薄煙水晶(ブランデーシトリン)2
リシリィとリヒト、引っ張られるようにシオンが、外出をして、
一時間半程、経過。
客足は案の定、伸びない。これならもう、と。
早々に赤ちょうちんをしまった親爺は、焼酎のお湯割りを口にカウンター越しでたばこをふかしていた。
一方で・・・
ちらちらと時計を見つつ、洗い物・片付けなど手は動く辺り、仕事に慣れている様子は見受けられるが、それでも明らかに浮足立って落ち着かなさげなクロウに、親爺ことサカザキが、再度ため息交じりに口を出す。
「そわそわそわそわ、落ち着かねぇな、テメーは!」
「・・・なんでない。なんでも、ない、から。」
「いいからもうキャベツでも刻んでろ。」
「・・・・・。」
促されるまま、クロウが、ひたすらキャベツの千切りに集中すれば。
「正直、ボスの方がリヒトさんより圧倒的に土下座坊主案件ですよね。」
丁度入れ違いにやってきたハルオミが、カウンター越しにクロウの慣れた手さばきをまじまじ見ながら呟く。すれば、キャベツから視線を離さないままクロウが、
「まぁ、適当に難癖つけて目障りなの、一人蹴り落としただけだから。」
「最低だわアンタ。」
引き攣った笑みを浮かべるハルオミに、
「ちなみに、そろそろお前も対象。」
「・・・冗談でしょ?」
「いや最近ヤケに、さ?仲、良くない?」
正直、その辺りは気になっていた、と。
クロウが不意に手を止めて、じっと本気の眼をハルオミに向ければ、心外だと言わんばかりに、
「・・・誰のせいだと思ってんですか?アンタの暴走が確実にシオンさん案件だからでしょう。」
「いやー、否定はしないけどさぁ?それで距離とか縮められたら・・・、ねぇ・・・?」
「だったら自重してください。」
「無理。」
「無理、じゃねぇよ。第一僕にもちゃんと相手がいるの知ってるでしょうに。」
「まあ、その相手が一番あの子狙ってる気がしてならねぇ。」
その言葉に、あぁ、とハルオミが引き攣った笑みを浮かべる。自身の彼女は、どうにも独占欲が強く、気に入った相手に執着する傾向があった。
「・・・どうしよう、否定できないや。」
瞬間、ざわりと、刃物に慣れたクロウが、包丁をくるりと回転させる。
「やっぱり?アイツ気に入るとマジで手放さないんだよな・・・。」
「ですね。」
「何より、あの子がリリに甘い・・・。」
「まあ、確かに。」
「それが一番イヤなんだけど。アイツもそれ承知で色々やってるし。」
「・・・・・。」
それに関しては異を唱えたい、と。ハルオミは海苔あえを口にしながら考える。
(なんだかんだ、あの人が一番甘いのは、アンタだよ・・・。)
多分シオンがリシリィに甘いのは、同性の友人と呼べる相手がいなかったからだろう。加えて、リリは表情は乏しいが、距離感は近い。甘えてくる妹、相談ができる頼もしい友人が一度にできた様な感覚に、シオン自身も嬉しいのかもしれない。
だけど、
(アンタが色々甘えたり甘やかしたり、ついでにやらかしたりできるのは、相手が素直に受け入れて、反応を返してくれてるから、でしょうに。)
しかもどう考えても甘え上手なタイプでもない、あの人が。
まあ、それは言わなくてもいいか、と。ハルオミは熱燗を手酌で口にする。
そんな事言うまでもなく、当人も解っていることなのだから・・・
と、横開きのガラス戸が勢いよく開く。
「ただいまー!!」
ほくほくとした笑顔のリヒトが先陣を切って飛び込めば、
「いや、いい買い物したわー!」
「我ながら秀逸。」
何か発散したとばかりにキラキラと輝かんばかりの笑顔で登場するリヒトとリシリィ、そして、
「・・・疲れた。」
ふらふらと、二歩三歩、歩み寄り。
ハルオミの隣のカウンターに突っ伏したシオンに、クロウがまずは、と水を差しだす。
それをくっと一気飲みしたシオンが、その口角から水が零れるのを無作法にも拳で拭う。
そんな様をちらりと盗み見ながら、クロウが、最近シオンがお気に入り銘柄を冷で出せば、そのままハルオミの隣に腰をとして、一つ大きな息を吐く。
「お疲れ様でした。」
「・・・ほんと、疲れた。」
「リリの買い物ってパワフルでしょ?」
ふだんリシリィに付き合って、振り回されるのを体験しているハルオミが苦笑する。すればシオンが
「あのパワーが、俺には、出ない・・・。
「ははは。」
「てか・・・」
「ん?」
一瞬だけ、言い淀む様にしてシオンの視線がそれる。
「・・・いたたまれなかった。」
「なにが?」
「始めに店に入った時の、店員さんの、顔が、その・・・。」
「・・・あぁ。」
「それは別にリヒトが常連の段階でなんとでもなるんじゃねぇの?」
「その後の、客足、とか・・・」
「・・・あー。」
クロウとハルオミは、なんとなく、察しがついて頷く。
女性専用の下着売り場に、男性が二名もうろついているとなれば、さぞかし他の客は入りにくかったであろう、と。
ただ、
「いいのよ気にしないで!その分の店の売り上げには貢献しているのよ。」
「・・・・・。」
背後からリヒトがさも当然とばかりに主張する。
「それに、アタシはちゃんと初回入店時に色々確認しているわ。」
「確認・・・?」
「こんなナリだから誤解だって受けやすいのは承知してるし、それでもアタシは好きなことを諦めたくはないの!女性のパンティーやブラは無理だけど、大好きな友人に見立てるのはしたいし、ナイトウェアだってあそこの店が一番好みなんだもの。」
凛と主張する彼を、シオンが、ある意味尊敬の念を込めて見上げれば、その視線に気付いたリヒトが格好良くウィンクを返してみせる。
「だから、全然気にしないの、ね?」
――― あの黒いヤツ、最高に似合ってたんだから。
「―――・・・っ。」
購入した物を示唆するようなリヒトの台詞と、それに少し目尻を赤くして視線を伏せるシオン。その彼女に背後から抱き着く様にしてリシリィが
「んー、でもやっぱアッチの青いのも似合ってた。」
「あ、んな派手なの、着けられるか!」
「でも、昔は付けてたわけでしょ?」
「・・・まあ、そ、う、だけど。」
「黒と?紺と・・・?ピンクと白のヤツはどっち買った?」
「・・・・・。」
「あ、そうだ、ピンク。すごく可愛かった。」
「まぁ、今回はシーちゃんにとって初めてだからね。お試しお試し!また行きましょう!」
「・・・そんなにいらないだろ。」
「三着しかないなら、もう少しあった方がいい。」
「・・・・・。」
「その時は―――・・・」
「そんなのはいらない!」
シオンの耳元に何やらを零したリシリィに、シオンが過剰反応を示してぶんぶん首を振る。
瞬間
「・・・ちょっと、いい?」
「「ん?」」
ゆらりと、顔を上げるクロウの眼がリヒトとリシリィを、射貫く。
「見た、の?お前等・・・。」
「・・・何言ってんだコイツ。」
「見たってなに?」
「いや、だから、・・・着てる、トコ。」
「うん。」
「当たり前でしょ?見立ててるんだもの。」
至極当たり前の事の様に、リヒトが頷く。
リリは、まあ、百歩譲って、ありえるだろう、と。だけど・・・
「え?ナニ?アンタも・・・?」
「だから友人のとか見立てるの好きなの!そこら辺の店員よりも確実よ、アタシ!」
「・・・・・っ。」
「な、なになになに!?なんなのよ、さっきから!」
一瞬だけざわりと殺気が泡立つ様な気配に、リヒトが小さく息飲むも、それはすぐに消退し、クロウが包丁片手に少し考え込む。
目の前には大量の千切りキャベツに、コイツはどれだけ無心で気キャベツ刻んでたんだと、誰もが突っ込んだ、心の中で。
包丁をまな板に置いたクロウが、厨房から店内へと出てくる。
そしてカウンタでぐったりしていたシオンの隣へ
「・・・・・。」
「・・・な、んだよ。」
頭上からまじまじと見下ろしてくるクロウに、少し訝し気な視線を送れば、まあ、予想通りの言葉が告げられる。
「見せて?」
「・・・は?」
「こいつ等だけ見て、羨ましいんですけど。」
「・・・アホか?お前。」
「てか、アイツ等が見てんのにオレが見てないって、すっごいヤだ。」
「何様だお前は。そんなに見たけりゃ勝手に紙袋の中でもなんでも開けろ。」
「そうじゃなくて。」
「は?」
疲労困憊で投げやりな言葉を吐くシオンに、クロウは首を振った。
「お前が着てるトコを、見たいんだけど。」
「・・・一遍、死ね。」
「オレ、その権利あるよね?」
「権利はあっても安全保障がねぇな。」
「それは否定しない。」
「・・・否定できる男になれや。」
「できるわけねぇだろ。速攻で剥くわ。」
「じゃあ、ダメだろ。」
「あー・・・。いや、剥かない、か?剥かない、な。」
「ん?」
「ずらしたり、下ろしたり。むしろそのまま上から弄り倒したり・・・。ありとあらゆる方向から、全身全霊でもって、貪る。」
「・・・もっとダメだわ。」
はあ、と深く深くため息を吐いて。シオンがカウンターに突っ伏す。
だが、それはもはや想定の範囲内とばかり。
クロウが余裕綽々と言った様子で、その隣に腰を掛ければ、
シオンがちらりと眼を向けて
「お前、いい加減そのエプロンとれば?」
「もうここまで来たら、メシ作る時に使うわ。」
「予定通りの使用方法に落ち着いたな、よかったわ。」
「はいはい。それよりも、今はコッチ。」
「・・・まだなんかあるのかよ。」
「ん?買ったヤツ、着て欲しいって話。」
「却下。」
「お願い、ね?うん・・・」
「・・・・・。」
「これ以上。力尽くではお願いしたくないなァ・・・。」
にっこりと眼を細めて、そのままその手が小烏丸の束を撫でれば、
それを見たシオンが、好戦的に目を輝かせて剣気に泡立つ。
がたりと椅子から立ち上がった。
「力尽く?上等だよてめェ・・・。」
「へェ?いいの?悪いけど、手ェ抜くつもりないよ?」
楽し気に眼を細めて、クロウもゆっくりと立ち上がる。フリルのエプロンのままだが。
「言い訳できねぇように、魔力行使までしっかり使っとけよ?」
「それだと弱い物虐めになっちゃうから、ね?」
「・・・なんだとコラ?」
その手が二刀の束を握る。
「ヤレるもんならヤッてみろ・・・ッ!」
小烏丸を抜くクロウ
二刀を構えるシオン
そして・・・
「 大馬鹿野郎かてめーらは・・・ッ!!!
店の中で暴れるんじゃねぇ・・・ッ!!! 」
当然の如く、降り注ぐ、サカザキの親爺の一括、拳骨。
それぞれに一発ずつ頭上に叩き落した親爺が、うずくまってたんこぶに震えるクロウとシオンの背中をそのまま蹴り飛ばす。
そして、
「今から丸一日出禁だてめーら。ウチの店の暖簾を潜るんじゃねぇぞ?」
「「・・・・・。」」
追い出された二人がうずくまったままふるふると顔を見上げれば、額に青筋を浮かべた親爺の剣幕。
ぴしゃりと、容赦なく、扉が閉められ、空っ風が吹きすさんだ。




