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Lapis-landiA  作者: 八広まこと
Season2

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紫黄水晶(アメトリン)1





「おい、待て!」

 器用に屋根の上を逃げていく少年を、シオンは必死で追いかけていくのに、中々追いつかない。

(くそ・・・ッ!)

 舌打ちしながら屋根を屋根を飛び越えて、屋上の囲いを乗り越える。一歩間違えれば上から真っ逆さまのアクロバティックな動き。シオン自身はまだ幼い頃に刀の秘儀と共に、身体技能の訓練は厳しく受けていた。それが女だとしても必要なことだから、と。しかし

(こんな、子供に・・・!)

 まるで小動物が駆け回る様な素早さに、シオンは追いつくのはやっとだ。すでに、もともといた菓子屋からは、遠く北へ二キロ程は移動しているのに、その速度は明確には落ちていない様に見える。


 広く開けた屋上を囲う柵に足をかけて、ばっと空に飛び込んだその背に、シオンが思いっきり上体を伸ばし、更にはぐっと手を伸ばした。


 なのに。


 指先が少年の襟首をかすめて、届かない。

 そのまま隣の屋根に着地した少年がちらりとこちらを見る。

「―――・・・ッ!」

 その瞳に、シオンが大きく眼を見開いた。


 赤い、眼。


( 人外・・・!? )


 誰かと同じ色の瞳をした少年が、こちらをまじまじと見つめて、にやりと、笑う、小さく舌を出す。そうしてくるりと背を向けて消えていくのを見つめて、シオンは・・・


「あの、クソガキ・・・。」

 米神を引くつかせて、悪態を吐いた。

















 シオンが居を構える飲み屋街から、通りを一つ挟んで反対側の、僅かに北に行った道には下町を思わせる様な商店の並んだ通りがある。昼間はいつも人通りもが多く、時々出店も並ぶ街の台所。セントラルやセカンドセントラルのような煌びやかで豪華な通りとは違った、庶民に馴染みの、この街に住む人間達が良く訪れる場所、といったところだろう。


 その『商店街』では、最近、小さな悩みが発生していた。


 いわゆる、盗みが横行している、という。

 治安部隊は今や町ではなく、国主体で軍が統括はしている。しかし、万年人手不足な中で、十分な対策が取られているとはいいがたいのが本音だ。今までは建国祭の事もあり、治安維持を目的として人でもしっかりと配置されていたが、そろそろ街の治安を目的とした部隊の整備が早急に必要であろう。

 シオン自身にも、正直その手の仕事が増えていた。明らかな治安の低下がみられないのはそこ住む人々の善意と、協力による賜物でもあろう。それでも、またいつ外から無頼漢共が我が者顔でやってくる、とも限らない。

 この国の幼い国家首主もその辺りは少し決めあぐねているところもあるようだ。適当な人物も今のところ選出出来てはいないらしい。


 そうこうしているうちに、目に余るようになったのが、盗み、だという。


 軒先の商品はおろか、店内で眼を光らせている品物すら、気付けばなくなっているという。決して多い数ではないが、それも日付が重なれば主達に重くのしかかってくる。


 なんとかその盗人を捕まえてほしいと、シオンが依頼を受けたのは三日前の話だった。

 主に食べ物を売る店の商品が狙われている、というため、なれば大方該当するのは、日々の生活に困る浮浪者や孤児たち、だ。なるべく大事にしたくはない、と思いつつも、店主たちの気持ちもわかる。

 ある店に狙いをつけて、シオンはその店で辛抱強く相手が出るのを待った。

 そして、今日、フードを深くかぶった少年が入り口のパンを二つ三つと懐に入れるのを認めた。そのままそ知らぬふりをして店を通り過ぎするのを確認し、その後を追う。

 すぐの角を右へと曲がっていくから、続けてシオンも、右折する、と、


「―――・・・っ!?」

 その姿が跡形もなく消えていた。一度奥を見据えて、背後を確認。そしてバッとシオンが顔を上げれば、

「やべ!」

 まさか確認されると思わなかったのか、こちらを見ろしてほくそえんでいた姿が、慌てた様に、屋根の向こうへと消える。

 すぐさま、傍のごみ箱を踏み台にして、窓の淵に指をかける。上体を持ち上げて、壁の出っ張りに足をかけては、再び手を挙げ、片手で屋根の端を掴んで更に上へ。


「え?え?うそ?」

 シオンの体が屋根にまで上がってきたのが見えて、思わず足を止め、狼狽した声が聞こえる。

「あ、上がってくるの!?」

 慌てた様な声は、体つき同様、少年の物だ。大方十に一つ二つを数えるくらいだろう。もはや確実に自分を追ってくると感じた少年は、シオンが立ち上がるよりも早く背を向けた。そのまま、

「待て!」

 シオンが転がるようにして前へ手を伸ばすのを、寸で避けては、

「―――・・・ッ!」

 逃げる様に隣の屋根へと飛び移る、そのまま、今度は一度も止まることなく逃避行を始めた。 


 そして、冒頭となる。


 結果として逃がしてしまったシオンだったが、それでも、その顔と特徴は抑えている。しばらく警戒を続ければ、おいそれとはこの商店には近寄れないハズだ。


 ただ、解決には、ならない。


 あの子供が本当に飢えているのだとしたら、これは一時しのぎでなんの意味もなく、何より、あの少年自身も何も救われない。本当に『人外』、しかも、魔人や魔人種であるのなら、いくらルミナスプエラとて、まだ十分に暮らすにはあまりにその眼は厳しすぎる。

 

 少年の赤い眼を思い出して、シオンはうーん、と頭を抱える。


「仕方、ねぇよな・・・。」


 誰に言い訳をするでもなく、シオンは上着のポケットから持ち歩くようになった携帯を取り出す。

 ある人物から、持っていて欲しいと手渡された物だ。真新しいそれには、まだ連絡先なんて数えるほどしか入ってないのに、まだ使い方に慣れないシオンがそれでもすぐにかけられるように、と。強制的に登録された短縮番号を押す。


 呼び出し音三コール


『はいはーい?』

「悪ィ、今大丈夫か?」

『ん、お前ならいつでも。』

「・・・・・。」

 そういう軽口も今までなら簡単にスルー出来ていたのに、それがうまくできなくなってる。シオンは頬に熱がこもるのを感じて、つくづく、直じゃなくてよかったと安堵の息を吐いた。

『あれ?どした?大丈夫?』

 電話越しの声が、少し心配そうな色を含むのを、思わず首を振って、なんでもない、と答えながら、シオンは要件を伝える。


「南の商店街の通り、なんだが―――・・・」


 赤い眼の少年の件を説明すると、電話越しの相手の声が僅かに興味深そうに変化する。


「へェ?なるほどね・・・。」


 赤い眼は魔人や魔人種の持つ特徴だ。ただ、本来ならそういった露骨な特徴を晒すことを、彼らは嫌う。迫害や捕縛の対象になるからだ。

 少年がその瞳を晒すのは、隠すことができない、そうせざるを得ない、ということなのだろう。

 今までに、赤い眼を晒す者は世界ではただ一人しかいない。

 自分以外の赤い眼の情報に、電話の相手は、面白そうに唇を吊り上げた。


「・・・なにか、知ってるか?」

「爺さんなら、何か知ってんだろうね、聞いとくよ。」

「悪いが、助かる。」

「いや、正直治安維持まで十分手が回ってないのは事実だからね。有志でそうやって見回ってくれるのはありがたいのよ。」


  ── 分かり次第、連絡する。


 と、クロウから返答がきて。

 公ではないとはいえ、軍の第六大隊長のファウストならば、魔人・魔人種に関する情報は把握しているだろう。これで少しはなんとかなるだろう、と、シオンは安堵の息を吐く。


 と、


「で?」

「ん?」

 電話越しの相手が、催促する。意味が解らず、シオンが短い単語で問い返せば。

「報酬。」

「は?」

「対価は?」

「おま、金取る気か!?高級取りの癖に!」

「いらないよそんなの。オレにとってもっと魅力的なの持ってんじゃん。」

「ナニが―――」

「お前の時間、と、・・・言わなくても解るよね?」

「―――・・・っ」

「今日、空いてる?」

「・・・報酬ってそういうことかよ。」

 シオンが、少し眉根を寄せる。本来、自身の時間なんて、そういうもので『支払う』ものなんかじゃ、ない。そういって、事を利用して、自身と会うことを強要する態度が、シオンは少し気に入らなかった。

(そうしなけりゃ、会わない、とか、思ってんのか・・・?)

 臆病者、と、小さく口の中で、噛み潰しては、舌打ちする。

「別に、そういう言い方する必要ねだろうが。」

「ん?」

 はぁ、と一つだけ、ため息を零す。

「報酬とか、関係なく、ただ、会いたけりゃ来れば─―・・・。」

「今日行くから。膝の上でしっかり甘えて、キスしながら、色々目一杯触らせてもらうから。」

 食い気味で。一気に電話越しに告げられる具体的な宣言に、シオンが僅かにたじろいだ。

「は!?ちょ!?なんの話―――」

「背中から腰にかけてと太腿はしっかりナデナデさせてください!」

 了承を待たずにブツリと強制的に切れた通話。シオンは思わず呆然と佇む。今頃、一気にやる気があがって、鼻息荒く仕事に没頭している事だろう、定時上がり目指して。



 そこまでが手に取るようにわかってしまう様になってしまって・・・







「―――・・・っ、くそ!」


 途方もない気恥ずかしさに、シオンは、その場でしゃがみ込んだ。




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