薄煙水晶(ブランデーシトリン)1
夜の帳が下り、赤灯籠の火が灯る。
少し年季の入った店先に、軋んだ横開きのガラス戸。
その先の人影を見据えて、
「シーオーンー!」
「いた、シーちゃーん!!」
「リシリィ、リヒトさんも。いらっしゃい」
にこやかに接客するシオンが、二人を迎える。平日の、二十一時を過ぎた頃。客足がそこまで伸びない頃合いだからこそ、それを見越して来てくれた友人に有難さを覚える。
と、
「・・・なんでお前らが来てんの?」
「同じセリフ返したい。」
「なんでクロウ、大隊長ちゃん、は・・・そっち?」
いつもならカウンターの一番端が定位置。
今日はカウンターの向こう側。わざわざピンクのフリルがついたエプロンまで付けて。
無言のまま鍋の前で灰汁取りしている我らが第四大隊長に、リシリィは冷めた視線を、リヒトは困惑の視線送る。
すれば、ソレ以上に冷めたい目をしたシオンが、
「ふざけたモン持参して玄関先早々に盛りやがったからなぁ。そんなに着たけりゃてめぇが着ろ、そして働けと連れてきた。」
「・・・・・。」
ああ、そういうことか、と。
二人が大いに納得する。
約一時間程前の失態を、簡潔ながらも容赦無く暴露されて、クロウはゆっくりとそっぽを向いた。
「・・・だって、醍醐味じゃん。」
「普通に身に着ければ害はないな。で?てめぇはナニしようとした?」
「・・・だから、醍醐味じゃん。」
「そうかそうか。ならお前が着て一生懸命働けばいい。」
「・・・そう、じゃ、ないんだけど。」
「知らねぇ。」
一蹴して背をむけ、二人分のお冷を準備するシオンに、クロウが諦めた様に無言のまま、煮物のアク取りに戻る。
「あ、でも、こちらは大助かりですよ?」
不意に、助け舟を出すように、カウンターの向こうで熱燗を付けるメルリーナがニコニコ顔を向ける。
それを、シオンが、庇わなくて良いとばかりに溜息をむければ、ふと、
「じゃあシオン、今日は一緒にどう。」
「え?」
不意に、リシリィが手招きをしてくる。その声に嬉しそうに反応するシオンと、思わずピクリと肩を揺らすクロウ。後者を思いっきりスルーしてみせて、リシリィが、
「うん、だからここで、一緒におしゃべりしよう。」
「や、でもそれは・・・」
「いいじゃないですか、偶には女子会で。」
なんて、メルリーナが再びにこやかにフォローする。
「一名様女子じゃないゴツいのが混じってるけどね。」
「ほんっと失礼だから、それ!」
クロウとリヒトが軽口を交わすのを程々に制止して、ふと、シオンが親爺に目を向ければ、店内をくるっと、見回して、そのまま一つ頷く、から
「じゃあ、今日は甘えよう、かな?」
なんて、少し目を細めて笑う姿に、リシリィが、嬉しそうに頷いてその隣に、スペースを作れば、シオンがはにかむように隣へ腰掛けた。
そして、三人がグラスをぶつけ合う。
そうして、最近の様子から、主にリヒトとリシリィの話に相槌を打つ形でシオンが話に加わる。
時刻が二十三時を超えて、客足は伸びず、今日は早々に店じまいを検討した親爺がメルリーナに早退を進めれば、うなずいた彼女が、奥で待っていた息子のレオンに声をかける。
明日の朝ごはんの足しにでも、と、先ほどクロウが丁寧に悪取していた煮込みをタッパーへ入れて渡せば、メルリーナとレオンが丁寧に頭を下げて帰っていく。
レオンが無邪気な顔で手を振るのを、テーブル宅にかける三人がにこやかに手を振れば、
店員よろしく、注文の煮込みを届けに来たクロウの、その、私服の上から身につけたエプロンに、リヒトが思わず、
「・・・どっから、そんな残念なエプロン見つけて来たのよ。」
「ほっとけ。」
「滑稽」
「オレが着るためのモンじゃねえからそれは当たり前。」
「何言ってんだ?てめぇがそれ着て飯作る以外、使い道ねぇよ?」
「・・・いや、だからさ?あの―――・・・」
「じゃあなんだってんだ?」
あァ?と、すでに一人でも徳利三本は空けた酔いも混ざってから、柄悪く絡んでみせるシオンに、クロウが目を泳がせる。
女子会の場が尋問の場に早変わりし、三者三様の視線が、じっとクロウを射抜く、から
「何のために買ったってんだ・・・。」
「・・・フ、フリルの裾から伸びる、その、美脚が、見たかった、ん、です。」
白状したように、クロウが両手を挙げるが、すかさずリシリィが、
「見たかった、だけ?」
「・・・・・。」
「本当に?それだけ?」
「とっとと吐いちゃった方が楽よぉ?」
「・・・なんなんだよお前らは。」
指摘する言葉に、苛立ちを隠さないままクロウが舌打ちをして、厨房へ戻ろうとすれば、
「・・・え?」
「・・・・・。」
不意に、じっと、下から覗き込む様に、シオンが見上げてくる。
酔いに少し潤んだ瞳に、ああそう、まずはこんな目をさせてみたいベッドの上で、なんて思えば。隠しきれない欲情が刺激を受けて、むくむくと鎌首を擡げてくる。呼吸が荒くなる。
フリルのエプロンのちょっと下の辺りが、僅かに山を作り上げそうになるのを、必死に抑え込みつつ、ああ、それでも、ぼそりと、クロウが、
「・・・そ、の足舐めて撫で回して、しゃぶりついて、あわよくばそのまま、拝み倒したかったに決まってんじゃん。」
「・・・・・。」
瞬間、三者三様の視線が、絶対零度に切り替わる。
「ホント、そういうとこ。」
「仕方ないの!だって見かけちゃったんだもん!」
「・・・何処で見かけやがった?」
「間違っても、絶・・・ッ対!!言わない!!」
「・・・それ、八割方はヤバい店って白状したようなものじゃない。」
「うるさい。」
生暖かい目でひらひらと手を振るリヒトが、もうこんどうしようもない話、終わり、とばかりに考えこめば、
ふと、思い出したような顔で唇に人差し指を当てた。
「そういえば、『フラジャイル』の新作、見た?」
「え?まだだけど、新作出たの?」
「そう!フリルが甘すぎなくて、でも可愛かったわよ!」
リシリィがテーブル越しに興味津々とばかを乗り出せば、頷くリヒトが、そういえばこの時のために、カタログを貰ってきたのだと、上着のポケットから取り出す。
話のほとんどがよく分からず、ただ、表情に出ないながらも楽しげにカタログをのぞき込むリシリィに吊られて、シオンも視線をむければ、
「・・・・・。」
「あ、これ可愛い!」
「これ色違いがあるけど、緑が良い色だったのよ!」
「本当だ、赤もいいけど・・・緑、いいかも。」
「フロントホックだから多分、盛れるとも思うし。」
「買い、だね。」
「えと・・・」
シオンが少し困惑したような顔をするから、クロウが再び注文の一品を出しながら、なんのカタログかと盗み見る。
すればそこには新作のランジェリーを身につけた女性モデルがポーズを取った写真が並んでいる。
多分、あまり見たことがなかったのだろう。何ページかめくってもあまり興味が触れる様子はなく、シオンはそのまま手酌で日本酒を飲み始める。
きっと育ちが良すぎて、自身で下着を買うことはあまりなかっただろうし、ある年齢を超えれば、戦争に突入してそれどころではなく。全てが終わった頃には男性としてふるまっていたから、もうこんなことを考えることもなかっただろうなと、クロウは納得する。
そんなシオンを横目に、リシリィが何ページかめくって、
「新作だと、ノンワイヤーってない?」
「なに?リリ、ノンワイヤーがいいの?」
「楽だし。ノンワイヤーでもいいのが出てるから。」
「でもちょっと安定感とかないんじゃない?アンタただでさえ体細いし。」
「私よりもシオンの方が動き激しいから。」
「え?!なに!?俺・・・!?」
不意に振られて、シオンは過剰反応する。
「うん。大事じゃない?安定感のあるブラ。」
「安定、感・・・て・・・。」
しどろもどろな言葉に、うーん、と考えたクロウが、皿洗いをしながら、しれっと
「あ、この子基本ブラ付けない。基本スポブラか、剣技用の胸当て。」
ここ最近で把握した状況だが、あながち間違ってはいないだろう。
クロウがシオンに変わって返答すれば、リヒトが思わず、
「・・・なん、ですって?」
「家探しはしてないからホントかどうかは知らないけど、多分一枚も持ってないよ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
一体何処にツッコめばいいのか分からない、が。とりあえず、無言になったリシリィとリヒトの、その視線を避けるようにそっぽを向いていたシオンへ。先程の仕返しとばかりに、クロウが、自身が知る限りの現状をバラせば、
「おま、なんでそんなこと・・・!?」
慌てたシオンよりも、ソレ以上に
「貴女!ナニ考えてんのよ!」
ぱん、とテーブルを叩きながら、リヒトが立ち上がる。
「胸よ胸!ちゃんとしないと!どうしようもないのよ!?」
「・・・いや、そんな、困る、ことじゃ・・・」
「ああもう!だからそんなにペチャパ───」
「 ・ ・ ・ ・ ・ 。 」
「ひ・・・っ」
瞬間、刺すような殺気に、リヒトがビクリとすくみ上がった。
思わずリシリィが束に手をかけるが、すぐにそれが、皿洗いを継続しながらも絶対零度を視線を送る男のせいだと気付いて舌打ちする。
「しっかり後ろで殺気飛ばしてんじゃねぇよ、おまえは・・・。」
「何処かの誰かが学習せずに、何か口走ろうとしたのが悪い。」
「・・・・・。」
シオンが、はぁっと、溜息を零せば、それでも、とリシリィがシオンの顔をみあげる。
「でも、リヒトの言う通りあんまりよくない。」
「え?」
「形、崩れちゃう。」
「・・・し、心配するほど、ないん、だけど。」
「そうじゃないの、そうじゃないんだよ、シオン。」
「胸は、育てるの。」
「・・・・・。」
リシリィの言葉に、ワケがわからないと言った様子で、シオンが眉間に皺を寄せながら首を傾げる。すれば、リヒトがくわっと、目を開く。
「だめよ!そこは大事なトコロだから!ちゃんとしたの付ければそれなりの形や大きさになるものなのよ!?」
「いや、別に・・・」
「お試しに一度してみるといい。意外と楽かもしれないし。」
すれば、パンフレットの営業時間と、店内の時計を見比べたリヒトが、
「やだ!まだ店やってる!今から試しに行かない?」
不意にぱんっと手を叩いて促せば、リシリィがはいっと挙手する。
「私も行きたい。てか、シオン連れて行きたい!」
「へ・・・?」
「ね?いい?行こう。」
「べ、別に俺は・・・」
不意に意味深にこちらを見上げるリヒトが、にっこりと笑う。
「ねーねー、クロウちゃん?」
「あんだよ。」
「何色が、好み?」
「・・・・・。」
策士だと、思った。
さすがあのフェルナンドの身内だと。
その一言で、有無を言わさない外出の許可を取ってくるから。
こちらの返答なんて、一つしかない。一つしかない、けれど・・・
せめてもの、抵抗を、伝える。
「カ、カタログ見せて・・・」
「ん?これ?」
そうして、カウンター越しに手渡されるそれを、数秒でざっと目を通して・・
「・・・これの、黒で。」
一番目についた、自分好みをヤツを伝えれば、それだけで言わずもがな、以心伝心、何察したリヒトが、わかった、とばかりに頷く、から。
「い、いってらっしゃい・・・ッ!!」
「・・・・・。」
絞り出すように、伝えた言葉に、店主が、大きなため息を落した。




