薔薇輝石(ロードナイト)13
室内に戻ってきたセレスティニアを、クロウは無言で抱き締めて迎える。
ついで、セレスティニアの横で、俯いたまま小さくなっていた小柄な女性──トラヴィスの相方の頬を、クロウが手の甲で打った。
ぴしゃりと破裂音が鳴りその頬がはぜるのを、クロウが冷たい眼で見下ろし、思わずトラヴィスがその前へと身を乗り出す。
「これは───・・・」
不意に、トンと。
シオンが目立たない様にトラヴィスの背に合図を送る。
天井と扉の向こうを素早く指差せば、クロウも視線だけで合図をおくる。二人がハッとして息を飲んだ。
幕の開いた舞台の上で、セレスティニアが優雅に笑う。そうして目の前の二人の頭をゆっくりと、撫でた。
「大丈夫よ、王兄様でしょ?今までと一緒。わたくしが何とかするわ。」
「・・・・・。」
無言でセレスティニアを見上げる猫二人に、優しい笑みを浮かべて笑った。
「そうしたら、あの息苦しい国を出て、ココで暮らすの。もちろん、あなた達も一緒よ?可愛い子達。もう、わたくしには、あなた達だけでいい。」
セレスティニアがクロウの首へと腕を回せば、彼は当たり前の様にその腰を引き寄せ抱き上げる。顔を寄せ、まるで誑かす様に淫靡に笑って、それでもどこか凄る様な目で。
「国を捨てて、わたくしを選んでくれる?」
「勿論。」
尋ねるセレスティニアに、クロウは迷うことなく頷いて見せる。すれば、嬉しそうに破顔して、その首筋に腕を絡めるセレスティニアを、クロウは天蓋付きのベッドへ運び、静かに彼女を下ろした。
シーツの海に、二人で沈む様を見せつけて。
ゆっくりと軋む音を立てるベッド。
しばらくして・・・
ふと扉と天井裏の観客の気配が、消えるから。
クロウがスッと右手で合図を送る。頷いたトラヴィスがそのまま静かに姿を消す。
「・・・行ったね。」
首筋に、顔を埋めていたクロウが気配を探りながら、呟く。
「今回は本職か?」
「下男は天井裏に潜まないでしょ?」
「それは、確かにな・・・。」
思わず吹き出したシオンに、吊られたようにクロウが目を細める。ベッドに、沈んだまま、二人で小さく笑った。
後を追ったトラヴィスの代わりに、残された女性が二人の傍へ気まずそうに歩を進める。その様に、シオンが上体を起こし、長い髪をかき上げながら、
「お前がトラヴィスの相方?」
「あ、はい!エルヴィスといいます!」
「女性だったんだな。」
少し驚いた様に言えば、トラヴィスの相方――エルヴィスが、
「トラヴィスは双子の弟です。」
「そうなんだ、道理で似てると思った!」
そう言って破顔するシオンに、同じ女性でも、思わず見惚れる程の笑顔に、エルヴィスが思わず息を飲む。
「・・・・・。」
すれば、シオンの肩に腕を回した男が、面白く無さそうな顔で、僅かに不機嫌を視線に乗せて
「ひ・・・。」
「・・・悪いが、慣れて欲しい。」
もう、呆れて何も言えないシオンが、エルヴィスに謝罪する。
何はともあれ、と。
シオンが先ほどのやり取りを簡単に伝えていく。
すれば、聞くたびに徐々にクロウの機嫌がどんどん悪くなっていくから。
「・・・・・。」
シオンから慣れてくれ、と言われても、まだそんなにすぐ対応ができないエルヴィスが、思わずハラハラした様子で、シオンとクロウの間に視線を彷徨わせる。話の内容よりも個人戦力最強と名高いルミナスプェラの『白銀』が、どんどん殺気立っていくのに神経が磨り減る思いだ。
が、そんなことを気にも留めず、シオンはとどめの一言を、言い放つ。
「んで、今夜、アッチの寝所に出向くことになった。」
「は?」
「いや、だから呼ばれた。」
「・・・・・。」
無言のまま、クロウがエルヴィスを振り向く。
すれば、緊張のあまり、一瞬目が泳いだエルヴィスだったが、きっかり一秒だけ惑って、こっくりと、頷く。
瞬間、
「・・・とりあえず、殺してこようか。」
「・・・お前、本当に大隊長か?」
「いや、殺そうよ。それが手っ取り早い。二度と近づけないようにバラバラにしてやる。」
「一応言うが、手練れだったぞ。玉座に座ってるのに斬りかかるスキがねぇ。」
「関係ないよ。」
「・・・・・。」
え、貴女もあの場所で何考えてたの?てか、関係ないの?と、口には出さないものの、エルヴィスも思わず、すんとした眼でシオンとクロウを交互に見る。
「ただ・・・」
不意に、シオンが、首をかしげた。先程対面した兄王の様子を思い出しながら、
「あの男、そんなに悪い印象は、ないんだよな・・・。」
「・・・・・。」
シオンのその言葉に、複雑な表情を浮かべたクロウが、んーと、考え込みつつ、ベッドの端に腰掛けながら、
「・・・詳しく聞こうか。」
「・・・なんでそんなに頬を膨らませてんだよ。」
「なんか、ムカつくから。私的には。」
「・・・・・。」
「ただ、公的には、あの男の情報がほしい。特に対面したお前の印象とか。エルもね。」
そこは仕事だから、と、きちんと割り切って。
シオンとエルヴィスに発言を促せば、
「・・・そう、だな、」
シオンが考え込む。
「さっきも言った通り、かなりの手練れだ。話をしていても冷静で、多角的に物事を見る沈着さがある。」
「・・・・・。」
「戦場に出てたって聞いたから、好戦的な印象はあったけど・・・。正直、感情で動く感じじゃないな。お前と違って。」
「・・・ナニその意味深な言い方。」
「そのままの意味だ。」
しばし無言のクロウが、今度はエルヴィスに目を向ける。エルヴィスは、くっと息を飲んで
「わ、たしは・・・。」
あのハルメニアの指輪の真意を調べるために、王弟の住む離宮へと忍び込んだ。想定よりも高い敷居と厳重な警備には辛苦を舐めたが、それでも何とか侵入できたのは、彼女の技量の高さでもあるのだろう。
そのまま天井裏へと忍び込んだ矢先――、かち合ったのは、ノヴル=オルガヌス王家直轄の諜報を主とする部隊の隊員。
まるで呼んでいた様にそこにいた男に、エルヴィスは身体を強張らせた。フードを深くかぶった男が薄く笑いながらエルヴィスのその肩をとん、と押す。咄嗟伸ばした手は、更にナイフの追撃に阻まれて。
どうすることもできずにエルヴィスは天井裏から明るい離宮の一室へ落ちていった。
そうして床に転がされたところを、警備の騎士にそのまま押さえつけられる。
すぐさま王兄の前へ引き出されたエルヴィスに、王兄は、何も聞かずに、僅かな思案の後、セレスティニアのもとへと使いを送った。
一気に顔色が変わったエルヴィスを見て、更に王兄が小さく笑う。
瞬間、しまったと、思った。
向こうからわざと動きを見せて相手の反応から判断をする、王兄はそう動いただけだったのだ。エルヴィスは己の失態に気付いて、思わず唇を噛みしめた。
そんな様子のエルヴィスに、王兄は目を向けて
「見事な腕だ。」
「・・・・・っ!?」
「この離宮の奥にまで忍びこめる輩は本来そうはいない。」
「・・・・・。」
「今は、一人うろうろしているのがいるがな。お前もかち合ったかもしれんが、中々捕縛できぬので少し困っている。」
「ついでだから、姫と共にらそちらの猟犬を借りうけるか・・・。」
にやりと笑った王兄にエルヴィスは観念して目を伏せた。
その話を聞いて・・・
「なるほど、ね・・・。」
じゃあ、そういう目的、かな、なんて呟きながら、クロウが少し面倒くさそうに息を吐いた。王兄の真意を悟ってか、首をひねるシオンに反し、少しホッとした表情を見せた。
と、
「もっどりましたーっ!」
とん、と身軽な様で天井から床へと下り立って。トラヴィスが戻ってくる。
すれば、クロウがちらりと視線を送り気配を探る。エルヴィスが、窓の外や扉の向こうなどの人の気配の有無を探り、誰もいないのを確認していく。
そうして、周囲に自分達以外がいないのをしっかりと把握した上で、
「どう?」
クロウがあらためて促した。
ふーっと、汗をぬぐって、トラヴィスが床に尻を付くのを見れば、ベッドから起き上がったシオンが、水差しからコップに注ぎトラヴィスの前へと差し出す。
「大丈夫か?」
「あ、すみません、シオンさん!やっさしー!」
「・・・いいから仕事しようか?」
「・・・ボスこわーい。」
トラヴィスの慣れた態度に、エルヴィスがハラハラしながら
「ト、トラ・・・!」
「ああ、大丈夫大丈夫、こう見えてボスも存外優しいっすから!」
「・・・そうだねー。」
不意にトラヴィスの言葉に不意にニッコリと、クロウが目を細めて笑う。
「でも、甘くはないから。お前これでちゃんと仕事してなかったら、わかってるよな?」
「わ、わかってますって!ちゃんと!ちゃんと探ってきましたから!」
「ついでに言うと、あの子の事に関しては存外心狭いから。自負してるから。」
「ぶほっ!」
瞬間、シオンから手渡された水を思いっきり噴出して、むせ込むトラヴィスに、
クロウが底冷えのする笑みを浮かべては、
「つけ上がんじゃねぇぞ?」
「・・・はい、すんません。」
その場にしっかり土下座するトラヴィスに
「・・・なんつーか、ほんと、申し訳ない。」
「いえ、ウチのトラも、お調子者で・・・。」
二人の相方がそれぞれ、謝罪し合う羽目となった。




