赤鉄鉱(ヘマタイト)3
相対して、まず、クロウはエッダに短刀操作を叩き込んだ。しかも、左右の手、共に。エッダの聞き手は右だ。まずはそれを両方とも容易に扱えるようにすること。これは一朝一夕ではできるコトではない。
「可能なら、許す限り左手でこの投擲ナイフ弄ってて。その束に左手にも触れるコトを当たり前にしておく。」
「・・・・・。」
「別にスプーンでもフォークでもいいんだけど。目的は左手でも右手と同じように『ナイフ』が使えるコト。利き腕を変えるコトじゃないから。」
「わ、かりました・・・。」
その次は、投擲。
すれば、案の定、距離五メートル程の位置でシオンを立たせると、
「ケガしない様に気を付けて?」
―― じゃないと、オレがコイツ殺すから。
「・・・・・。」
「そ、それ、ちょっと理不尽すぎ、ません!?」
「・・・一メートルだって全部叩き落すから安心してくれ。」
「ホントですか!?絶対ですよ!?」
慣れる訓練だってのに脅してどうする、と。シオンが『朝風』を鞘ごと腰から外せばん?とクロウが目を向ける。
「叩き落とすなら抜く必要ないし、この方が間合いも丁度いいだろ。」
シオンが『朝風』を昆の様に回転させるのをみて、クロウが頷いた。
「了解、じゃあそれでいこう。」
じゃ、投げて。と何の指導もなく腕を組んだまま突っ立って促すクロウに、エッダは明らかに不服そうな顔で、それでもシオンに向かってナイフを投げていく。
十本投げて、勿論、全てシオンは叩き落とし、その後一メートルずつ距離を近づけていく。途中二メートルのところで、シオンが『朝風』から『夕凪』に持ち替えた。
同様に二メートル、一メートル距離で十本ずつ投げて、エッダは息を吐いた。
「・・・・・。」
シオンがクロウの傍へ駆け寄ってくれば
「絶対、お前が脅したのが悪い。」
「いや、そんなつもりないよ。本心だけど。」
「だからだろうが!」
「んー・・・。」
少し考え込んだクロウが、
「んじゃ、参考資料。」
―― どうすればいいか、考えながら見てて。
それだけ告げて、シオンに向き直る。
「悪いけど、付き合える?」
「―――・・・っ!?」
取り出した投擲ナイフを構えるクロウに、シオンが大きく眼を見開いた。その眼が喜びに輝くのをみて、ちょっとだけ、クロウが複雑な顔をする。
距離五メートルの位置にて、シオンが鞘ごと『朝風』に持ち替え、構えた。
「全て払わなくていいよ。ケガだけしないよう上手く避けて?」
「ふざけんな、いらねぇ心配。」
「あと、可能なら少しずつ距離詰めてほしい。可能なら一メートルまで。」
「・・・ああ。」
シオンの足が砂を踏む。『朝風』を鞘ごと構えるピリッと走る空気にエッダが小さく息を飲んだ。
「じゃあ、いくよ。」
クロウの腕が振るわれ、三本の刃が空気の中を、疾走する。
「―――・・・っ!」
それを『朝風』を振るい、間髪入れずに弾く。その陰に隠れたもう一刀をも、辛うじて。
先刻とはくらべものにならない洗練された手技に、シオンの背が思わず泡立つ。続けて投げられる刃を弾いて、シオンが二歩分距離を詰めた。
すれば、
「四メートル。」
クロウが短く告げて、刃が飛ぶ。二本、間髪入れずに、二本。どちらもシオンの太もも辺りを狙う。次いで、時間差の一刀が顔に、次いで手元に舞う。
「―――・・・っ!」
シオンが思わず顔の刃をよけ、手元の一刀を弾き返せば、
「距離詰めるよ。」
「く・・・っ」
さっきまで止まっていた足が動いて、
「三メートル。来れるなら攻撃してきて。」
「―――・・・っ!」
瞬間、続けざまに飛ぶ刃の嵐に、シオンが避け、弾き防ぐ。
そのまま、距離を詰め『朝風』ではなく、『夕凪』を鞘から抜き放った。
「これが近接戦闘距離。」
近い間合いから最速で振り上げられた『夕凪』を、クロウが左手の短刀一本で防ぐ。続く二刀目も同様に。そのまま三合打ち合うのを全て投擲ナイフでいなして、一歩分間合いを取る。瞬間放たれたナイフを、シオンが弾けば、投げると共に踏み出した一歩で、左手の短刀を振り上げる。
「―――・・・っ!」
同様に距離を詰めようとしていたシオンが、その一撃でやや大き目に後退して・・・
「はい、終了。」
クロウが構えを解く。
最中、ずっと息を飲んで見守っていたエッダが、クロウの声にも、まだ、力がこもった様子で凝視していたから、
「おい。」
「えべっ!」
クロウが頭上に手刀を食らわせれば、びくりと肩を跳ねさせ、頭を押さえたエッダが、ようやく力を抜いた。
「ちゃんと見てた?」
「・・・見て、た、ました。」
「お前の投げ方は、打ってくださーい、よけてくださーい、って感じ。」
「・・・・・。」
「実際って、こんな感じね。これでも訓練だから、ケガさせないとか考慮してるけど、それでも、これが訓練する時の最低ライン。」
「・・・・・っ!」
「生き物相手に投げるコトに抵抗あるとか、そんなのは知ってる。でも、お前が身に付けるべきコトはこういう技術じゃないの?」
「・・・はい。」
「じゃ、もっかい。」
「はい!」
エッダの威勢の良い声に、呆然としていたシオンが思わず我に返る。
再び五メートルの位置を示されて、シオンが小走りにその場に付くが、
(やっぱ・・・、凄かった・・・。)
思わず、熱の籠ったため息を落す。
小烏丸の交らない、投擲ナイフだけの訓練でも、あそこまで圧倒される。
(もっと、したかった・・・。)
正直な気持ちを浮かべて、シオンはぐっと息を飲む。
視線の向こうで、クロウがエッダに何やら指導しているのが見える。それがどうしても羨ましい。羨ましい、から・・・
(これが終わったら・・・ッ!)
対峙してもらえないかと、話してみようと決めて。
さっきとは違う、必死なエッダの目にシオンは少し笑って、『朝風』を、鞘ごと構えた。
そうして、一時間程経過し。
「もう、一回・・・!」
三クール目の投擲訓練を終えて、終了を告げられた、エッダが、不意に大きな声を上げる。
両の拳を強く、握りしめて。
クロウと、そして、
「もう一回、その、見せて、もらえませんか?」
シオンを、見上げれば。
「「え?」」
もう一回訓練、ではなく、もう一回、二人の対峙が見たい、と、察しが付いた二人が、ものの見事に、全く真逆の反応を示す。
満面の笑みで嬉々と準備しようとするシオンと。
思いっきりイヤそうに顔をしかめるクロウ。
「いや、なんでそんなにかわ───、嬉しそうなのよ。」
「嬉しいからだろ!この後絶対俺から言おうと思ってたんだ!」
「・・・なんて言うつもりだったのよ。」
「え?もっかいしてほしいって。」
「・・・・・。」
(ベッドの上で言われたかった・・・ッ!!)
思わず膝から崩れ落ちて、がっくりうずくまっていると、シオンが嬉々としてエッダに話しかける。
コイツは凄いから戦ってると凄く勉強になるんだ、楽しいと。至極嬉しそうに話すから、
「・・・・・。」
一瞬、頬を赤く染めたエッダが、それでも、コクコクと大きく頷き、さっきは凄かった、だからもう一回見て勉強したい、と同意する。
そんな二人を眺めつつ。
クロウはクロウで、ゆらりと立ち上がりながら、
「・・・ナニが嬉しくて、恋人叩きのめさなきゃいけないのよ。」
と、ぼそりと本音を口にすれば・・・
不意にシオンが、怒気を目に浮かべた視線を向けて、
「・・・簡単に叩きのめせると思うなよ?」
「あ、いや!そうじゃなくて!ね!?」
慌てて首も両手を振れば、
ふと遠くから基本訓練を終えた部隊を解散させたハルオミとリシリィが向かってくるのが見える。
解散となれば、後は自由だから、もしかしたら部下も来る手前・・・と、クロウが一つため息を吐く。
「まぁ、立ち会いってか、さっきの続き。剣技訓練という名目ね。指導だよ?容赦しませんよ?」
「はい!」
「・・・え?敬語?初めて聞いたわ、返事いいね。」
「そりゃそうです!」
「・・・敬語になりきれてないんですけど。」
ワクワクが止まらないといった様子のシオンに、クロウはかっくりと肩を落とす。
すれば、三人の様子に首を傾げていたハルオミとリシリィに、クロウがちょっと遠い目をしながらぶっきらぼうに状況をせつめいする。
すれば、ハルオミは、納得したとばかりに、
「ま、いいんじゃないですか?報酬の一環ということで。」
「・・・オレだけ払うの?」
「あと三回立ち合ってくれるなら、今日の支払いそれだけでもいい!」
「乗った。」
「乗らねぇよ!てめーは黙ってろ!」
リシリィとクロウが掛け合うのを、ハイハイとハルオミが止めて、すでに準備ができたシオンが構える。その姿が見えた隊士達がどよめきながら、遠巻きにこちらの様子をうかがっているのが見て取れて、
「結局こうなるのね・・・。」
「ま、これも訓練の一環。」
「仕方ねぇな・・・。」
クロウも、投擲ナイフを左右に三本ずつ構えた。シオンの手前、腰にはしっかりと小烏丸を帯びている。
ハルオミが手を挙げて、
「別に合図はありませんから、よい時にどう───。」
その声を待たずに、シオンが地を駆ける。




