紫黄水晶(アメトリン)2
「常時紅い目・・・。だったら、エッダですね。エッダ=ファーレン。」
「エッダ・・・。」
「公にはされてないですが、ルミナスプェラの首都にある、軍の魔族保護地区に居住している青年です。」
「魔族、保護地区・・・。」
「言うまでもないですが、魔人、ですよ。」
シオンがクロウに頼んだ用件は、三日後に、ファウストの計らいで、彼の副隊長であるエルカ=レジーが迎えに来る、という形で叶った。
軍の敷地内から、待機していた田貫と班田の力で、現在地よりも約二キロほど離れた場所。徒歩で向かわなかったのは、特別保護地区にて、その入り口が普通では侵入できないようになっていたから。
森の中をすこし歩くと、レンガ造りの三階建ての建物が見える。他にまばらに民家が置いてあり、時折、人とすれ違う、が。
「・・・・・。」
誰も彼も、エルカとは笑顔を交わし軽い挨拶を交わす。が、シオンを見るや否や、眉根をしかめ、そそくさと離れていく。
その様を見て、すこし申し訳なさそうに、エルカがシオンを見た。
「先程も、伝えましたが・・・。ここは、保護地区です。第三大隊が集めた情報を、ファウスト様とリィン様が検討し、第四大隊が実動部隊として救出に向かい助けられた、魔人、魔人種、魔人亜種、達の。」
「・・・・・。」
「故に、彼等は、人に対してよい印象は持っていません、カケラも。」
「・・・・・。」
「私や、田貫班田は、軍にずっと所属していて、よい人々に触れてきたから。だから、まだ、人に対して希望を抱いていられます。だけど・・・。」
エルカは、その眼で告げる。人は、信頼できないのだ、と。
それは当然の事だ。人に奪われ、人に犯され、人に傷付けられてきた。必要とあれば、何処までも残酷に、残虐になれる。人とは、そういうものだというのを、同じ人として、シオンはよく理解している。
それでも、
「・・・・・。」
侮蔑と嫌悪の視線にさらされ続ける事が、これほど苦痛なのを、シオンは改めて知った。散々不快な視線や好奇な視線に晒されてきたけれど、その、眼だけで、息が詰まり、殺されそうになるのを感じる。先刻から、腰に下げた愛刀から手が離せないでいるのは、そのせいかもしれない。そして、その自分の姿勢が、また、新たな恐怖と嫌悪を生み出しているのだと、理解はしている。
それでも・・・。
「シオンさん・・・。無理は──・・・」
心配したエルカが、シオンに、声をかけた、時、
「あ、可愛い子みーっけ。」
「・・・・・っ!?」
背後から不意に抱き締められて、ずっと気を張っていたシオンが、咄嗟に抜刀を仕掛ける。その手を容易に抑え、優しく撫でながら、背後の人物がシオンの耳を、一つ、食んだ。
「・・・んっ!」
想定外の触れ合いに驚いて過剰な反応を示したシオンに、小さな笑みを一つ落とせば、一部始終を見ていたエルカが小さな悲鳴をあげた。
「ク、クロウ大隊長・・・ッ!」
「やっほー、エルカ。元気?」
シオンを背後から抱き締めたまま、クロウが小さく笑いかけてエルカに手を振る。エルカは、というと、クロウのシオンへの様子に勝手がいかないという風に顔を真っ赤にして。
遠くからコチラを牽制するように侮蔑の視線を向けていた幾人かの魔人が、まるで、『見てはいけないものを見たような人』と同じ様に、慌てて視線をそらしてみせるから。
さっきまでの視線とあからさまに変わる様子に、シオンがふるふると震える。
わたわたと慌てた様のエルカが、
「フ、ファウスト様は、元気でふっ、けど!シオンさんに、ナニを!!」
「いやいや、この子、オレのだから。可愛い可愛いオレの彼女だから。」
「か、彼女!!?彼女ぉぉおおお・・・っ!!?」
「あれ?知らなかった?絶対翁か聖女サマから話言ってんのかと。てか、どっちで──・・・」
瞬間、
背後からシオンを抱きしめつつ油断していたクロウの身体が、大きく、宙に舞った。
見事に決まった背負投げ。
地面に転がした身体を、見事な反応速度でその首筋に小太刀を当てる。
もはや、色々と、いっぱいいっぱいだったシオンが、瞳孔を引き絞った状態で、ゆっくりと、だけど、荒い息を吐く、から・・・
「・・・連日、言っている、ことだが・・・」
「・・・・・。」
「・・・不意打ち、人前は、絶対、やめろ。いつか、うっかりで、テメーの首を、はね飛ばすぜ・・・?」
「す、すみま、せ・・・。」
呆気に取られたエルカの前で・・・
もはや凶悪なまでの照れ隠しを首筋に受けたクロウが、冷や汗をかきながら、降参の両手をあげた。
「と、ともかく、でふね!」
閑話休題・・・。
エルカが真っ赤な顔のまま、案内した場所は、遠目にも見えていた、レンガ造りの3階建ての建物だった。そして、ソコに、隣接した小さな民家を指さす。
「ココが、例の、エッダの自宅です。彼は、お姉さんが療養者でもありますから、よくこのサナトリウムにも顔を出しますよ。」
「・・・・・。」
エルカの案内を受けて、シオンはこじんまりした民家の前に佇んだ。カーテンの閉められた、窓を見上げる。
正直を、言うなら、彼のところに来たとは言え、何をどう言えばいいのかは、分からない。
ただ、
(何も知らない、まま、では・・・)
ふと、アルベルトや自分の兄の顔が浮かんだ。
何も知らないままだった。
何も知らないままだったから、動けなかった。
だけど、それに、気付けた。
だから・・・。
想いふけるシオンの横顔を眺めながら、エルカが、手をもじもじと動かす。
「わ、私は、このあと片付けなくてはいけない用件があって、その、送ることが出来ないので・・・。田貫と班田があとで来ることに、なって、ます。」
「ありがとう、エルカ。ファウスト翁にも、よろしく伝えてくれ。」
「・・・・。」
そうして、素直に感謝を述べる、シオンの柔らかな笑みを見れば、エルカが少し目を潤ませながら、
「・・・シオンさん。」
「・・・どうした?」
「本当に、女の子、だったんですね。」
少し、切なそうな目でコチラを見つめるエルカに、シオンは、そっちか、と背中に一つ、汗をかく。
「・・・なんか、ごめんな。」
「いえ、いいんです!ホッとしました!」
「・・・・・。」
それ以上、何も言えず。ニコリと笑う彼女の眼に薄く浮かんだ涙を見止めて。
ぺこりと、頭を下げて帰宅するエルカの背をシオンは見送りながら、
「・・・テメェ。」
「ん?」
背後の飄々とした様のクロウに、視線を送る。
「コレが狙いか。」
「・・・なんか、ね?以前軍の敷地内でお前と遭遇したじゃない?それ以降、どうにもエルカ嬢がそわそわしてるって聞いたから、さ?」
まさか、なぁ、って思って、と。
酷く大人気ない様子を隠しもせずに、クロウが鼻で笑う。
自分より(外見上は)若いエルカの、仄かな恋心すら、嫉妬心を隠しもしないクロウに呆れて、思わず一つため息をこぼす。
そして、気を取り直し・・・。
シオンは、目の前の民家の扉を一つ二つ、叩いた。
響く、木製扉を打つ音に
「・・・・・。」
反応は、ない。
もう一度、叩く。
待つも、同様に。返答は、聞かれず。
少し迷ったシオンがその家壁に、よりかかる。その隣を当然の様にクロウが寄り添った。
「別に・・・お前が気にする事じゃないんじゃない?」
「わかってる・・・。」
「じゃあ、なんでここにいんの?」
「・・・それ、コッチもお前に言いてぇよ。」
「そりゃ、お前がここにいるからでしょ?」
「・・・仕事しろよ。」
「してますー、もう一つすませましたー。」
「ホントかよ。」
他愛ないやり取りにシオンが小さく笑う。
時折、遠くから不躾な視線が降り注ぐのを、クロウはさりげなく牽制しながら、
「・・・・。」
少し緊張した面持ちのシオンの、整った横顔を眺める。
まさか、人に憎悪を持つ魔人達が住む場所に、ファウストがシオン(人)の立ち入りを許可するとは思わなかった。
魔族の保護地区。文字通り、主に奴隷として囚われていたり人に追われて隠れていたりしていた魔族達を保護する為の場所だ。
本来なら、ルミナスプェラでは人も人以外も平等に扱い暮らせる、としている。
しかし、実際問題・・・
宗教的に教え込まれた経緯からか、人は人外に対し、未だに根深い軽蔑の視線を送り、時としては差別を繰り返す。
そして、それを受け続けてきた人外──魔族達は、当然の様に人を嫌う。
奴隷に堕ちる事なく暮らしてきた魔族でさえ、今や人への警戒心は強い。ましてや、奴隷に貶されいびられてきた彼等にとって、人など、害悪以外の何者でもない。
シオンが無事なのは、この保護地区が、ファウストの力で魔力を行使できない場所となっているから、だろう。魔力の性質や強さは差があれど、それでも、人とは違う力を容易に行使できる彼等に、人一人の力ではどうにも太刀打ちできないことも多い。
そんな、両者の関係であるから。
実際、ルミナスプェラでも、明らかに魔人や魔人種である事をオープンにして暮らしているものは、ほとんどいなかった。最も、ゼロではなく、変わり者というのもいるにはいるのだが・・・。
(それを言ったら、自分もそうだろうし・・・。)
診療所への書類の提出、なんて、部下が受けていた仕事を、ついでだからと引き受けて。
もう一つ、懸念事項をファウストに伝えれば、ニヤリと笑うその老獪に、
(楽しんでやがる・・・。)
と、クロウは小さく舌打ちする。
人にとっても魔族にとってもハミダシモノの自分が、珍しくも、シオンが来るこのタイミングで、この場所への立ち入りを許可されたのはどういう意図があったのやら、とクロウ苦々しげに眉根を寄せながら。
(あぁ、でも・・・。)
自身の中に芽生えたナニかを目指して進むあの子は、堪らなく健気で可愛いし、何より綺麗だ。
この子が目指すものの中に、もしかして、と。自分との未来が大きく開かれるのを、どうしても、どうしても夢見てしまう。
結局自身は、何処までいっても、自分の欲求に正直なんだよなぁ、と小さくため息をついて、
「どうする?」
「なに、が?」
「サナトリウムまで、行くけど。ついてくる?」
「サナ、トリウム・・・。」
すぐさま、行く、と頷きながら壁から離れるシオンに手招きする。
「んじゃ、ま、行ってみるか。別に立ち入り禁止ってわけじゃないから大丈夫だよ。」
「・・・・・。」
そう告げて、前を歩き出したクロウの、歩みが、
ふと、止まった。
「ぁ・・・。」
前から、歩いてきたのは少年。年の頃十を一つ二つ越えたくらい。茶色の髪と
(・・・紅い目)
『中央種』とも違う。紅い、紅い瞳。
あの時、シオンから逃げ切ってみせた赤い目の少年。エッダ=グリフィスが、そこに立っていた。




