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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season2

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薔薇輝石(ロードナイト)12







「エルからの定時連絡が、途絶えました・・・。」

「・・・・・。」


 トラヴィスが、相方から定時連絡が来ないとクロウに報告を入れたのはセルゲイが来る三時間程前だった。

 定時連絡は五時時と十七時。つまり、実質十二時間程の音信不通。

 時計の針は五時半を指す。いつもシオンの目が覚めるのは六時半頃。彼女が微睡みながらも、こちらを眺めてくるたまらない時間──言うまでもない、クロウは常にしっかりと起きているのだが・・・・。


 それはさておき。


 トラヴィス連絡を受けたクロウが、ベッドの端に腰を掛けてしばらく考え込む。目の前には少し不安そうなトラヴィスがこちらを見つめていた。

「エルは、離宮の方を潜りに行ってた?」

「ええ、この間の例のお嬢さんとの接触で得た情報をもとに。」

「・・・・・。」

 先日シオンとトラヴィスが出会った女性──ハルメニアの持っていた指輪には家紋が彫られていた。


 厳密には、王紋。

 更に言えば、王兄アゼレヴィルを示す、個人の紋。


 普通に考えれば、王族との親子関係が示唆される。そして、彼女は純血だ。と、なると、アゼレヴィルと『誰』というのは、考えるに容易い。

(そうなると・・・)

 現王室は彼女の存在を認めるだろうか。認めて利用するか、それとも・・・。

 

 彼女の安全性を考えると、少なくとも王家から離すのが妥当だろう。故の、中央種に近い貴族への、養子縁組。


 ハルメニア=アリーチェ=メルリット


 即ち、メルリット家。  


 王兄との繋がりはどうなのか。


 現当主は、ハルメニアの存在を理解していたように見えた、とトラヴィスは告げている。

 シオンも、印象としては、ハルメニアを過保護なほどに大事にしてはいるようだ、と。


(・・・それでも。)


 現王妃は混血。その腹から産まれ出た子は、無論混血だ。

 現在の、第一王位継承者、即ち王太子は、前妃から産まれた中央種の純血。

 わざわざ兄から恋人を奪ってまで純血の王妃を据え置き、王太子を産ませた王室が、本来ならばハルメニアを放って置くだろうか。


 その辺りの考察を共有した結果、トラヴィスの相方は離宮への潜入を選択した。その際にナニかを見つけたのか、


 それとも、見つけられた、のか・・・。

 

「仮に、見つけられたとした時の対処は共有してる?」

「えぇ、まぁ。」

 でも、と少しトラヴィスが伺う様な目つきでクロウを見上げる。

「いいんですか?救出第一で。」

「人材は無限じゃないよ。」

「僕達を買っていただいてるなら、ありがたい話ですけど、それでシオンさんを危険に晒すんじゃ意味がないんじゃ・・・。」

「彼女も理解はしてる。それに、仮に見捨てる方で共有なんかしたら、オレ、多分殴られるわ。」

「・・・まぁ、それはそうかもしれませんが。」

「彼女の安全担保はまぁ、大前提だけどね。」


 ──最悪、この国滅ぼしてでも守ればいいだけ。


 薄っすらと笑うその緋瞳には、もはや本気の色しか見いだせなくて。

「か、勘弁してくださいや・・・。」

 トラヴィスが引きつったような表情を浮かべた。








 城外に止められていたのは、華美や豪奢よりも、頑丈さや機能性を優先したような、大方の馬車だった。

 そういったところは昔から変わらない人だと、セルゲイは泣きそうな顔で笑う。その表情に、セレスティニアは僅かに眉根を寄せた。


 馬車の中で、セレスティニアとセルゲイは、一言も言葉を交わさなかった。否、セルゲイは何かしらを彼女に告げようとしていた。しかし、セレスティニアの、今まで見たことが無い程、強い表情に、ただ、見惚れるような、奪われるような視線を向けるだけしか出来なかった。


 短い距離の移動は、程なくして。


 馬車は、離宮の入り口の門をくぐる。


「・・・・・。」

 セルゲイが、こくりと、息を飲んだ。

 魔人奴隷を見つけた場所。

 あの時に、セルゲイとアゼレヴィルの関係性に変化が生まれた。否、亀裂が走った、と、言っても良いのかもしれない。

 それでも、セルゲイは、まだアゼレヴィルを否定出来ずにはいた。

 戦場で出会った彼の、高圧的で皮肉屋だが、真っ直ぐで真摯な姿。それこそが彼だと。

 あの時の、仄暗い目で魔人奴隷を離宮へと連れ込んだ彼は、錯覚だったのではないか、と。


 入り口の前で止まる馬車に、セルゲイがゆっくりと先行して馬車を下りた。

 その下でセレスティニアに、手を差し出したら、少し戸惑ったように、だけど軽く感謝を告げて手を取ってくれた。少し懐かしい気持ちになってセレスティニアをエスコートする。

  

 アゼレヴィルには、セルゲイが伴うという連絡はすでに到達しているらしい。入り口でセルゲイが止められることはなかった。

 そのまま、彼女と連れ立って、騎士の案内に従って、離宮の中に通される。


 通された、広く落ち着いた謁見の間において。玉座に腰を据える、アゼレヴィルの姿があった。


 そして、その足元には、縄を打たれ、跪いた、中央種の女性が、一人。


 セレスティニアとセルゲイが挨拶をするより先に、アゼレヴィルが、僅かに顎を上げて、セレスティニアを見下ろす。


「これは、貴女の間者か?」


 暗喩や遠回しもなく、直接問い質すアゼレヴィルに、セレスティニアが小さく笑う。

 笑いながらも、その背に一筋の汗が伝った。


 セレスティニアの仮面を被る事だけに集中し、あとは・・・。


「ええ、ええ、確かに。」 

 認めた様なセレスティニアの言動に、セルゲイがバッと彼女を振り返った。兄の方には目もくれず、セレスティニアもまた、アゼレヴィルの視線を真っ直ぐに受け止める。


「コレはわたくしの猫ですわ。」

「セレスティニア!」

 それが、何を意味するのか分かっているのかと、セルゲイが、悲痛な叫びを上げる。

 それでも、セレスティニアはやんわりとした笑みを浮かべ、

「犬は、忠実ですから。わたくしの側を離れないの。でも、猫はきまぐれですからね。するりと何処へでも行ってしまうのよ。でも、それが可愛いでしょ?」

 すれば、アゼレヴィルは目を細めてセレスティニアを眺める。

「なるほど、猫か。」

「ええ、猫。」

 間者、とは、認めず。ただ自身のペットとしての存在を主張する。すれば、アゼレヴィルは、

「貴女の犬も、中々の忠犬だな。」

 ニヤリと唇を吊り上げてみせる。


 ルミナスプェラ第四大隊長である彼の事を、アゼレヴィルはよく知っていた。

 今のセレスティニアの格好を見据えながら、彼からの殺意と忠告を正しく受け止めて、アゼレヴィルは、楽しそうに目を細める。


「───・・・っ!」

 アゼレヴィルのその様子に、セルゲイは、少し意外そうに目を瞬かせた。思っていたよりも、アゼレヴィルはこの状況を、楽しんでいる様にも見える。


 離宮の華やかなシャンデリアの下で、負けない程に美しく佇むセレスティニアが、ことりと、首を傾げてみせる。媚びる様な仕草に反してその瞳は強さを称える。アゼレヴィルは、楽しげな視線のまま彼女を見下ろせば、



 ふと、ニコリ、と言うよりも、ニヤリと、表現するのに近い、笑み。

 

「わたくしの猫、返してくださる?」

 何とも、豪胆な彼女の発言に、セルゲイも、また、侍る騎士もが、セレスティニアをまじまじと見つめた。

 セレスティニアはアゼレヴィルを真っ直ぐに見つめる。視線はそらさない。

 アゼレヴィルは思わず喉を震わせた。まるでイタズラ思いついた子供用に、残酷な笑みを浮かべる。


「いいだろう。ただの猫だと言うなら、それをココにおいて置く理由はないな、貴女に返そう。」

「ありがとうございます。」


 素直に一礼して、感謝を述べるセレスティニアに、


 ただし、と、言葉が振ってくる。




「今宵、貴女が我が寝所に侍るというなら。」




 提示された条件に、セルゲイがアゼレヴィルを見た。

「アゼル様!?」

 それには一言も返さず、アゼレヴィルは僅かに唇を舐めて、艶を浮かべた目でセレスティニアを誘う。その様に、セルゲイが思わず、

「お待ちください!それは───・・・!」

「セルゲイ、お前に発言を許してはいない。」

「───・・・っ、それでも!妹がその意思に反してその様な事になるのは・・・。」 

「それなら猫を手放せば良いだけだ。」

「そ、んなこと・・・!」

「セルゲイ。」

 強く、静止の意味を込めた名指しに、今度こそセルゲイは唇を噛み締める。そんな兄の背に、セレスティニアが軽く触れる。

 労るような手に、セルゲイが彼女の方を振り返った。

「どうする?姫よ。今宵、貴女が我が寝所で花開くと言うのなら、この場所で猫を返すが?」

 試す様なアゼレヴィルの言葉に、動揺することなく、セレスティニアは唇を吊り上げる。


「ふ、ふふ。」 


「いいわ、いいでしょう。お相手致しますわ。」


 痛ましげなセルゲイの視線が降り注ぐ。だけど、セレスティニアは小さく笑って、

「ただ、わたくしの忠犬が離れないかもしれないのだけど。よろしくて?」

「構わん。むしろ共に連れてこい。」

「それはそれは。御心の深い王兄様に感謝を。」

 そうして深く一礼を返すセレスティニアに、アゼレヴィルが側に侍る騎士へ顎で合図を送る。

 セレスティニアを迎えに来た騎士が、アゼレヴィルの足元に跪いた女性の縄を切る。

 そのまま行くように促せば、とぼとぼと歩いてきた女性を、セレスティニアは数歩前に出て、素直な笑顔で迎えた。


「よかった・・・。わたくしの、猫。」

「・・・・・。」


 自身よりも圧倒的に背の低い、小柄な。

 初めて会う彼女。


 それでもぎゅっと強く抱き締めて。


 セレスティニアは、その耳元で、心からの安堵の息を漏らした。

 すれば、ふるっと一度震えた小柄な女性が、その手を上げて、セレスティニアの白いドレスにしがみつく。


「では・・・」


 セレスティニアがふわりと、自らの『猫』を丁寧に抱き上げた。驚いた『猫』が咄嗟、その首筋に手を回すのを、そのまま受け取めては、その髪をそっと撫でる。

 無礼を承知な上で、セレスティニアがアゼレヴィルに背を向けた。これ以上はここにいる必要がないとばかりに。

 その態度に、アゼレヴィルの隣に立つ騎士が僅かに眉根を寄せ、彼女に詰め寄ろうとするが、それをアゼレヴィルが制する。

 その様に、セレスティニアは薄っすらと笑みを浮かべ、

「わたくしは一度失礼致しますわ。」

「帰りの馬車は先程のところで。後で遣いの者を送ろう。」

「・・・また後程、王兄様。」

 そうして踵を返し、颯爽と去っていくセレスティニアを、アゼレヴィルは愉しげに見送る。

 そんな二人をセルゲイが見つめながら、そのままアゼレヴィルに一礼して、セレスティニアの後を追って出ていった。




 何か言いたげなセルゲイを、セレスティニアは無言のまま、笑顔で見送って。御者へ告げると、彼を自宅へと送り届けさせた。


 別れ際に、


「兄、さま。」

 背を向けて、馬車から下りたセルゲイに、セレスティニアが思わず声をかける。

 その声に、セルゲイがゆっくり振り返る。すれば、馬車の中から顔出すセレスティニアが、凛とした瞳でセルゲイを、見つめる。

「心配、しないで。セヴィ兄さま。」

「セティア・・・?」

「ありがとう。」

 お互いが、お互いを懐かしい名前で呼びあって。すれば、嬉しそうに笑うセレスティニアに、セルゲイは二の句を告げないまま、



 馬車はゆっくりと動き出し、走り出していった。




 



 

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