薔薇輝石(ロードナイト)1
ルミナスプェラ国家元首、リィン=音=アンダルシアは、西に接した隣国『ノルブ=オルガヌス』の王宮内にいた。
『聖女』らしく、淡い桜色のドレス。露出は少ない、ふわりと広がるプリンセスラインに、三センチ程のヒール。すれ違う人にまで気遣いながら、軽い会釈を交わして。
彼女は完璧な『聖女』を演じる。
右にはルミナスプェラ誇る軍の総司令官。故国の尊き王族の血を引く戦士、ビクトル=エインレスト=獅=バルザドール。
左には文官ながら、その知識量で重宝された美しき西方種の宝、ガルシア=アインザート。
その二人を両脇に従えて。
ふと、彼等に合図を送り、群がる人々を制して一度バルコニーへと出た。
夜風を全身に浴びて、眼下に広がる美しい生活灯の光景を見下ろし、そして天を仰いだ。夜空には、リィンの記憶とは違う星空が煌めく。
季節によって変化するそれを、子供の頃は、本を片手によく夜空を見上げていた物だと、思い出して、笑う。
あれから、いくつの時間を、季節を、命を、超えてきたのか。
一度目は、不運だったかもしれない。
病に倒れ、沢山の星と本に囲まれながら、潰えた。
だけど、二度目は、逃げた。
あれほど頑張ろうと、励まし合った友との約束も違えて。目の前の絶望に嘆いて、悔い、立ち上がるコトが出来なかった。そのせいで、唯一無二の、友は、死んだ。無駄死にをした。
(あれほどの絶望は、忘れない・・・。)
彼の死を聞いた時も、こんな満天の星空だった。
空に瞬く光の全てが、自身を責めているようにすら見えた。
夜空の中で味わう絶望は、死への渇望すらも失うような地獄なのかと、理解した。
だから、三度目の生を望んだ。
彼の願いを叶えるために。
自身の願いを、叶えるために。
(セリアン・・・。)
(君が、生きていれば、僕の国を見て、なんと言うだろうか・・・。)
(そこで、生きる、君の、最愛を見て、なんと言うだろか・・・。)
『リィン』としてではない、その前の生での顔で、笑って。
──は空を見上げる。星になった、友に語りかける為に───・・・。
「失礼、ですが・・・。」
「───・・・っ!」
かけられた声が、空から降った物と、唯の一瞬だけ、錯覚する。
そのままの顔で振り返って。
だけど、その現実に、すぐさまリィンは『聖女』としての己を取り戻す。笑顔を向け、返事とすれば、東方種の整ったため顔立ちの青年は、安堵の溜息を零した。
その顔に、僅かに見覚えがあって、リィンは僅かに眉根を寄せる。
「かの、ルミナスプェラの『聖女』様、では?」
スラリとした体型に、東方種特有の黒髪黒目。浮き立つような白い肌。整った顔立ちの、特徴的なのは、長いまつ毛に縁取られた、黒曜石を思わせる凛とした、瞳。
(・・・ま、さか)
顔には出さず、それでも、リィンは僅かに同様する。面影の主は、確か、三人兄妹だった。一人はすでに亡く。
では、もう一人、は・・・?
「申し遅れました。私はセルゲイ=グラキエス=氷=オブシディアン。」
今、目の前にいる、彼だった。
「・・・オブ、シディアン?」
リィンが、思わず告げた言葉に、東洋種の男性が、頷く。
「そちらに、我が妹が、お世話になっていると、聞いておりますが、いかがでしょうか?」
「・・・・・。」
リィンが、慎重に、言葉を選ぼうとする。相手はなんせオブシディアンだ。正直言えば将軍地位の家系とはいえ、亡国だ。リィンが臆する相手ではない。それでも、それでも、だ。
『オブシディアン』の、そのカリスマ性は、正直、侮れない。
以前、フェルナンドが会議で告げていた事は、ナニより、リィン自身が感じていた事でもあった。
『ルミナスプェラが、軍を使ってオブシディアンを抑えようとしている。』
そして、これらは、偶に隣国から揺さぶりをかけるために流される情報でもあり、その度に、リィンは、鼻で笑いながら一蹴していた。ただ、まだそれほどにまで彼等の名は重いのかとも実感した。
そもそも、いくら戦時中に最強を謳われ、ほぼ最前線の指揮をとっていたとされる刀の一族、『オブシディアン』とはいえ、もはや失われた国の失われた一族、だ。
どうしてそこまで周囲がその一族を気にかけるのか、リィンは謎で仕方がなかった。むしろ、いっそ自分と同じ理由だというならば、喜んでお話ししてあげるのに、と。
(そろそろほっといてあげればいいのよ。)
そうじゃないと、いつまでたっても、あの過保護で心配性で一途だが、実は非常に排他的な男が。牙をむき出しにして、周囲に殺気をまき散らかしかねないと、リィンは本気で心配になる。
むしろ、『オブシディアンの生き残りの姫君が、失われた亡国を復活させようと、手駒になりそうな人物に?色仕掛け』
こちらの方は、正直やや面倒くさい。
確実に暗躍していることを示唆されている。それはリィンの統治において揺るぎがあるやもしれない、という事にも繋がる。
何処まで把握し、何処から泳がせているか、その辺りをしっかりつめて──利用していかないと。
(どういう意味にしろ、立ち位置にしろ・・・)
(有名な純血種は、利用価値があり過ぎて、苦労するわ・・・。)
「・・・・・。」
「どう、しました?」
一人黙して物思いにふけていたようなリィンを、セルゲイが、心配したような視線を向ける。
その眼に、リィンは、素直に、女性として、蕩けた笑みを浮かべた。
この一族は、得てして恵まれた容姿をもつ一族としても、昔から有名ではあった。
リィン自身、セリアンも、シオン───セレスティニアも知っている為か、セルゲイはどちらかと言えば、少し気弱な印象がある。それでも、女性の目から見れば、その外見と、柔らかな表情、何よりも強く輝くその眼差しに、落とされる事も少なくないだろう。
(あぁ、でも、セリアンも、男ながら惚れ惚れする程の眼差しを持っていた・・・。)
思い出しながら、リィンは小さく笑う。
シオン自身も、女性でありながらも、男性と認識され請われる程なのは、その瞳の強さに他ならない。最も、女性としてそれを見たとしても、魅力的なのは些かも変わらないのではあるが・・・。
「貴方は、妹さんの事を、誰から?」
始めの質問には答えず、リィンが『聖女』としての表情を崩さずに、セルゲイを見る。すれば、
「あぁ・・・」
セルゲイが、バルコニーの窓越しに、この国のトップと談笑にふける『イ=ラウ』のオルバスに目を向けた。
「オルバス様の腹心の方が、この間『カルベラ』の街で出会ったと聞きまして。」
「・・・・・。」
「その街で出会った『東方種』の女性の特徴から、我が妹で、間違いないだろう、と。」
「あら。」
特徴、とは?と。次いでリィンが尋ねれば
「『朝風』と『夕凪』」
「・・・・・。」
「古今東西、『東方種』は多く入れど、ニ刀を持つ者は、一人しかいないでしょう?」
「なるほど。全くですね。」
そうして、リィンがちいさく頷く。
「ワタクシはまだ把握していないのです。ただ、報告には伺っていたのですが。」
「リィン様が、ですか?」
「えぇ、我が国には貴族も平民もありませんから。この国にくれば、人も人以外も、階級すらもなく、全て平等です。」
「あぁ、なるほど。」
不意に。セルゲイが向ける視線に、一抹の棘を感じて、リィンは笑顔の鎧を厚く着込んだ。
「彼女も、彼女自身が選んで我が国に来たのですから。それを尊重すべきだと思っておりますわ。」
「・・・・・。」
「ただ、兄である貴方様が連絡を取りたいとおっしゃるなら、それは、やぶさかではありません。使いの者を送りましょう。彼女と懇意にしている者が、いると聞いてますから。」
「それ、は・・・」
不意にセルゲイがピクリと反応した。形の良い眉が僅かに寄せられる。
「噂の・・・『白銀』殿、でしょうか?」
その言葉に対して、彼はあまり好意的ではないようだ、と、リィンが、心の中で頷く。
『白銀』とは、ルミナスプェラ誇る第四大隊長の別名だ。
明確な外見的特徴に、緋色の目の他、白にも近い銀髪を所持しており、周辺諸国から畏敬の念を込めて称される時がある。
(まぁ、他国の軍の大隊長を、『毛色の違う』とは言えないわよねぇ・・・。)
セルゲイの発言に、否定も肯定もせずに笑顔をむければ、彼は、正直な程に苛立ちを隠させないまま、
「『聖女』様は、私が妹に会うのを、良しとはしないのですね?」
「とんでもない!兄が妹に会いたいと仰るのを、どうしてお止めいたしましょう!」
ただ、と。
リィンが覗き込むように、伺うように、セルゲイに、目を向けた。
「どうして、今、この時に?とは思っておりますわ。」
「・・・そ、れは、だから・・・。」
「オルバス様の腹心様からの話よりも、まず、『妹様がこのルミナスプェラで生活している』と言うのは、様々な憶測も交えつつ、大分前から有名でございましたのよ?だから、それを聞いた御兄弟は、すぐに連絡もくるのであろう、と。」
「・・・・・。」
「まぁ実際は、その噂も収束しかかったような、この時期に、とは。少々腰が重く感じましたので。」
「・・・・・。」
「ナニか、そうせざるをえない事が、あったのか、と。」
「・・・そんな、邪推は止めて頂きたい。」
一度、視線を反らしたセルゲイが、それでも再度リィンを、射抜く。
「妹を想う気持ち故に、慎重にならざるを得なかった、と。解釈していただければ・・・。」
そうして、くっと、頭を下げるセルゲイに。リィンを小さく品定めをする目で、セルゲイを見た。
きっかり一秒。
そして、
「頭を上げてください、セルゲイ様。こちらこそ、失礼致しました。」
ルミナスプェラ国家元首としての返答を、リィンはセルゲイに伝える。
すれば、セルゲイは安堵したように、その整った顔に、静かな喜びを浮かべて、リィンを見つめた。
リィンが、セルゲイの手をそっと取る。
「お約束しますわ!妹様に、必ず貴方の事をお伝えする、と。」
「・・・ありがとう、ございます。」
その、感謝の言葉の中に、一抹の不穏な感情をしっかりと感じ取って。
リィンは
(さて・・・)
(忙しくなりそうだわ・・・!)
そうして、後日。
国に戻ったリィンのもとへセルゲイからの書状と、シオン宛の招待状がくる。
それを、眺めながら、リィンは、小さく、ほくそ笑んだ。




