紫黄水晶(アメトリン)6
「ナニ人のモンに手ェ出してんだテメェェエエエ─・・・ッ!!!」
「が・・・っ!はっ!」
瞬間、シオンに伸し掛かる体の重さがふっと消えて、同時に魔人の男の身体が、勢いよく壁へとめり込むのが見えた。
同時に、怒髪天を衝く勢いで、荒い息を噛み潰すクロウの姿が視界に入る。
逆手に構えた刀を辛うじて振り下ろさずに、それでも、力任せに蹴り飛ばした身体を、燃えるような怒りを携えた緋眼が突き刺すように睨みつける。
その剣幕に、ハルオミが小さく悲鳴を上げながら
「ほ、保護対象ですボス!」
「知ってるよ!んなの百も承知だクソッタレが!」
「じゃあなんで急に───・・・」
と、言葉を続けようとしたハルオミが、地面から起き上がろうと、両手をつけて顔を上げた相手が、シオンだと知って、思わず後退る。
「え!?な、なんで!?なんでいるの!?」
「知るか!わっかんねェよ!ナニ?なんなのこの子!?巻き込まれ体質にも程があんだろ!?」
本気で混乱しているのだろう、思わず手で髪をかき乱しながら、クロウは、この状況に珍しくも苛立ちを露わに言葉を荒げた。
その様を見ながら、グレッタがしめたとばかりに、逃走の機を伺う、のを、
「おい、クソ野郎。」
「・・・・・ッ!」
手を、止め。
底冷えのする、言葉一つで、制する。
「逃げられるとか、思うんじゃねえぞ?そんな事してみろ・・・。今、冷静じゃねぇからな。何するかわかんねぇよ?」
「・・・・・。」
どうみても腕力を振りかざすようなタイプではないグレッタに対し、あからさまな殺意と苛立ちを携えた視線を向けて。
クロウがその心を圧し折ろうとすれば。
びくりと肩をはねさせて、一度口を開いたグレッタが、それでも、言葉も何も言わずに、そのままガックリと地面に膝を折る。
その身体をしっかりと、別隊員が地面へと抑え込んだ。
「ボス!対象二人発見!」
その声に、クロウよりも、グレッタが、まさか、という顔をする。譲って貰った男以外の、他の二人をも、確保されてしまったのか、と。頭に浮かんだ赤い唇の、女の顔を浮かべて、忌々しげに舌打ちをする。
リシリィの上着を羽織った魔人の女性の内の一人が、同じ様に、荒い吐息を零しながら、そのまま崩れ落ちるのを、リシリィが支える。
シオンの方を、振り向くことも、目を向けることも、せずに。
彼女たちの側まで寄ったクロウが膝を折れば、
「どんな感じ?」
「・・・ボス、大分・・・。多分、もう、ギリギリ。。」
クロウが、その女性の魔人の顎をとって、顔を覗き込む。
瞬間、その女性魔人が、クロウの赤い目を見て、安堵と欲を孕んだ笑みを漏らして、その首筋にしがみつく。
その裸体を惜しげもなくさらしてすり寄るのを、クロウが何でもないように、受け止めた。その耳元に何か言葉を落とし、優しくその背を撫でれば、赤く潤んだその目から涙が零れる。
そのままあやすように、トントンとその背を撫でながら、クロウがリシリィに確認を促す。
「田貫と班田の扉が開くまでは?」
「あと30分ほど。」
「・・・コッチは『自己排出』できそうって、感じじゃないか。」
「無理、かと。」
「ハル!そっちのお兄さんどう?」
「・・・いや、アンタの本気の蹴り受けて、無理でしょうよ。」
「知らねぇし。叩き起こして、もう一人のお姉さんと別室案内して。説明して。」
「わぁ、まだ怒ってる・・・。」
「リリはオレと準備。」
「了解。」
クロウを含め、ハルオミやリシリィ。軍の人間の、やり取りの一連が、まるで、シオンを置き去りにした様に、流れていく。
クロウは一度もこちらを、見ない。
まるでいないように扱われる感覚と、目の前の光景。実感が沸かないまま、ただ、安堵の笑みを浮かべる魔人の女性と、彼女の背を撫でながらアレコレ指示を出すクロウ。その景色を眺めるようにシオンは見ていた。
その様をちらりと横目で見ながら、グレッタが床に押し付けられたまま、喉の奥で嗤う。
「どうやら、『アイファ』の対処方法をよくご存知のようだ。」
「アイ、ファ・・・?」
現実感がないまま、何処か朦朧とした頭で、ゆらりと、シオンが、グレッタの方を見た。
「Image of FAUST。通称アイファ。かの人類が辛苦をなめた悪魔皇ファウスト。彼の様に!と言う願いを込められて作られた、魔人共を操る為に生まれた薬だね。」
抑え込まれたまま、グレッタは、辛うじてシオンに届く程度の声で唸るように応えた。
「アイファは、魔人の体内を巡る、魔力に作用して血流にのる。投与から二十四時間経過すれば、それは大脳皮質の破壊を始めるんだ。同時に性ホルモンに似た作用を与える事で性的に固執させる効果を持つんだよね。そうして、投与された魔人が『性奴隷』になっている間に、アイファはその人格を破壊していく。そして、七十二時間。つまり、投与から三日後に大脳皮質の完全破壊に至る。それはすなわち、人格の完全な破壊となり、まあ、魔力は意思の力で操作されるらしいからね?すなわち、魔力調整機能の破壊だ。そうすることで、初めて、対外的にその者の魔力操作が可能になるのだよ。」
残酷なまでの薬の仕打ちを、研究発表の様に、論文紹介の様に。
淡々と語るグレッタを、シオンは、まるで違う生き物を見るような目で、震えながら、見る。
こんな残酷な事ができる、この男は人間で、魔人を奴隷に変えるのも、売りさばくのも、物のように扱うのも、人だ。
「まぁ、いっそ殺して対外的に魔力操作ができれば一番早いのだけの、魔人が死ぬと、体内に蓄積された魔力は霧散し、消失してしまうからな。故の薬なんだけど。」
「・・・・・。」
「ただ、残念なのが、ね?性的に発散させてしまうと体内のアイファが少なからず、一緒に排出されてしまうそうなんだよ。性ホルモンに似た作用を与えるダケなら、精液にも愛液にも混ざる事は無いはずなんだが、こればかりは、中々研究が進まなくてね。」
「・・・・・。」
「だからと言って、薬が完全に抜けなければ多少遅くなるくらいで、人格の、破壊は抑えられないはずなんだけど・・・。何かあるのかな?こちらでも、正気に戻っている魔人が確認されているんだよ。」
「・・・・・。」
「軍では、それを利用した薬物の体外排出を試みているらしいねぇ。今のところどのくらいの成功率なのか、気にはなるところだけど。まぁ、普通に考えたら、人になんか、触れられたくもないところを、治療を理由によく・・・」
ふと、グレッタが、含み笑いをしながら、
「あぁ、それでか・・・」
納得した様に、頷いてみせる。
「マザリモノの大隊長がその目を使って騙し通すわけか。正気ならまだしも、蕩けきった頭じゃあ、相手が魔人がマザリモノかまでは判断出来ないだろう。なるほどなるほど、考えたもんだよ、ほんと。」
してやられたと言わんばかりに、グレッタが身体を震わせて笑えば、ようやく彼が話していたことに気付いた隊員が、静かにしろ、と押さえ込む力を強くする。
ただ・・・
「・・・・・。」
ナニを言われたのか理解しようとする頭と、理解してはいけないと訴える感情に、揺さぶられて。ぐらりと地面が揺れたように、シオンは口元を押さえた。
拒否する感情を、抑えつけた頭が、少しずつ、考察する。
あの男が言ったこと。
魔人を壊す薬『アイファ』。
時間制限で、最終的に行き着く先が、人格の破壊。
そうすることで、対外的な魔力操作が可能に、つまり、その魔人の行使する魔力を、誰かが使えるようになる、ということ。
その、過程において、ある期間、性的に固執させる時期がある。
(それが、今のさっきの奴の、状態・・・。)
その期間に性的発散をさせると、一緒に薬物が少なからず排出される。
(あの男の言い方、だと。排出される事で汚染された魔人の状態が、改善に向かう、感じ、か。)
だから、軍は、そうすることで、薬に犯された魔人を救おうとしている。
そうする・・・って、
(誰、が?)
『マザリモノの大隊長がその目を使って騙し通すわけか。』
「 ・ ・ ・ ・ ・ 。 」
ぐっと、息を飲み込む。
目の前がぐらりと、揺れる。
(違う・・・。)
ふと、汚染された魔人の女性が、溶けるような顔で、すがりつくのが、思い出されて・・・。
視界に綺麗に整備された地面と、自身の両足が、少しだけぼやけてうつる。初めて、自分の息が、少し上がっているのに、初めて気付いた。
その様を嬉しそうに、楽しそうに、グレッタが舌舐めずりをする。
先程、力任せにシオンに伸し掛かっていた魔人を蹴り飛ばした際に、あのマザリモノの大隊長が垣間見せた本気の怒りに、グレッタは目を付けていた。
目の前の整った容姿の人物は、きっと・・・
「あぁ、ほら・・・」
促す様に、顔を上げたグレッタが顎でその光景を指し示す。
無言のまま、シオンは顔を上げない。
それを、酷く愉しげに見つめながら、グレッタが言葉でその背を、押した。
「やっぱりねぇ・・・」
「どこでシケ込むつもりやら。あんなにくっついて・・・」
「結局やってることは、私等もアイツ等も、変わらないって事だ──」
「違う。」
唐突に、凛とした、シオンの声が、響いた。
「もう一度言うが、断じて、違う。」
間違っても、有り得ない。それだけは、即答できる。
グレッタの言う通りに、シオンが顔を上げた。
強い眼差しが、グレッタを射抜く。
シオンの視線の先には、驚いた様な、怯んだ様な、グレッタの顔が映った。
「テメェ等下卑た連中とは違う。一緒にすんじゃねぇよ、くだらねぇ。」
「ははは、だって、ねぇ・・・?」
「アイツの眼を正面から見たこともない野郎が、アイツを語るな。」
「眼?あのマザリモノの赤い眼がなんだって──・・・」
「そんな風にしか見れないのかよ、残念だな。」
心底、憐れみを感じて。
吐息交じりに、蔑む声。グレッタがピクリと反応する。その顔がいびつに引き攣り、どろりと濁った眼をシオンは見下ろす。
あぁ、そんな男の、言葉に踊らされそうになった自身の不甲斐なさを、心底、恥じた。
─── 信じるのは、誰だ?
スッと立ち上がって、膝の砂埃を払う。
一つ、ふっと深呼吸をして、刀の位置を直した。
「本当に大切なものが見えてないなら、それこそ、その眼に意味なんてねぇな。」
「───・・・ッ」
「そんなテメェの言葉に一瞬でも揺さぶられたのは、恥だ。」
側の、レンガ造りの階段へ、腰を下ろし直す。ゆっくりと、足を組む。
逆に、焦燥感にかられたのか、グレッタが少し引き攣ったようなぎこちない作り笑いを浮かべて、
「た、たかが魔人に、そこまで身体を張る理由が、全く分からないが───」
「そこに身体を張れるんだからこそ、アイツは良い男なんだろ?」
─── わかんねぇの・・・?
と、半ば惚気にも似た言葉に、精々余裕綽々の淫靡な笑みを浮かべてみせて。
すれば、グレッタが、気圧されたように、ぐっと奥歯を噛み締める。
せめてもの手札に、と。あのマザリモノの大隊長の、大切な者の情報と動揺を加えようとしたのに。
揺さぶり、手に落ち、出来るなら逃走の為の手駒に、人質に、と考えていたはずだった。
それが、一体どうしてか、繰り出した精神的な揺さぶりと、動じた様子は見られず。
(いや、一度は確かに・・・!)
それどころか、笑みすら浮かべて返してくる。それでは意味がないのだと、グレッタが奥歯をギリギリ噛み締める。
今なら、チャンスなのだ、と。
あの大隊長が場を外している。
平隊員と、目の前の相手、少し離れた場所に数人いるだけなら───・・・
グレッタが、決意を秘めて、顔を上げた、瞬間
「動くなよ・・・。」
「ひ・・・っ!」
突き付けられたのは、小太刀『夕凪』。
さっきまで座って足を組んでいた筈の、人物が、今や至近距離で、こちらの喉元に珍しい刀を突きつけていた。
その、早業と。
先ほど見せた、護衛と称された男二人を容易に叩きのめした腕と。
刀の先端が喉元に当たる僅かな痛みに。
グレッタは小さくうめき声をあげた。
同時に、シオンは、大刀『朝風』をも、スッと抜き放つ。
あぁ、ここまでか、と。
グレッタは、今度こそ、諦めた様に目を伏せた。
しかし、シオンは・・・
「で、ずっと気にはなってたんだけど・・・。」
「・・・・・。」
「アンタ、誰?」
シオンの大刀が、グレッタを押さえつけていた、隊員へと向けられた。




