EP.8:藍方石(アウイナイト)12
『人災』の脅威が去った後。
戦闘中の連絡手段として、田貫と班田の使用する魔力による遠隔通話を利用してエリザベッタやハルオミと連絡を取り、残党の掃討がおこなわれた。と、言っても概ねクロウたちが対『人災』に動いている間にも作戦は決行されている。また捜索対象のシオンも、偶然にも戦闘の場に出くわす状況で発見できたため、改めて何かをし直す、ということはなく。
ただ、アルベルトが『相手』として見つけてきたであろう、『東方種』の純血の青年は発見できなかった。
疲労困憊で、そのまま地面に転がる田貫と班田を見つめながら、瓦礫に腰を下ろしたシオンが、一度ふるりと肩を震わせた。
完全に日が落ちて空気の冷たさを感じる。各自の持つ灯を頼りに撤退準備を進めるその様子を見ながら、シオンは瓦礫の中へゆっくりと落ちていった姿をぼんやりと思い出していた。
全てが終わってしまったあとで、ただ、シオンに残るのは、アルベルトの献身と狂うほどの愛への探求。
人を狂わせるほどの感情、とは、どういうものなのだろうか、と。
怒り、悲しみ、その人への途方もない愛しさ等。
そこまで、強い感情を、シオンはまだ抱いたことがない。
自身を突き動かす原動力ともなりうる、その強さは、全ての強さの根源へと成り得るのだろうか・・・。
「・・・・・。」
ふと、顔をあげる。周囲を見回せば、時々眼を追っていた筈の特徴的な姿が何処かに行ってしまった。
シオンは辺りを探していると、
「誰、探してた?」
「―――・・・っ!」
思わず声の方を振り向けば、クロウがシオンの肩へと自身の上着をかけては、隣へと腰を下ろした。
携帯式のカップに入ったコーヒー牛乳を手渡す。湯気の沸き立つそれを、受け取れば、その温もりに、シオンがほっとしたような表情をする。
その様を見つめながら、クロウが、
「ごめん・・・。」
「・・・え?」
「オレにしかできない、大事な仕事が一つ、残ってるから。」
「仕、事・・・?」
「そ。だからオレは残業。お前と一緒には帰れない。」
「―――・・・ッ。」
てっきり、一緒に帰れるものだとばかり思っていたと。シオンは少し眉根を寄せる。
うつむいた表情が少し曇っているのが見えて、クロウが、大丈夫、と、声をかけた。
「田貫と班田が送ってくれるし、なんならもうすぐハルやリリも来るよ。」
「・・・いや」
「ん?」
言おうか、どうか。
少し躊躇して、だけど、と。シオンは顔を上げてクロウを見る。
「お前、を、待ってるのは・・・。」
「・・・・・っ」
「・・・ダメ、か?」
「ん?ダメ。」
間髪入れずにその希望を拒む様に、思わずシオンがくっと息を飲む。まぁ、当然か、と。入ってしまった力を息とともに吐き出す。
が、
「・・・そんな事されたら、我慢できないから、ホント。絶対、ダメ。」
ふるふると震えて、口元を手で覆いつつも、耳まで真っ赤な顔は少しも隠れていない表情で、クロウは荒くなりそうな息を押さえつつも、しっかいと喉を鳴らす。
その様を眺めながら、シオンは呆れたようなため息を吐く。
「・・・なんだか、別の意味で忙しい男だな、テメーは。」
「・・・そーですねぇ、ほんと!」
今までの様に少しそっぽ向いたり視線を逸らしたりはせず、クロウは、楽し気にシオンを見返す。
「でも、別にいいでしょ?」
「・・・まあ、な。」
「傍に、いてくれるんだ・・・?」
「そうだな・・・。」
告げられた言葉に、自然のままそう応えて、小さく笑ったシオンに、クロウが僅かに目を見開いた。
その、手に握らせたコーヒーカップをそっと奪い取って、腰を下ろした瓦礫の横へと静かに置く。
そのまま手をとって、肩を抱き引き寄せる。シオンの身体をしっかりと抱き締めて、クロウが仰向けに転がれば、
「い、きなり・・・!」
と、両腕をつっぱって状態を起こすシオンを、下から見上げるその綺麗な目尻が赤いのがたまらなく嬉しい。
さらりと白い肌に滑る短い黒髪が扇情的に映り込んで、クロウを煽る。
「・・・・・。」
つい先ほど、シオンが知らないと自覚した強すぎる感情を、クロウは確実に、理解をしていた。
どうしようもないほどに、焦がれる、という事。
その頬を両手で包んで、静かに引き寄せて・・・
「いた!シオン!」
「・・・げっ、ボスも。」
聞き慣れた声に、シオンの意識が揺らぐ。それを見て捉えて、クロウが、無言のまま頬から手を離した。
土埃と返り血で汚れた服のまま、リシリィと、次いでハルオミが駆けてくるのが、二人の視界に入り込んで、シオンはそちらに眼を向ける。
「リシリィ!ハルオミ!」
ついには、自身の上からいなくなった相手に、クロウが露骨に舌打ちした。
「・・・最悪なタイミング。」
「そんなの知らない。」
駆け込んで来たシオンに、見せびらかす様にしっかりとしがみついて。リリはTPOをわきまえない上司を鼻で笑い飛ばす。追いついたハルオミも、小さく頭をかかえてみせた。
「こんなとこで盛ってんのが悪いので!」
「盛ってねぇ!・・・もう、盛っても良いかお伺いを立てようかとは・・・。」
白状した、クロウからシオンをより遠ざけるように引き剥がして、ハルオミとリリは目を剥いた。
「避難!」
「ついでに踏み潰しておく?」
「怖・・・ッ!!」
リシリィが右足をすかさず掲げ、そのまま、本気で振り下ろされるのを、クロウは間髪入れずに下半身を捻って避ける。
「待て待て待て待て!!本気だった!今本気だったよ!?」
「勿の論。」
「嘘ぉ!?オレ子供は三人計画してんだけど!?」
「・・・そのふざけた計画諸共潰そうか?」
「テメェにオレの幸せ家族計画踏み躙る権利ねぇよ!」
「その計画に巻き込まれてる可愛いあの子を守る義務がある、軍人だから。」
「オレも軍人だわ!」
「それ、ホント、残念。」
「ああ、もう!二人ともそろそろ撤収準備完了なんで、戻りますから!」
そのまま止まらない二人の不毛なやりとり。
遠くから手を振って合図を送るエリザベッタの姿を認めたハルオミが、慌てて二人を止める。
そんな三人を見つめながら、また、日常に戻れると、シオンは心からの息を一つ吐く。
ただ・・・、一つ、だけ
『子供は三人計画して──』
『その計画に巻き込まれてる──人』
「・・・・・。」
「・・・そんな相手が、いたのか。」
先程のクロウとリシリィのやり取りを思い起こし、二人が叫んだ台詞を拾って。シオンが導き出した結論。
ぽつりとシオンが呟いた言葉は、幸か不幸か、誰の耳にも、届かなかった。
完全撤収から、45分程、経過。
一人レグラリア跡地へ残ったクロウが、瓦礫を退かし、周囲の索敵を行いながら目的のモノを探し続ける。
それが『物』なのか『者』なのかは、息をしているか否かで変わるのだが。
退かした瓦礫の隙間から、不意に聞こえた僅かな呼吸音に、クロウがようやく、と言ったように目を細める。
周囲の瓦礫を、一つ、二つと、丁寧に退かしていけば、映り込んだ光景に、クロウが唇を吊り上げる。
「あァ・・・、見ーつけた。」
「・・・・・。」
両腕の肘から下を失くした『人災』アルベルト=ルデラックが、まさしく虫の息と言った様相で地面に転がっていた。墜落した時に落ちた岩壁に足をぶつけたか、それとも潰されたか。右足の膝から下が有り得ない方向へネジ曲がっている。
四肢の内三つが機能しない状況では、抵抗らしい抵抗もできないだろう。念の為、周囲に魔力を使用するような痕跡や反応がないかまで、注意深く警戒して、クロウは、アルベルトの、身体を爪先で小突くようにして、意識を確かめる。
「もしもーし、まだ死んでない?」
「・・・マザリ、モノが・・・。」
声に反応したように、アルベルトが僅かに目を向ける。露骨な嫌悪の視線に、クロウが全く同様の眼でアルベルトを見下ろす。
「元気そうでナニよりだわ。」
「・・・・・。」
抵抗する力も身体もないアルベルトが出来る事は、もはや睨見つけるくらいしか出来ない。明らかに荒い呼吸の途中、アルベルトの口角から込み上がった血が口角を伝うのが見えて、クロウが一つため息を吐く。
「まぁ、このままなら数時間で死ねるよねぇ?」
「・・・・・。」
「あの子は、さ?アンタに生きていて欲しいって願ったかもしれないけど?」
「・・・・・ッ!」
露骨にシオンの事を口にすれば、アルベルトは僅かに、痛ましげに表彰を歪める。
「あの子の、自身を蔑ろにするような生き方も?誓いを盾にした自己犠牲的な献身の原因も?テメェが、蒔いた種からの発芽みたいだし?」
「・・・・・。」
「だから、さ。オレとしては、今この一瞬たりとも、てめェに生きていてほしくねぇんだわ。」
「・・・・・。」
唇は吊り上げ、笑みのかたちを縁取るのに、その緋色の眼からは明確な殺意や憎悪が見て取れる。何の抵抗もできず、アルベルトはただ、それを正面から受け止た。
「ただ、こっちも仕事でね。一つ、教えてよ。答えるか否かはご自由に?殺ることは変わんねぇから。」
「アンタ今、多少、頭がマトモなカンジ?」
「・・・ま、とも?」
告げられた言葉に、アルベルトが驚嘆の表情を浮かべた。その様を冷静に、クロウが評価しながら、続ける。
「戦争回避に尽力するほど優秀なオブシディアンの長兄の『従者』が?いくら最愛を亡くしたところでココまでトチ狂うのは、対外的なナニかがあったんじゃないかってコト。」
「・・・・・。」
一つは、アルベルトに外部からの精神支配があったのかどうか。
そして、もう一つは、仮にアルベルトが対外的に何かしらの精神支配を受けたとして、リュウシン=シキジマが告げた、シオンが持つ、『退魔の二振り』が何かしらの効果を発揮したのか。
シオンがアルベルトを、斬る前と後、二つの状態を知っているのはクロウしかいない。そこを見極められるか否かははっきり難しいところではある。それでも、直接見ることで何か気付くものがあるかもしれない。
ファウストから直接来た指令を、クロウは引き受けた。
地面に転がったまま身動ぎできないアルベルトに、クロウがその傍へと膝を付き、髪を掴んで顔を上げさせる。
「どうせもう死にてェんだろ?オレもアンタと話すの嫌だから。教えてくれたらすぐに殺してやるよ。」
緋い緋い眼がアルベルトを静かに見下ろす。その、驚嘆と苦悶の表情が、一瞬だけ思考し・・・。
だけど、すぐに、
「ああ、マザリモノの分際で・・・私とよーく似ているじゃない。」
「・・・あァ?」
クロウ同様、イビツに歪む。
「愛したものが、そっぽを向くのが許せないのでしょう?」
「・・・・・・。」
「自分以外をみるのが、自分以外を愛するのが、どうしようもなく許せないのでしょう?ふふ、あはははっははっ!おかしいくらい、私たちは似ている・・・ッ!」
「・・・・・。」
「いいわ、いいでしょう。アナタに殺されてあげる。セレン様の死に様と近しい物があるなら、それはそれで意味があるわ。」
「・・・・・。」
「いつか、アナタのその献身が報われるといいでしょうけど。」
「・・・・・。」
「行き着く先の隣に、セレスティニア様がいないのなら・・・ふふふ。」
「その地獄を、アナタはどのように踊るのでしょうねぇ・・・?」
「なるほどねぇ・・・。」
歪を象る唇のまま、アルベルトがクロウを見上げる。その眼は突き付ける様な眼差しで、冷たい眼のまま受けていたクロウがその笑みを消した。アルベルトの髪から手を放す。頬を地につけて、伏せたその背に小烏丸の切っ先を当てる。
命が消える恐怖では、なくて。
それでも、一度だけ、アルベルトの、身体が小さく、震えた。
「・・・ごめん、なさい。」
それが、誰へと向けた言葉なのかは、言葉に出すよりも先に、
小烏丸の切っ先が、その胸を貫いた。




