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Lapis-landiA  作者: 八広まこと
Season2

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紫黄水晶(アメトリン)4


 ルミナスプェラの首都から大きく北東に約300キロ。

 通常ならば移動に馬車を要し、七日は見積もる必要がある、国境付近の街『カルベラ』

 国境付近だけあって、軍の駐屯所もあり、比較的治安が保たれている。その為か、ルミナスプェラでの中でも首都に次いで賑やかな都市となっていた。

 町の中心にある噴水がシンボルであり、レンガ造りの、背が高い建物が広い路地の両脇に連なる。その一階がそれぞれ店舗になっており、食品や菓子、カフェやレストランといた店が多くの客を抱え、賑わいを見せていた。

 夜になれば、一層華やかになり、酒を嗜む店には連日、国境を超える為にやって来た旅人や商人隊が、大勢で、ルミナスプェラ最後の夜を楽しんでいた。


 カルベラの中でもそれなりに豪華な宿の一室で。

 一人酒を楽しんでいた男が、時計を確認する。十時を示したそれに、開けっ放しの窓の外をゆっくりと確認した。心地よい風が入り、男の茶色い長い髪がゆっくりと揺れる。

 夜の帳がおりて、華やかな灯りの装いで彩られたその町を見下ろしながら、男がふと物思いにふける。手に持ったグラスの中の琥珀色の液体が僅かに揺れた。

 あの時も、こんな夜だった、と。



 戦争終結の喜びに沸いた街。持ち寄った火をランプに灯し、人々は勝利を歌い、悦び踊った。

 自分もその中の一人だったと。

 近所に住んでいた、思い人を待つ少女が、きっともうすぐ帰ってくる、待ちきれないと破顔して、この手を取った。その笑顔を見て、ホッとしていた。もう、この花の様な笑顔の少女が涙にくれるのを見なくて済むと。


 そう思っていた、時―――

 

 その顔が、不意に、燃えた。

 燃えたのだ。突然。火が少女を包み込んだ。


 咄嗟、燃え移るよりも先に手を離して、衝動的に距離を取る。

 目の前で煌々と燃え続ける、少女の悲鳴が、耳にこびりついた。

 ナニが起こったのかわからないと、周囲を見渡した、瞬間。

 今の今まで、戦勝終結の喜びに浸っていた街の人々の、ほとんどが燃えていた。それだけじゃない。木も、花も、建物も。

 ようやく空を見上げて、気付いた。


 火の雨が、降っていた。


 しとしと、と。


 このくらいなら傘はいらない、そんな程度。


 だけど、その身に降り注ぐのは、雨粒、ではない。


 火の雫。

 触れると、燃える、火の雨。


 自分が理解するよりも、先に、背が弾けた。

 ただ、それよりも、痛みよりも。

 燃えかけた背後の建物へと飛び込む。二階の、一番手前の一室。

 自分は何かを叫びながら扉をこじ開けていた。ようやく開いた扉の先には、燃え広がる部屋と、


 愛しい人の、笑顔、が、火にくべられる光景。


 そこまでも思い出し、男はグラスの中の液体を一気に煽った。 


 と、部屋の扉を叩く音がする。


「はい、どうぞ。」

 男がソファーでくつろいだまま、丁寧な返事をした。すれば、ガチャリと扉が開いて、屈強な男を一人従えた女性が入ってくる。お世辞にも美人とは言えないが、それなりに豊満な体を揺らして、赤い唇をニコリと吊り上げる。

「こんばんはグレッタ様、良い夜ね。」

「こんばんはヴェティさん。時間までは大分早いようですが?」

 予定にない客の訪れに、椅子をすすめるよりも先に要件を問いかけて。それでも声色は特に焦った様子も見せずに、グレッタと呼ばれた男は優しい笑顔を崩さなかった。

 ヴェティと呼ばれた女性もまた同様に、つり上げた唇のまま、ただ、少し困った様な顔をしてみせ、

「ちょっと、予定外の事が起こってしまったのよ。」

 ふうと、赤い唇からため息を零して見せる。

「ほう、それは気になりますね。どうされました?」

「犬共が。」

「なるほど、それはそれは。」

 短い単語が示す言葉は、想定よりも少し悪い状況の変化ではあった。

 秘密裏に秘密裏に、進めてきた事柄ではあったが、それでも何処かから漏れてしまった匂いを、『犬共』が嗅ぎ付けた、と、


 少し腕組みをして、それでも柔らかい表情を崩すことはなく、

「うーん、困った。『商品』はそれでも頂いて行くことはできますかねぇ?」

「そうしたいのは山々だけど。何分、目立つ子達だから。」

「でも、コレを逃すと、汚染が満たってしまうのでしょう?この目で見てから、どちらに利用するのか判断しなくてはいけないので。」

 カタン、とグラスをテーブルに置いて、グレッタは少し探る様な眼でヴェティを見上げれば、品定めをするような目で見下してくる女を静かに見返す。

「期限切れでも、色々使い勝手はいいんでしょう?」

「それはそうなんですが・・・、何分、こちらもお客様をお待たせしているんですよ。」

「あら。」

 愉快そうにヴェティが唇を吊り上げる。少し舌を出して、妖艶にも見える笑みを浮かべながら、

「そのお客様はアッチのご希望。」

「そうなんです。なんせ見目はよいですからねぇ、アレ等は。」

「そう・・・。」

 少し考える様に、品のある宿の天井を見上げながら、

「なら、こっちが選別するので良いなら一人だけを先にお渡ししましょう。それなら、速やかに対応もできるし、搬送も楽でしょ?犬に追い立てられるにしても、逃げやすいわ。」

「先方の好みもありますが、この際は仕方がないでしょうかね。ついでに『アイファ』の予備投与も、念のため準備をお願いできますかねぇ?」

「そうねぇ、それはサービスとしておきましょう。」

「ありがたいですねぇ、感謝しますよ、ヴェティさん」

 すれば、ヴェティが床を指さして、

「この宿の、地下階。ご案内しますわ、お客様。」

「・・・なるほど、そういう事でしたか。」

 取引に、この街を指定したのは自分だったが、宿の指定はヴェティだったな、と、グレッタが頷く。


 魔族専用の奴隷商人、と言えば『ヴェティ』の名前がまず真っ先に出てくる。

 もちろん本名は不明だ。

 時間はかかるが、ただでさえ捕縛が難しい魔族、とりわけ魔人をも、ほぼ確実に確保する、ということで、裏の世界での彼女の名前が広がった。

 ただし、驚くほど値が張る。

 それでも、高名な彼女と知り合えたのは幸運だったと、グレッタは嗤う。ゆっくりと立ち上がってヴェティの前へと立った。

「きちんと三人分買いますから。また後日、お願いしますよ?」

「そうねぇ、犬の追跡を交わしたら、こちらから連絡手段を送るわ。」

「頼みますね。」

 すれば、ヴェティがくるりと丈の短いドレスの裾を翻して先を歩き始めた。

 顔に似合わず、仕草は意外と優雅だ。顔も、愛嬌があるといってしまえば、それなりかもしれない。肩で切りそろえた黒髪の、自身と同じ青い眼は、やはり同様に濁ってはいるけれど。


 そのまま、三人が三階から一階へ、ゆっくりと、下りていく。


 途中すれ違った、愛想のよい給仕係は何も見なかったように客向けの挨拶だけをグレッタに向けて。その様子にグレッタはますます笑みを深くした。


 従業員専用の扉を経て。

 トイレに至る扉を開ければ。その右側の壁を、ヴェティに追従していた男が強く押すと、音を立てて壁が外れた。

 隠し扉になっていたそこには、更に長い階段が続く。ヴェティがゆっくりと下りていく。次いで、グレッタ、そして入り口を丁寧に閉じた男が続く。


 狭い階段の先には、石壁の、細く薄暗い通路が伸びていた。

 数百メートルほど、歩いて、もはや完全にその宿の敷地からは外れただろうと、グレッタが考えた時、ぽっかり開かれた少し広い空間に繋がる。

 低い天井の広場。


「ごめんなさいね、グレッタ様。」

「・・・どうしました?」 

「取引、今からでもいいかしら?」

「今、からですか・・・?」

「馬車と人手はサービスするわ。あと、最悪時の『保険』もつけてあげる。」

「『保険』?」

 グレッタが訪ねると、明確に応えないまま、ヴェティがクスクスと笑う。そうして、ひらりと裾を翻した彼女のすぐそばには、牢屋が一つ。

 そこには、


「・・・・・。」

 茶色い髪に、赤い赤い眼を潤ませて。

 しなやかな肢体を石の床へ投げ出した、魔人の女性が、いた。


「こちらならどうかしら?今回の品の中では一番の顔と体をお持ちよ?」


   ―― 勿論、味見はしていないわ、本当よ?


 ぺろりと意味深に舌を出して、ヴェティが笑みを深める。


「ああ、あと、ね?」

 ふいっとヴェティが後ろの檻に眼を向ける。

 そこには、もう一人の魔人が床に転がる。同様に赤い眼が潤み、はあはあと荒い息を吐き出す。違うのは、

「珍しいでしょ?男性体。」

 促されてみれば、その魔人は確かに男性だった。

 元々の魔力量にも左右されるが、魔人捕縛の際にはまず男性よりも女性を狙う。それは、魔力を抑え込んだ後に腕力勝負になった際にも制圧しやすいからという単純な理由だ。


「どうします?元々、三人の内、可能なら男性体をもって希望だったから。コッチをお渡ししても構わないわ?」

「・・・・・。」

「ただ、お待ちのお客様の事を考えるなら――」

「男の方を、お願いします。」

 少しの考慮の後、グレッタは男を選んだ。彼の目的のためには、珍しい検体は手に入る時に集めておきたい。

 男性体の魔人が転がる檻の前へ歩み出て、歪んだ眼差しを向けたグレッタは、重むろにその檻の柵を揺らす。びくりと跳ねた男が、荒い息を吐き出しながら、怯えた視線をこちらに向けてくる。

 それでもその身体は撃ち込まれた『アイファ』によって酷く昂ぶっていた。女性よりもわかりやすく、明確な印で欲望を伝えてくるその魔人に、グレッタは軽蔑の笑みを浮かべながら肩を震わした。


 そんなグレッタを愉し気に見つめながら、ヴェティが


「商談、成立ですわね。」 


 突き従う男に合図を送り、搬送の準備を進めながら、ほくそ笑んだ。




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