珪孔雀石(クリソコラ)1
ディック=アーディンは、軍人になるのだと幼心に決めていた。
切っ掛けは二つの戦争。
人間戦争は、主に『戦地』『戦線』での戦いが主だ。一般の人々が被害に会うのは、その二つが崩れた際の襲撃のみ。
最も恐ろしい魔人皇の襲撃は、あくまで国の主要に限局される。
人々は比較的安全な街の中で、日々戦況を伝える新聞等で情報を共有し、生活を送っていた。
ディックの一家もそんな人々と同様だった。当時一番の国であった、グランセザリア神皇国で、自国の軍が連戦連勝を重ねる知らせを聞いては、目を輝かせていた。
ただ、人間戦争は、少し違った。
突発的に振る火の雨に、人々は震えていた。目の前で祖母が燃えたのを見た時に、ディックは足が竦み、全く動けなくなった。ああ、自分もこうやつまて死ぬのだと、震えた。
瞬間、馬の嘶きと共に手が掴まれ、引き上げられた。気付けば、馬上から火の雨に、燃える街を眺めていた。
振り返ると、西方種らしい金髪の綺麗な女性が、懸命に周囲へ指示を出し、人々へ避難先を示している。
そんな中で、いつも通り、煌々と輝くばかりに佇む、グランセザリア皇宮だけは、ディックはよく覚えていた。
グランセザリアが崩壊して、この場所が、ルミナスプェラになった後も、ディックはその時の光景が、忘れられない。
火の雨と、馬上の景色、傷一つなく見える皇宮。
美しくも、あの窮地で、的確に人々を導く西方種の女性の凛々しさ。
ディックは、彼女に出会ってから、あの時の女性の様な強さが欲しいと願った。
数年が経ち、ようやく軍に入れる年頃になった。訓練生となり、研鑽を積み、中々良い評価を得られるようになった。
そうして、決定された配置先は、第四大隊。
少数精鋭部隊とも言われれるその隊は、軍の中でも、そして、ルミナスプェラでも、目立っていた。
良くも、悪くも。
配置初日、大隊長の顔を見て、あぁ、彼が・・・、とディックは目を細めた。
白にも近い、輝く銀髪。
特徴とも言える、緋い目。
大隊長服に身を包んだ、均整の取れた身体付き。
一見すると、儚くも、整った顔立ちに、一瞬目を奪われる。
珍しい『刀』と呼ばれる武器を腰に下げて、隊の前に立つ。普段から、言葉は少なくとも、射抜くような視線と威圧感だけは強い。
彼は前に出るや否や、すかさず刀を抜いた。
と、ほぼ同時に新人の中から三人。
各々の武器を抜き放った彼等が大隊長に、斬りかかる。
その動きは、とても軍の新人の動きではなかった。間違いなく、軍の中に潜り込んだ、刺客。
ディックは思わず目を見開いた。
咄嗟に動けなかった。
だけど、
連携し、完全に隙を突いてきたようなその剣を、動きを。
真っ向から対峙し、問答無用で、あの大隊長はねじ伏せる。
三人の誰よりも速い剣速で、まず、二人。残る一人の斬撃を意図も簡単に避けながら、容赦無くその腕を斬り飛ばしてみせた。
目の前で、瞬く間に三人の刺客が、べちゃりとへしゃげた音を立てて血の海に沈む。
最前列でそれを見ていた新人の一人が、小さく悲鳴を上げ、腰を抜かした様に地面へ座り込んだ。
そのまま、銀髪の大隊長は、辛うじて息をする三人をにべもなく、冷たい赤い目で見下ろして
「毎年毎年、飽きないよねぇ。」
「・・・・・。」
「ある意味イベントだよ、もう。」
と、小さく溜息を、吐く。
「さて、と・・・」
半死半生の身体の前に、腰を下ろす。
息も絶え絶えな、三人を順番に指さしながら
「だ・れ・に・し・よ・う・か・な・・・っと。」
言葉遊びのように、指し示しながら・・・
一番右端の男の前で、止まる。
「じゃあ、お前で。」
瞬間、真ん中と左端の男の背に、刃が突き立てられた。
ハッとした視線の先には、副隊長の二人がそれぞれの獲物を血に染めていた。
残された一人が、血止めをされながら他の隊員達に連行されて行くのを、何処か非現実的な光景の様にも思いながら・・・。
「まぁ、こういうのが日常茶飯事なんだけど・・・。」
何でもないように、その赤い目をこちらに向ける。
一見すると、敵にも味方にも、向ける目の色は変わらないように見えて
「死にたくないなら、訓練、頑張って?」
刀に付いた血油を懐紙で拭いながら、何でもないように言い放つ、自分の上司に・・・。
ディック=アーディンは、ただ、息を飲むことしか、できなかった。




