紫黄水晶(アメトリン)10
半月ほどが過ぎて。
「よ。」
「お、まえ・・・」
今、目の前にいる少年に、シオンが目を見開いた。
親爺の店の手伝いの為に店外で掃き掃除をしていたシオンの元へ、姿を見せたのは、エッダだった。
「どうして、ここに。」
「ファウスト様に聞いた。」
「・・・そ、うか。」
『何故』を聞いたシオンにエッダが『どうやって』を返してはぐらかす。それにシオンが少し困惑をしながら、これから夜の灯し火を焚き、客を迎える場において、どうしてもそぐわない少年に、
「すまないが、これから仕事なんだ。酒場だし・・・お前が来るには・・・。」
「大丈夫。」
「え?」
そうして、シオンの体をくるりと百八十度回転させ、その背を押し、エッダは店の中にぐいぐいと押しやる。
「ちょ、おい!」
「はいはい、一名様ご案内ー。」
「だから、ここは───・・・」
そうして振り返ったシオンが、目をとめた。
その視線が、上を向く。
先ほどまで、十歳程度の少年だった背丈は、今はシオンよりも頭一つ分は大きく伸びていた。
「・・・エッダ?」
「そ。」
赤い赤い魔人特有の目がシオンを、見下ろす。きっと、あの子供がそのまま成長すれば、十年後くらいにはこの様な精悍な青年に成長するのだろう。
確かに、魔人は長寿だ。まず成長が遅い。例えば、人が八十迄生きるとして、魔人は単純にその10倍は生きる。すれば、成長も十分の一の速度にはなるだろう。
「お前・・・。」
「ナニ?思ったよりもカッコイイ?」
「どっちが本当の姿だ?」
「コッチ。」
と、すれば年齢は大分上にはなるだろう。
「なんで?」
思わずシオンが言葉足らずの質問を口にして、エッダが少し目を細める。
「姉ちゃんが、大人の男を怖がるから。」
「・・・・・ッ!」
正直な返答を返せば、シオンは素直に痛ましい反応を、表情を、返す。
そんな彼女を見て、会ったことがない筈の姉の事を思い心を向けるシオンに、エッダは初めて優しい眼を向けた。
「だから、普段は大方子供の姿だよ。ただ、これなら、ココ、入れるよね?」
「・・・・・。」
にんまりと、何処かイタズラめいた笑みで見下されて、シオンは、
「・・・一名様、ご案内。」
「はーい、どうもー。」
カウンター席に、エッダを座らせた。
初めて味わう人の店の中で、至極なんでもなさそうな顔をしながら、それでもエッダは、内心は中々緊張していた。酒、というのは飲んだことはある。そもそも、数十年前までは、人と交流もあった。その際に、酒を酌み交わせたことだってないことはない。
ただ、ここまで露骨な視線を受けながら酒杯の経験はなかった、から
「なに?そんなにオレが酒飲んでるのが変!?」
「・・・いや、なんか、違和感。」
「失礼な奴だな!」
「悪い悪い。」
開店当初の、まだ客足が少ない中で。
最悪、魔力行使で何とでもなるだろうと、まさしく勢いで来てしまったのも事実だ。
直接言いたいことがある。
まるでいつぞやのシオンの様だと思いながら、おすすめだという苦い酒を、エッダはちびちびと舐めた。
「オコサマにはまだ早かったか?」
「子供じゃないし。しかも、実年齢アンタのだいぶ上よ?」
「それは確かに。」
エッダの前に小鉢を二つ並べて、シオンがくすりと小さく笑う。
細く切った根菜をこんにゃくと油揚げで合わせた物、大根とニンジンを甘酢であえた物。片腕になったとはいえ、どちらもシオンの好物としている親父の一品だった。
「おすすめ。」
「・・・確かに、旨い。」
「だろ!?」
カウンター越しで、褒められたのが嬉しかったのか素直に喜ぶシオンに、エッダはこっくりと頷いた。カウンターの反対側の端で、別の常連客がシオンに『コッチにも!』と赤ら顔のまま手を挙げる。ふと視線を感じて眼を向ければ、エッダのその紅い眼を見ながらも、にっこりと笑うから、
「・・・・・。」
驚いたように、エッダが眼を丸くする。
と、シオンがそっとエッダに耳打ちした。
「うちの店、よくアイツが来るからな。常連は皆赤い目には慣れてるよ。」
「・・・・・。」
「加えて、酔ってるからな?あんまり深く考えてないって。気にするな。」
「そういう、もん、なの?」
「そういうもんだ。」
そういえば、アイツも、徐々に慣れていく周りの視線に、始めは戸惑っていたっけ、と、思い出して、頬を緩める。
その表情を見ながら、何を考えているかわかって、エッダは
「ねえ。」
「どうした?」
「この、『なめろう』って何?」
「魚を叩いて味噌とショウガ、大葉と合わせたものだな。酒に合う。」
「『サンガ焼き』は?」
「さっきの『なめろう』を貝のカラに入れて網焼きにしたものだな。」
「ふーん・・・」
頷きながら、『どっちが好き?』と、問えば、シオンは少し考えて、
「俺はなめろう、かな。」
「じゃ、そっちも」
「お前、ちゃんと金持ってるのか?」
「んー、いざとなったら、軍にツケといて?」
――― オレ、軍人になったから。
その言葉に、シオンが思わず、仕事の手をとめる。
「・・・は?」
「第六大隊預かり。主に『アイファ』研究だけど、要請に応じて現場にも出る。」
お猪口の残った僅かな量を、あおってから、顔を上げれば、シオンの真っ直ぐな目とぶつかって
「『アイファ』の初期対応に、オレも―――」
「やめろ。」
シオンがすかさず鋭い一言を告げた。
「ダメだ、絶対にダメだ。」
苦しそうな顔で、シオンが唸る。
一度、『この間は、お前やれって言ってたじゃないか』と。返してやろうかと、口を開きかけたエッダが、それでも、シオンの泣きそうな表情に、言葉を飲み込む。
代わりに、眉根を寄せたエッダが、
「・・・なんか、勘違いしてるようだから、いうけど・・・。」
「・・・・・。」
「アンタの大隊長さんがこなしていた『処置』は、もうさせないよ。」
「え―――・・・。」
「それを今日、言いに来た。」
「どう、いう・・・。」
「田貫と班田の転移術を『門』に組み込んだ応用。」
「『アイファ』の『治療薬』の開発は出来なかった。だから、ファウスト様の『魔力行使』をカートリッジに組み込んだ。」
「それを使えば、『処置』と同じか、ソレ以上の効果が期待できる。」
「───・・・ッ!?」
「まだまだ開発途中。七十二時間の壁は超えられてない。ファウスト様の『魔力行使』全てカートリッジに組み込めない。だから、結局時間稼ぎにしか、なってない。」
少し、悔しそうにエッダが呟く。
「それでも、まずは、『処置』の代替え方法としては確立させられるのを、目的として。」
「だから・・・。」
一度、息を飲む。精々感謝しろと、皮肉交じりに告げてやるつもりだったのに。
静かに涙を流す、シオンに、どうしようもなく、胸が締め付けられる。
「アンタの彼氏、ちゃんと解放してやるよ。」
「・・・・・。」
少しだけ、と、その綺麗な涙に指を這わせて、拭う。
「それが、この間のお菓子の代金ってことで、いい?」
「・・・・・・。」
こっくりと、静かにシオンがうなずく。
「・・・何で泣くの。そこ、喜ぶところじゃないの?」
「・・・よろ、こんでる・・・」
「じゃあ、なんで───・・・」
「本当に、嬉しいから、泣くんだ・・・」
子どものように、手で、拳で涙をぬぐう。その様を眺める。
「アイツが、辛くて、苦しくて、だけど、やらなくてはいけないと、決めていたことから、解放される。それが、正直、嬉しくて、たまらない・・・」
泣きながらも、目を細めて笑う姿は、
「ありがとう、エッダ・・・」
「―――・・・ッ!」
とても、綺麗で。
エッダは思わず視線を反らす。少し頬が赤いかもしれない、と目尻をこする。
「そ、そうなったらアンタが大変じゃねぇの?」
「え?」
今度こそ、からかうつもりで、
「心置きなく、縛られることもなく、アンタにがっつくんじゃねぇ?あの独占欲丸出し執着心バリバリの、毛色の違う兄ちゃんは」
少し馬鹿にした様に言えば、今までのように、すぐさま『そういうふうに言うな』と飛んでくる筈のお叱りの言葉が、来ない。
反らしていた視線を、ちらりと、シオンへむけて、見て、
至極、後悔する。
さっきまで泣いていたせいで、酷く潤んだ眼の、目尻を綺麗に染め上げて、くっと唇を噛み締める、
「そ、れは・・・っ!」
「・・・・・。」
考えて、なかった・・・なんて。
小さく呟くその顔は、酷く、酷く、エッダの胸の奥をかき乱して───・・・。
不意に呼ばれて、離れていくその手を掴みたかった。
そのまま、何をしたいのか、と問われると、ソレ以上は踏み込んでは行けないと、警告が聞こえる。
何より、半月前の、底冷えのする殺気はまだ、身体が忘れていない。
手を出した、なんてバレてしまえば、その瞬間、この首は宙を舞うだろう。
(今は、まだ、ダメだ・・・。)
─── 今、は?
自問自答した答えは、まだ出ない。
だけど、もし、本当に答えが出てしまった時には・・・。
(そのためにも、根回しは必要、かな・・・。)
そんな事を考え、ほくそ笑みながら、エッダは、他の客席で泣き顔を心配されるシオンを、眩しそうに、眺めた。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
なめろうがすきです。(どうでもいい)




