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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season2

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82/113

薔薇輝石(ロードナイト)10







 ノヴル=オルガヌスへ来て、五日目の夜が明ける。


 窓から差し込む陽光に、眩しげに瞼を動かして。シオンがゆっくりと、目を開けた。

 ここ数日で見慣れてしまった自身の長い髪の奥で、ふと、古傷の浮かぶ胸元が見えて、

「───・・・っ」

 思わず、眼を見開く。

 思いの外近くにいる相手に、少し距離を置こうと身体を動かせば、寝ているというのに、しっかりと腰を抱き留める腕が側へと引き寄せるから。

 不意に指先が、裸の胸元へと、触れる。

「―――・・・っ」

 起こしたか、と。一瞬どくりと心臓が跳ねたが、瞼は閉じられたままだ。緋い瞳がシオンを映すことはなく、僅かに開いた口元から寝息を立てている。

 滞在中は関係性の都合上、ずっと同じベッドで寝ていた。『セレスティニア』と『クロウ』、二人の関係性を示唆するために。

 クロウの小烏丸は常にベッドの枕元にあって、警備としても問題はないと、

「むしろ、お前にとってはこの国で一番安全な場所だよ。」

 と、ニヤリと笑った彼に対して、トラヴィスがぼそりと

「世界で一番危険な場所の間違いじゃないっすかねぇ。」

 そう呟いていたのは、言うまでもない。

 

 襲撃は一度だけ。


 シオンが反応した頃には、すでにクロウが相手の刺客を押さえつけ、凶悪的な笑みで、どう尋問するか見下ろしていたところだった。王宮の客人に対して豪気なもんだと、よくよく調べてみれば、あのお披露目の宴席で盛大に振った男の恨みを引き受けたダケの物で、それにはシオンもセレスティニアの姿のまま、思わず舌打ちしてしまったのは言うまでもない。



 そうしているうちに、時間だけが経過していく。



「・・・心臓に悪いんだよな、毎朝。」

 こうやって少し早い目覚めの時を、シオンは暫くの間堪能するのが日課になってしまった。


「・・・・・。」


(睫毛も、銀色、なんだな・・・。)


 こうしてみると幼い寝顔を、シオンはゆっくりと眺める。

 存外整っている、と感じたのはいつだったか。それに関しては比較的早かった気がする。

 出会った頃は兎にも角にもお互い血の気が多く、悪態ばかりつきながらともすれば斬り合いばかりしていた、気が───・・・。


(あぁ、違うな・・・。)

 ふと、理解した。


(ずっと、追い掛けていたのは、コッチの方だ。)


 同じ刀を使うものとして、自分以上の腕だと実感し、その刀技に見惚れた日から。彼と戦いたくてたまらない、と。

 その技をもっと身近で見たい、刀を合わせたい。

 その身体に、少しでも手が届くように。

 その緋い目が自分だけを、映すように。


(こんなの、まるで・・・。)


 ぐっと、胸が苦しくなるほど込み上がってくる、焦燥感。

 切なくて、息を飲む。


 その頬に、ゆっくり、掌を添えて・・・



「・・・一回くらい、勝ちたいよなぁ。」

「ちょっと待て。」

「うわっ!」

 カッと目を見開いたクロウに、思わず、起きてたのか、と言うよりも先に、その肩を掴んで抱きしめられる。抱きしめられるけど、


「あ、あんなに・・・あんな、切ない、可愛い顔して考えてたのに・・・刀の、事・・・?」

「・・・え?」

 抱き締める腕がふるふる震える。シオンがナニを言いたいのか分からないとばかりに身動ぎしてクロウの顔を覗き込めば。

 すん、と、した顔でシオンを見下ろすクロウの、緋い目と視線が交わる。

「すんごい見つめてきて、ため息ついて、頬にまで触れて!こ、これはもしかしたら・・・好き、とか。愛してる、とか。・・・あわよくば!お前からちゅーとかしてくれたり、とか思ってたのに・・・!」

「どんだけガッツリ起きてんだよ。」

「物凄い期待してたのに・・・。朝勃ちから、ほぼ、完勃ちになるくらいまで!期待、してたのに・・・ッ!」

「朝から忙しい男だな、ホント。」

「おま、そっちかよ・・・ッ!」

 ワッと肩に顔を埋めて泣き出すクロウに、シオンは呆れてものも言えない。

「なんで、もう!ホント!お前は刀の事ばかり!」

「おい、仕事中だろ。落ち着け大隊長。」

「刀とワタシと!どっちが大事───」

「刀。」

 阿呆丸出しの二択に、間髪入れず宣言してやれば、

「言うと思った!絶対そうだと思った!」

「じゃあ聞くんじゃねえよ。」

「爪の先ほどの可能性に賭けてみたかったの!」

「勝ち目のねぇギャンブルだったな。」

 容赦無くずっぱりと切り捨てて、シオンが天蓋付きの豪華なベッドから這い出せば。上半身裸のまま、ちーん、とベッドに蹲ったままの情けない姿のクロウが晒される。

 それに一つ溜息を吐きながら、少しうっとおしいセレスティニアの長い髪を一つに束ねれば、


「───・・・ッ!?」


 不意に伸びた腕に、シオンが再びベッドにまで引き戻される。


「ナニ───・・・」

「・・・・・。」

 おもわずシオンとして声を上げようとした瞬間、その上に伸し掛かったクロウが、表情を一辺させて、唇に人差し指を当てる。次いで、親指で示された扉に、シオンがチラリと視線を送ってハッとする。


 確かに、扉の向こうに、誰かがいる。


 ただ、気配を消そうとする気がない。


「・・・・・。」

 少し迷ったクロウが、シオンの耳元で

「このまま開けるからよろしく。」

「・・・あぁ。」

 シオンが、セレスティニアとしての表情を浮かべた。それを見たクロウが、スリップ一枚の剥き出しの肩に、赤い花を一つ残しながら、纏められた髪留めを外す。長い髪が再び肩に流れるのを視界におさめながら、その頬に口付けを落として、セレスティニアから離れた。薄着の胸元を隠すようにして、セレスティニアがシーツを引き寄せる。


 そうして、扉の向こうで右往左往している存在を、半ば脅かすように、クロウが勢い良く扉を開ければ


「───・・・っ!」

「・・・お兄、様?」


 そこには、意を消したような表情を浮かべた、セルゲイが、それでも少し委縮したような表情で立っていた。


「・・・・・。」

 予期せぬ、とまでは、いかないものの。

 正直、彼の方からこちらに来る事はないかと、クロウは思っていた。

 ノヴル=オルガヌスに来る前、シオンが告げていた、


『── 兄は、私を避けるように ──』


 それは、あながち間違いではない様だと、初対面の時の、もはや戸惑っているような態度は、呼び出した側のものではない、とクロウは確信していた。

 あの段階で、リィンが想定した、『呼び出さなきゃいけない理由』があって、呼び出した、というのは正解と言えよう。では、誰が、になるが、今のところはあまり思い当たる人物が浮上して来ない。

 王城の一室での滞在、家政人メイドを使った騎士の身なり、など、この国の王族が絡んでいる可能性は、示唆されてはいるが、ソレ以上の証拠もない。


 そんな中、セルゲイが、やってきた。

 約束も取らず。

 わざわざ、王城の一室までやってきて。


 本来なら有り得ない事を犯してまで、セルゲイがココに来た、理由。


 本来なら、セレスティニアの支度が整うまで、室外で待機させる筈だ。しかし、人目も憚らず、約束も取り付けずにここまで来た、ということは、即ち


(急を要する、ということなのか・・・?)


 だからといって、流石にスリップ一枚の姿を──それが、セレスティニアにせよシオンにせよ、他の男の前に晒すつもりはない。滞在用の室内の、テーブルに案内だけをして、クロウは、クローゼットから普段着用のドレスを選び、シーツを纏わせた彼女を浴室の脱衣所まで連れて行く。

「・・・なんの、用だろう。」

 ぽつりと、呟くように。セレスティニアの姿で、シオンが何とも言えない表情を浮かべる。

 ドレスの袖を通させたクロウが、答えがわりに、その、不安気な顔に口付ければ、

「お、まえは・・・っ!」 

 不意打ちに、思わず大きな声を上げそうになる彼女の、その、赤らんだ目元を親指でなでながら、

「大丈夫。」

「・・・・・。」

 まるで、子供にするみたいな、その仕草に。

「側にいるから。」

「・・・・・。」

 だけど、どうしようもなく安堵してしまったから。


「・・・あぁ。」

 シオンは、小さく頷いた。

 

 

 

 




 紺色の深い色のドレスはマーメイドタイプの身体に沿うデザイン。大きく肩の開いた胸元には、白いレースのストールとそれを止めるのは大きなルビーのブローチ。ただ、それ以上に、目を引くのは、そのレースの下から除く肩、胸、首筋――ありとあらゆるところに散らされた淡い赤い花びら。

 宴席よりもいくばくか露出もデザインも落ち着いたドレスでも、ガッツリと肌に鮮やかな所有印を残されたセレスティニアが訪れて、セルゲイは僅かに目を伏せてばつが悪そうな顔をする。

 そんなセルゲイの様子を、シオンは心の中では気にしながらも。

 セレスティニアはというと、特に気にも留めない様子で、クロウのエスコートを受けセルゲイの正面へと据わる。その際にも、クロウの耳元へ唇を寄せ、彼の裸の上半身にそっと手を添えて何かを告げる。すれば、クロウが柔らかい笑みで頷き、そのままそっと耳たぶを指で撫でた。

 見せつける様にゆっくりと離れるクロウを、笑みを浮かべたセレスティニアが見送る。そんな彼女の姿を、セルゲイが見つめながら、

「彼は・・・君の恋人、か?」

 ふと、その言葉に、視線だけをセルゲイに移したセレスティニアは、

「彼は、わたくしの犬、可愛いペットですわ。」

「・・・・・。」

 再度クロウの向かった方に視線を戻して、愛おしそうに目を細めた。選んだ言葉は侮蔑的な表現ではあっても、そのまなざしは確実に唯一の相手を見る者の目だ。セルゲイはなんとも言えない表情でセレスティニアを見る。すれば視線をセルゲイに戻したセレスティニアが、

「わたくしはもう、恋だの愛だのには・・・、少し、疲れてしまったので。」

「───・・・。」

 セレスティニアの言葉に、セルゲイの目が痛ましい視線に変わった。

 浅く腰かけていたセルゲイが、ふうっと一つ息を吐きだす。すれば、先ほどまでの痛ましい視線ではなく、来た時の、何か決意を秘めた眼差しをセレスティニアに向ける。 

「セレスティニア・・・、早く、国を出てくれ。」

 どこか、想像していたセリフに、セレスティニアは小さく息を吐く。椅子のひじ掛けに体を預けて、僅かに気だるげな様子でセルゲイを見る。

「・・・呼び出したのは貴方なのに。どういう事、ですか?」

「僕は、頼まれた・・・。この国の、王───」


「王の、兄上様に。」

「・・・・・。」


 その言葉に、セレスティニアの視界の端で、クロウが引くりと眉根を寄せる。

 

 アゼレヴィル=イウラ=イゼリア=オルガヌス


 この国の王の兄で、軍の総司令でもある。同時に彼個人もまた、戦争で名を馳せた英雄であり、この国では最も剣技に長けた人物として有名でもあった。

 ただ、王である弟との仲は決して良いとは言えない。

(中央種の王妃の問題で、一悶着あったな。)

 クロウは、ふと思い出す。

 ノヴル=オルガヌスの王家は先代まで完全な『中央種』の純血だ。

 ただ、現在の王妃は中央種と西方種混血である。生まれている二人の子供の髪の色、眼の色は混血を物語っていた。ただ、

(第一王位継承者、だけは・・・純血、だったな。)

 今年十六になる青年は、茶色の髪とオレンジの瞳の、純血。そして、それは彼の母親が、純血であるという事を示していた。

 この国で純血なのは、王族以外に、あと、三貴族。何れもこの国での重要職につく大貴族だ。前王妃がどの貴族だったかが定かではないが、それよりも記憶にあるのが


(確か、兄王の恋人が、彼女だった、はずだ・・・。)


 兄の出兵中に、王である弟が、その恋人を奪った。理由は多分、純血の問題、であろう。

  

 それを切っ掛けに二人の仲は少しずつ歪んでいったと聞いていたが・・・。

 



「その、王の兄上様が、わたくしに一体何の御用なんでしょうか?」

「・・・そこ、までは。」


「そもそも――」

「―――・・・っ!」


 セルゲイが思わず振り向く。射貫く様な鋭い視線のクロウが、初めて、セルゲイの前で口を開く。


「どういった理由でこちらを呼んだ?」

「・・・・・。」

 一貴族に対して、無礼にも程がある態度ではあるが、セルゲイはそれを咎めるよりも、質問の内容にぐっと奥歯を噛みしめて、視線を逸らす。

「・・・それ、は・・・。」

「・・・・・。」

 酷く言い難い内容なのか、セルゲイは言いあぐねている様子で、僅かに視線を落す。そして、

 

「狙われているのは、セレスティニアというより、多分、お前の大切な、彼、だろう・・・。」

「・・・・・?」

 セレスティニアに視線を戻したセルゲイが、兄王が呼び出した理由の推測を告げる。

「彼、が・・・?」

 思わず目を見開いたセレスティニアが、一瞬、二人から離れた位置で立つクロウの方へと目を向ける。肩に軍服を羽織ったままの腕組みをして、クロウは無言のまま、射貫く様な視線でセルゲイを見る。

 続けて、セルゲイが口を開こうとした、瞬間





「失礼いたします。」



「セレスティニア様、急ぎ、離宮までお越しいただきたい。」



「・・・・・。」


 ドア越しに響く使者の声に、セルゲイが、顔を青くして、立ち上がった。


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