赤鉄鉱(ヘマタイト)4
最初から全力。
力量の、差は分かっているから開始から本気で相対すると、シオンは決めていた。
一気に駆け、詰めるその距離。
牽制するようにクロウが、左右それぞれから投擲ナイフを放つ。それを弾き飛ばして、それでも、前身速度を極力落とさないまま、シオンがクロウの前へと躍り出た。
起点は『夕凪』の攻撃。左右上下に、細かい攻撃で攻めていく。
『朝風』は、抜かない。
変わりに
「・・・あぁ。」
目を細めて、感嘆したようにクロウが笑う。
大刀『朝風』を束に収めたまま、先程同様、昆のように振り回す。
『夕凪』を攻撃を通す為に、『朝風』で打ち、弾き、穿つ。
シオンなりに、考えた近接戦闘の方法か、と、クロウが小さく笑った。
それを視界の端に捕らえて、シオンがその余裕綽々の笑みに、小さく舌打ちする。
「―――・・・っ」
二桁を超える打ち合いの、その一瞬に、フェイント。だけど、クロウは容易に見抜いて。逆に、次いでの踏み込みを殺すようにクロウが前へ出る。
「チッ!」
合わさる一撃をなんとかいなして、シオンが手首を返し、その頭上へ振り下ろすのを、クロウがその束の方へ手を添えて押さえ込めば、
「力勝負の分が悪いのは、当然、理解してるだろ?」
「―――・・・ッ!」
不意に、告げられた言葉は、どこか不躾で。赤い瞳は、分析する為か、酷く冷めている。宣言した通り、指導という名目での相対。それゆえに、か。
背筋を走るゾクゾクとした感覚に、シオンは思わず唇を舐めた。
その様にクロウが訝しげに眉根を寄せる。
「ナニ?自覚ねぇの?」
「──な、わけねぇだろっ!」
無論、自覚は、当然、ある。
ゆえに勝負するなら別の所だと自負しているから。
一度距離を取り、そこから直ぐに切り返して距離を詰める。そのまま、二合と三合と切り結ぶが、その動きで、何かを感じ取ったのか、相対する男の眼がスッと細められる。
「機動力ったって、ずっと百で動ける程の体力じゃねぇだろ。緩急つけろ。隙じゃねぇ、緩急だよ。」
―― 意味分かってんの?
とん、と。軽い力で、不意に足をすくわれる。
「・・・・・っ」
低くなった視線。
転ぶより先に、そのまま地面に手を付いて、顔を上げれば、ほとんど同じ視線にある相手の顔に、息を飲む。
「目玉ついてんだろ、しっかり見ろ。」
「かっ、あ・・・。」
本来なら下から斬り上げられるのを、掌で顎を撃たれた。それでもだいぶ手加減されているから。脳震盪すらも起こさずに視界が少し揺れる程度。
遠巻きから、小さな悲鳴が上がる。だけどシオンの耳には入らず。むしろ今はその目で、耳で、肌で。自身の全てでクロウの気配を感じ取り、勝機を探る。
とん、と。距離を取れば、正念場とばかりに、離れた分だけ身体を寄せられ、左右に持った投擲ナイフで追い打ちをかけられる。
「───・・・っ!」
接近戦にはどうしたって不利なはずなのに、左右別々の動きをするナイフに翻弄されて。一瞬、攻め手を欠いたその隙を、クロウは逃さずにシオンを追い詰めていくから、
「く、そ・・・!」
必死に防ぐ。
その動きを目に留めながら、クロウが
「視界に入れた情報を、きちんと理解しろ。追うのは相手の視線。それで行動の先読み。手や足は視界の端で情報を拾え。」
「───・・・っ!」
目の前の相手は容易に言ってのけるけど、クロウの動きに、体が追いついているとは到底言えない。その悔しさが足に出たのか、不意に砂を踏んだ右足が取られ、
「───・・・っ!?」
思わず視線がそこに向けば、
「それ、致命傷。」
瞬間、視界の端からクロウの左手がその胸元に伸びた。
遠巻きに見つめる隊士が息をのむ。
ぐっと釣り上げられた足が、宙をかく。狭くなった気道から鳴くように息が零れた。
「くっ、は・・・っ!」
「しくじった箇所に目を向けるとか、ナニ?馬鹿なの?」
「ぅ、ぐ・・・。」
「隙見せてどうすんのよ。殺してくれってことじゃん。」
緋い眼が容赦無く失態を責める。
そのまま手を離されて、地面に膝を付いて肩で息をする無様な姿を、その目が無慈悲に見下ろす。
「そんな事するヒマあったら、その行動エサにして、釣れる動きを読みなよ。頭使え。」
「は・・・っ」
一度、大きく息をついた。
「で?終わり?」
「ま、だ・・・!」
「上等。なら動いて。」
瞬間、シオンのすぐ横をクロウの投擲ナイフが過ぎ、地面へと刺さる。シオンがすぐさま『夕凪』を構えれば、
「二メートル」
「―――・・・ッ!?」
先程、エッダの指導で行われていた距離での投擲。直線の素直な軌跡に紛れて、
「・・・・・っ!」
弧を描く時間差のナイフに、シオンの腕に一文字の傷が走る。咄嗟に動けないシオンに、小さくため息を吐いて。
「動けって言ってんだけど。」
――― 動かないなら、そのまま磔にするよ?
紛れる弧の動きのナイフを一度見上げる。
奥歯を噛みして立ち上がる、すぐさま駆け出す。『夕凪』と、束に納めたままの『朝風』。二つの刀からの連撃を、左右に一本ずつ持った投擲ナイフでクロウが凌ぐ。と、クロウが不意に笑って、
「ゼロ距離」
「―――・・・ッ!?」
クロウが呟けば、眼前につきつけられていたナイフが、不意に放たれ、向かってくる―――のを、間髪交わした。
「ナイス反応。」
茶化す様に口笛を吹かれて、忌々しそうに、シオンが強い視線でクロウを睨む。
『夕凪』を振り被って、二合三合、クロウが一本の投擲ナイフで対峙するのを見止めて、
ただ、シオンが、不意に
「なあ?」
「ん?」
「お前の大事な『アレ』あと何本だ?」
「え?『アレ』って・・・、いや、大事なアレは常に一本ですけど!?」
一瞬、何のことを聞かれているのか、理解できなかったクロウが思わず答えた内容はさておき・・・。
「御名答。」
眼を細めて、ぺろりと唇を舐めて、
『夕凪』と『朝風』、二刀でクロウの手の中のナイフを絡め取って、
「・・・これで、ゼロッ!」
「───・・・っ。」
弾く。
瞬間、一歩引くと共に、遠心力を加えた、全力の横薙ぎ、『朝風』の、間合い。
─── 激しい、金属音が、鳴り響く。
「・・・・・。」
「く、そ・・・っ!」
クロウが、小烏丸で受け止める。
その様を見て、シオンが小さく舌打ちをする。悔しそうに、眉根を寄せて・・・
「はい、それまで。」
ぱん、と、ハルオミが手を打てば、
それが、立ち合い指導終了とあいなった。




