離宮へと療養の為に引きこもり、ああ、それでも・・・
(・・・王宮の客、セレスティニアを、自身元に呼び出す事くらいは、出来てしまう、か。)
この場合は、何とかしてリィンと繋がりがある、クロウ達と接触したい理由もあったのかもしれない。ただ、その動きは、返って現王族には未だに王兄の力が強いことを示してしまったのかもしれない。
それでも・・・
(わからない・・・)
セレスティニアが、正面から、王妃を見つめる。
「何故、兄王を?」
「・・・・・。」
「・・・既に王太子は決まっています。兄王の権力はたかが知れていると推測するが・・・」
正直には話しては貰えないかもしれないが、問うだけは問おうと、セレスティニアは立ち上がった。
すれば、僅かな間の後に、王妃は、ぽつりと、呟く。
「混血、故に。」
「混血?」
寂しそうに見えたその目に、セレスティニアが目を見開いた。だけど、すぐにその目を伏せて、混血の王妃は、
「・・・それ以上を、貴女にお伝えする理由はないでしょう?貴女に問いたいのは───」
そう笑って、一線を引こうとするから、
「聞く必要がある。」
それを越えて、セレスティニア──シオンは堂々と言い切る。
王族相手に引けを取らない、その態度に、王妃が僅かに眉根を寄せるから、
「───・・・っ!」
「貴様、不敬な!」
騎士が彼女を跪かせようと、シオンの元へと下りてくる。強い力で掴まれた腕を、力いっぱい振り払えば、辛うじて一度はその手から逃れられた。
「不敬もクソもない。」
そのまま、ずんずんとシオンは玉座の前まで進み出た。もう一人の騎士が慌てたように王妃の前に立ちはだかるのを、
「う、わ!」
伸びる手を払い、いなして背後へと転がす。
王妃が、呆気に取られたような顔で目を見開く。
そんな彼女を正面から
「一緒に悪事を働く相手に、俺を選んだというならば──・・・。」
「・・・・・。」
玉座の目の前、玉座の肘置きに手を付いて、彼女を囲うようにしながら、シオンは揺れ動く王妃の目を覗き込んだ。
「共闘するなら、アンタの事はしっかりと知りたい。」
「わ、たくし、を、知る・・・?」
「混血であることが、何故アンタをソコまで不安にさせる?」
「貴様!調子にのるな!」
シオンの言葉に王妃が反応するより先に、二人の騎士がシオンの両腕を取った。そのまま引きずり下ろし、大理石の床へと叩き付ける。
「滅びた国の年増如きが!頭が高いわ!」
「うるせぇ!てめぇ、女の年齢にケチ付けるとはいい度胸だな。後で覚えとけよ?」
「なんという品のなさだ!これがあの、オブシディアンなのか!?」
騎士が、シオンを抑え込んだまま、嘲笑する。その笑みに、王妃が何処か苦しそうに、眉根を寄せるのが見えた。
だから・・・
「勘違い、してねぇか・・・?」
「何?」
シオンは、そんな騎士を、酷く醒めた目で、見上げる。
「アンタに認めてもらおうとか、思ってない。」
「・・・き、貴様っ!」
騎士が目を剥き威嚇をするのすら、薄っすらと笑ってみせる。その様を、王妃は驚くような表情で、シオンを見た。
彼女の視線の前で、床に抑えつけられても、シオンは
「お綺麗な所作だとか、ドレスだとか、家柄、血筋・・・、俺が大事なのはそんなものじゃない。」
「・・・・・。」
「俺は、今の俺をもう、否定なんかしない。誰が蔑んだところで気にしない。」
「・・・・・」
「今の俺を大事にしてくれる人達がいる。」
「・・・・・。」
「その為に、俺が俺自身を誇れる生き方しか、選ばないと、もう、決めた。」
「・・・・・。」
強い瞳。強い力。
這いつくばって、床に倒れて、押さえつけられて、
「だからアンタにもそれを問う。」
「・・・・・。」
「貴様、まだ───」
それでも力を失わない眼で、藻掻く姿は自分と同じ、と。
純血の姫と謳われた美しいひとの、粗雑な言葉と刀二本、その生き様を誇って、強い瞳で笑う
シオンの・・・
「アンタは誰の為に、悪になりきる?」
その問いに───イゼライカの心が、揺れ動く。揺り動かされる。
その胸に浮かぶのは自身と同じ二人の・・・
「こ、ども・・・」
「純血でない、ゆえに・・・」
「侮られて、生きる、私の・・・。可哀想な、二人の、子供の、ため・・・」
ぽろり、と。王妃の目から、涙が溢れる。
王妃の涙に一瞬気圧されたのか、騎士の力が緩むのを見て、シオンが瞬間、反応する。
「離してもらう。」
「───・・・っ!」
「おま・・・!」
すり抜けた手で肩を打ち、力が抜けた腕から捻るようにして抜け出ると、起き上がり様、その顎に思いっきり膝を食らわせた。
更に振り向くや否や、もう一人の頬を手背で打ち、怯んだスキに、そのまま回転、遠心力で勢いの増した、足蹴り。
「ぐ・・・っ!」
「がは・・・っ!」
玉座の前、守るべき王妃の前で無様に転がる二人の騎士を見下しながら、
「刀さえ奪ってしまえば勝てると油断したか?」
「ぐ・・・」
「こちとら、戦時下は前線で血反吐吐いて生きてきたんだ。女だからって、簡単に抑えつけられると思うなよ?」
底冷えのする視線で、威圧。
たかが刀の腕『だけ』がたつ女、と。見くびっていた相手が放つのは、萎縮する程の殺気。
騎士二人が震える。
一人があの時の同じ震えを思い出す。
彼は王と共に王兄の元へ行くシオンとクロウを、見送った騎士だった。
彼女の側にいた護衛の男の放つ底しれぬ殺気に、完全に萎縮し、震えたのは仕方がないと。
あの後に酷い剣幕で怒り狂う王に頭を下げ、それでも王を守る騎士かと言われてしまったが、話に聞く『白銀』ならばそれは仕方がないのではないかと、自身を納得させてしまった。
今、また
先刻まで侮っていた女性に、射すくめられて、あぁ、オブシディアンなら、仕方がない、と。
自身を納得させながら、
「お前・・・」
「・・・う、ぁ。」
「ヤる気あんのか?」
「・・・・・。」
見透かしたようなシオンの一言に、瞬間、折れてしまった、と。
騎士はがっくり項垂れる。
その様を見下ろしながら、シオンが、静かに涙を流す王妃の側へと向かう。
そのまま、ぐっと彼女を抱き締めた。
「違ぇ、よ。アンタ・・・。」
「アンタは、王兄を失脚させたいじゃない。」
「旦那(王)を殴りたいんだよ。」
「ちゃんと自分達を見ろって。どんな理由で結婚したかなんて知らないけど、な。」
「それでも、迎えたんだから、守り通せと、言いたいだけなんだよ。」
─── まぁ、当然だよな?
酷く綺麗な顔で、ニヤリと、男前に笑うシオンに、王妃は、ボロボロと涙を流す。
「あァ・・・。」
「喜び以外で女を泣かす奴には、鉄拳制裁が必要、だよな。」
ニヤリと、酷く男前な表情で、涙を流す王妃の肩を抱きながら、
シオンが、笑った。




