薔薇輝石(ロードナイト)16
「───・・・っ!」
誰よりも早く動いたのは、シオンだった。ベッドから下り立ち、ニ刀を手に。
呆気に取られたようなアゼレヴィルに、演技めいたセレスティニアの表情とは違う、いつもの顔で彼を見る。
「俺がハルメニアのところにいく。」
「・・・お、まえ」
「アンタは指揮を取る必要があるだろ?娘のことは任せろ。」
それだけ告げて、クロウへ、振り返る。
「止めるなよ?」
「止めないよ。」
すれば、クロウも小烏丸を腰に下げ、すでに身支度を整えている。そして、
「止めない、けど・・・」
── 服は、なんとかしようか?
淫靡な夜着のままのシオンに、クロウが下から上へと、じとっと視線を這わせるから。
無言で自身の様を見下ろしたシオンが、舌打ち混じりにアゼレヴィルに、急ぎ持ってこさせてくれと促せば、
「それでもいいんじゃないか?」
「いいわけあるか。テメーもコイツと同じ人種か?」
「オレは今変えようって言ったじゃん!」
「・・・一緒は心外だな。」
「コッチのセリフだわ!」
「だが、対面で着せるなら絶対、夜着だろ?」
「・・・・・。」
当然だとばかりにアゼレヴィルの真面目な表情に、無言のまま同意を伝えるクロウ。
シオンが露骨に嫌悪の視線を二人に浴びせた。バレた以上、もはや自身の様を隠すつもりもないらしい。
「どうでもいいからとっとと持ってこさせてくれ。」
「「・・・・・。」」
眼福の美女が、さっきまでのあでやかな様子を一変させて、一端の武将さながらの態度で刀を掴むさまに、アゼレヴィルが少し天を仰ぎながら、仕方がないとばかりに、外の侍女に代えの服を持ってこさせる。
取り急ぎのズボンと、ブーツ、シャツと防刃の上着。それを手早く着ると、長い髪を一つに束ねる。
刀を抱えるや否や、
「ナニかあれば使いをよこしてくれ。」
「あぁ。」
そのまま、シオンとクロウが風のように駆けていく。
離宮を出て街へと繋がる通りをかければ、火事を避けようと逃げる人混みをかき分けた先に、一度だけ目にしたメルリット家の門構えがシオンの視界に映る。
その閉じられた門を避け、クロウが、柵の上へと手を伸ばし、文字通り、駆け上がった。上までつけば、壁に足をかけたシオンに手を伸ばす。その手を借りて、シオンが塀の上へと一気にあがる。そうして、二人して、飛び降りれば。
「───・・・っ!」
想像以上の火の勢いに、シオンが思わず腕で顔を庇う。本家が音を立てて燃え、火の粉が舞い踊る。
シオンが、本家の入り口に佇む男を指さして、
「あそこ!」
駆け出す。
すれば、付き人に背を支えられたハルメニアの養父が、足音に呆然としたまま振り返る。シオンを見て、目を見開く。
「君、は──・・・え?」
先日の青年、と、声をかけようとするが、束ねられた長い髪にセレスティニアの面影を見たのか、メルリット家当主は惑う様子を見せた。だが、シオンは、それを、気にも止めずに
「ハルメニアは?」
「メ、メニーは、まだ、中に・・・!」
最悪の想定に、シオンが舌打ちする。
まだ発火から時間が経っていないのか、辛うじて木造建築の柱が火に包まれながらも外見を保っていた。
飛び込もうとしたシオンの腕を、クロウが掴む。振り返ったシオンに、クロウが腕を離さないまま、
「・・・・・。」
「クロウ、離せ!」
「聞け。」
大隊長の顔で、冷静に状況を分析する。
「タイムリミットは十五分・・・もう少し、短いか。」
そうして、剥き出しの入り口から見える、大黒柱を、指さす。
「建築物は二階建て。あの柱が崩れたらアウト。その前に、ハルメニアとやらを探してここから出る。」
「・・・了解。」
クロウの提案に、シオンがペロリと唇をなめる。
「あぁ、あと・・・」
「・・・ん?」
「無論、それ以外で危険があったら、オレはお前の命を最優先にするから。それは理解しておいて?」
「・・・・・。」
一瞬、ぐっと息を詰めたクロウの、せめてもの妥協案だと理解して、シオンが小さく頷いた。
とん、と。
二人が地面を蹴り、燃え盛る屋敷の中へと飛び込む。
灼熱は踊りながら、火の粉と熱波を周囲へと放つ。
以前彼等から礼を受けた入り口すぐの広間で、周囲を見回し、二人は、正面階段を駆け上がった。
左右に分かれる扉を、二手に分かれて蹴破り、中を確認していく。
と、奥の室内で、
「いた!」
床に倒れていたハルメニアに、シオンが駆けよる。呼吸と脈を確認すれば、浅い呼吸と拍動を感じたから、抱え上げた。
シオンの声に、駆け寄ったクロウが、一瞬外を覗き込み、そのまま、窓ガラスを叩き割る。そこからまず、シオンとハルメニアに出るように促した。
屋根伝いに外へ出たシオンが、ハルメニアを抱いて地面へと飛び下りる。ハルメニアを庇うようにして、地面に転がる。
二人の安全を、確認したクロウが、同様に飛び降りようと窓の枠へ手をかけて───・・・
ピクリと、反応する。
上体を下げて、飛んできた投擲ナイフを避ける。
「やだわぁ、完全に不意をついたと思ったのに。」
「・・・・・。」
視線を低くしたクロウが、小烏丸を抜き、投擲ナイフが飛んできた方向へと目を向けて、
固まる。
そこには軽装の女性が赤い唇を吊り上げて立っていた。
赤いのは、唇だけではなかった。
「・・・・・っ!」
初めて見る、己と同じ色の瞳に、クロウの目が大きく見開かれる。
「はじめまして。でも、それ以上ご挨拶するつもりはないわ。」
「・・・・・。」
「ふふ、本当に一緒の色、なのねぇ。」
自身の瞳を晒しながら、熱波で揺らぐ空気に短い髪を遊ばせる。
女が、その赤い、緋の目を細める。
クロウが油断なく、その女を見据えた。小烏丸の柄を構える。
「今のが貴女の可愛い子ちゃん?」
「・・・・・。」
「ふふ、本当に綺麗な子。是非、二人揃って欲しいくらい。」
『この国には、魔人奴隷専門の輩が潜んでいてな?』
(・・・・・。)
アゼレヴィルの言葉が浮かぶ。だが、目の前の相手は少なくとも、魔族か、もしくはクロウと同種、だ。
クロウが人と魔人のクォーターであることは、公ではないが、それでも暗黙の了解事項として知られている。シキジマの血も流れていることもあり、その存在はかなり有名だ。
反して、それ以外の魔人やクォーターの存在は公にはされていない。
本当に存在していない、のか、それとも存在が確認されていないのか、は、まだわからないが・・・
(コイツ等、は・・・。)
一瞬目を細めたクロウが、とんと、床を蹴った。目を見開いた女がぐっと好戦的な顔を浮かべて、両手に短刀を構えた。
金属音が二、三、短く響く。次いで五つ。視線を下げたクロウが、フェイントに吊られたよう女の、その、空いた腹を蹴り飛ばす。
「ぐ・・・っ!」
「・・・・・。」
炎を割るようにして背後へ飛ばされた女が、口から唾液と血をこぼして、女の唇が弧を描く。
「・・・やっぱダメねぇ。」
「・・・・・。」
「アタシでは手も足も出ない。」
炎に揺らされて、女が唇を拭いながらクロウを見上げる。ふらりとおぼつかない足取りで、立ち上がりながら、
「フィー達を連れてきて、よかったわぁ。」
「───・・・っ!?」
瞬間、クロウの目が見開く。咄嗟、嫌な予感にシオン達が飛び降りた窓から外へ飛び出そうとして、
その腕に鞭が巻き付く。
「もう少し・・・」
「・・・てめぇ」
「遊んでいきましょう。」
女が、嗤う。
フィー兄妹
その名は
リュウシン=シキジマ
アルベルト=ルデラック
と並ぶ、災厄に連なる名。
彼等を指す共通の名は
即ち
『 人災 』




