EP.8:藍方石(アウイナイト)11
ゆっくと地面に下り立ったリュウシンが、隣のアルベルトに目を向ける。いつもにこやかに、丁寧に返事を返していた相手は、今や顔色を青くし、僅かに震えながら立ち尽くしていた。
その様を一瞥し、リュウシンはアルベルトが何か言いたげに唇を震わせているのを、黙って見ていた。
「ああ、そう・・・」
アルベルトがゆっくと顔を上げる。血走った目を向け、噛み締めた唇から血が滲む。
「貴女は、『オブシディアン』の使命を、放棄するというのね・・・。」
「・・・アンタの道具として生きるつもりがないだけだ。」
わざとシオンを煽るような言葉を選ぶけど、もはやシオンは冷静に返答を伝える。彼女が言う通り、アルベルトをただ盲目的に信じていた──信じたがっていた自分ではない、と。自身の信念のままに行動できる自分だと、宣言するように。
「セレン様を、拒むと・・・。」
「俺の答えは、兄様を拒むことにはならない。むしろ兄様を貶めてるのはお前だよ、アルベルト。」
「違う、違うわ・・・!」
シオンの声に、アルベルトは懸命に首を振る、今までとは明らかに違う様を呈して。
自身の考えを否定し、あまつさえ拒否してくる。そんな忌々しいシオンの姿に、何故か心酔するあの人の姿が重なって仕方がない。それが、彼女の心を酷く揺さぶり、そのためなのか、シオンがアルベルトを拒む度に、胸の奥に引き絞られるような痛みと苦しみが走る。完璧な従者として生きてきたはずなのに、言葉使い、表情が少しずつひび割れ剥がれ始めている。一つに束ねた長い髪が乱れて、ほつれ、届かない何かに足掻いている女の顔が見え隠れしている。
「いや、いやよ。セレン様・・・、私を見捨てないで・・・!」
「・・・・・。」
「ねえ、セレン様・・・。」
縋る様な顔で手を伸ばすその先に思い人が見えて、そして、消えて
「アルベルト・・・」
「『 俺は、一緒に行かない 。』」
「いやァァアアアアー・・・ッ!!!!!」
耳に届くシオンの声が、セレンと完全に合致して、アルベルトが大きく絶叫する。
「無理やりでも連れていく!セレン様を、セレン様をこの世に蘇らせる為に!オブシディアンの血、東方種の純血!セレン様!セレン様ァァアアアアー・・・ッ!!!!」
「アルベルト・・・。」
乱雑な仕草で抜き放った剣技。荒い息、血走った目。全て今までシオンが見た事がない程に取り乱したアルベルトを、シオンは心の底から切ない眼で見つめていれば、クロウが徐にその手でシオンの両目を覆う。
「そんな眼で見るくらいなら、オレが―――」
「馬鹿言うな。」
その手を剥がさせ、クロウが改めて二刀を構える。
「アイツを、斬るのは俺だ。」
「そっか・・・。」
明確な殺意を、言葉に出せない事を甘さと知りつつ、外された手は良しとして。その眼に力があるのを見て、クロウは素直に引いた。無論、眼を向ける相手は一人じゃない。正直、足止めとは言っているもの、斬れるモノなら斬ってしまった方が後にも先にも楽でいいのは変わらない。
「さて・・・。」
抜いた刀をくるりと振り回して、クロウは今一度リュウシンを見据える。彼は、アルベルトの狂気をそばで見ながら酷く涼しい顔をしていた。あまり興味がなさげに。
「ナニ?そちらさんはヤる気あんの?」
「そうだなぁ、少々興が削がれたのは事実だが・・・。」
不意に、リュウシンがシオンを見る。
「そちらのお嬢さんの、刀には興味がある。」
――― なので、もう少し遊ばせてもらおうかな。
ふわり、と、一瞬ゆっくりとしたようにも見えるリュウシンの動作から、一足飛びで、その距離が縮む。シオンが構えるよりも、早く、その頭上へ振る刀の斬撃を受けたのは、彼女の背後から伸びた小烏丸だった。見えなかった一撃に僅かに竦むその背を軽く押して、クロウが行けと合図を送れば、すぐに我に返ったシオンがリュウシンの体の脇を走り抜ける。
残されたリュウシンに、クロウがべぇっと舌を出す。
「悪いね、あの子オレのだから。」
「・・・お前のもの?」
「そ。まだ予定だけど。」
「この世にお前如きが手にできるものがあるのか?」
「死ぬほどあるよ、アンタが見えてないだけ。」
今度は酷く楽し気にクロウが笑えば、背後から飛び交う礫の嵐に、リュウシンが刀を引く。リュウシンがその、礫の群れを叩き落しにかかれば、その隙を低い位置よりクロウが風を這わせた小烏丸を切り上げ、一瞬目を見開いたリュウシンの動きが、遅れる。
その右腕をかすめた刃をそのまま追撃で斬り下ろせば、リュウシンが、受ける様によりも先に、クロウの腹に足撃を加え、その身体を引き剥がした。
その蹴りが確実にヒットする前に、クロウが衝撃を避けるように背後へと飛ぶ。そのまま田貫と班田のいる位置まで一度下がるや否や、すぐ宙を舞う様に駆けた。
今まで付かず離れずで距離を取りつつ牽制していたハズのクロウの動きが積極性を増し、リュウシンが小さく舌打ちする。
「存外積極的じゃないか。」
「ま、アンタの相手だけすればよい状況でもなくなったしね。」
「将軍の愛娘か。」
「・・・さっきからナニ?興味あんの?」
忌々し気な顔でリュウシンに眼を向ければ、リュウシンが小さく笑う。
「なんだ、知りたいか?」
「アンタには興味ないけど、あの子のコトなら興味深々なんで。」
「なんとわかりやすい。」
「教えてくれる気がないなら別にいいよ。」
そのまま追撃を加えて、田貫班田の援護射撃の隙にシオンの方へと眼を向けた、ら・・・。
「───・・・ッ!」
アルベルトらしくない大振りな剣技を避けながら、それでも・・・
(これで、やっとなんて・・・!)
シオンは思わず奥歯を噛みしめる。先ほどもそうだ、リュウシンの決して早いと感じない動きから、不意に詰められた距離。そこからの一撃と、それを察知して容易に受け止めるクロウ。この場の中で自分が一番腕が劣っているという事実に、シオンは歯噛みした。
それでも、何かが変わるわけじゃない。
(アルベルトは、ここで、止める。)
憤怒と絶望と悲しみの表情で、アルベルトは荒い息のままシオンに向けて剣を振る。その一撃一撃がかすめる度に、誰かとかぶるのか、困惑した表情が視界映って
「セレン、セレン様・・・」
「・・・・・ッ!」
「どうして、わたしは、ただ・・・」
「アル、ベルト!」
「セレン様・・・っ!」
鳴き声の様な声が、悲痛な叫びが。交わす剣技に乗って、シオンに届く。それでももう道は変えないと、シオンはその剣技を薙ぎ、受け、払い、その刀を振るった。
大刀で受けたアルベルトの剣を、逸らして、そのまま懐へ潜り込む。
小太刀を振り上げる、よりも、早く
「こ、の・・・ッ!」
いなした剣の、その束から先に戻っては、シオンの頬を打とうとするのを
「―――・・・ッ?!」
不意に動きが止まる。アルベルトの顔が苦悶に歪む。
その手の甲にはクロウの投げたナイフが二本、刺さっていて
(ああ、クソ・・・!)
それでも作ってくれたその隙、を・・・
「アルベルト・・・。」
「セレン様!」
「セレン兄様は、死んだんだ。」
「ひ・・・っ!」
「もう、どこにもいない・・・。」
「いや!いやよ、セレン様―――・・・」
「でも・・・」
「兄様が、目指した物が、ここにある。」
「俺は、それを、守っていきたいんだ、アルベルト・・・」
だから、もう、
「休んでくれ、アルベルト。」
その剣を抱く右腕を斬り飛ばした。返す刀で、もう一方の腕も斬り落とす。
吹き上がる鮮血が弧を描き、アルベルトがゆっくりと、地面へ崩れ落ちる、と。
「―――・・・っ!?」
大地が揺れて、シオンとアルベルトの前に横一線、地割れが起こる。大きく揺れる地面に、シオンも思わず膝を付けば、クモの巣状にひび割れが走り、大地が大きく崩れていく。
地割れと共にアルベルトが横たわる地面が割れる。
「アル・・・ッ!」
衝動的に彼女の方へ向けて走り出そうとしたその身体を
「ナニ?バカなの?」
「―――・・・ッ!」
背後から、腕を回して、クロウが悪態混じりにに引き留めた。
そうして、目の前でゆっくり落ちていく、アルベルトが、一度
「・・・・・。」
うつろな目で、シオンを見る。
もはや、意味のない現実だと、その先に意味はないのだと示すその眼に、シオンは、それ以上進めなかった。
それでも、自分勝手だと思いながらも、希う。
この思いが届くなら、虚構の中で狂いながら生きるのではなく、大事な人を想い、悼みながら、静かに生きて欲しいと。それが彼女の生き方に沿うのかはわからないが
(勝手な、願いだ・・・。)
それでも、狂うほどに、壊れるほどに
(アルベルトは、セリアンを、愛してくれたから・・・。)
ゆっくりと、瓦礫の隙間へと落ちていく姿を見送って、シオンは唇を噛みしめた。
アルベルトを見送る二人の元へ、リュウシンが静かに近づいてくるのを、しっかりと警戒しながら、クロウがシオンの手の中の二刀に眼をやる。落ちていく間際のアルベルトの表情から、今まで暗澹と輝いていた狂人めいた光が消えていることに気付いていた。
それと、リュウシンがここまで興味深く気にする―――・・・
「この子の刀、ナニ?」
「―――・・・ッ!?」
ハッとして振り向いたシオンを、腕に抱いたまま、クロウは背後のリュウシンへ直球の質問をぶつける。
すれば、
「『朝風』と『夕凪』か・・・。」
リュウシンが、シオンすらも知らなかった二刀の銘を告げる。
「大刀の方を『朝風』、小太刀の方を『夕凪』という。二刀一対の真なる退魔の刀よ。まさかこんなところでお目にかかるとは思わなんだ。」
リュウシンの返答に、クロウがシオンに「知ってた?」と返せば、彼女は驚いた様に首を振る。
「退魔って・・・。」
思わず呟いたシオンに、リュウシンはにんまりと笑って
「文字通りよ。魔を退ける。まあ、その程度しか伝わってはおらんがな。偶然産まれてしまった、魔族が作りし、魔族の天敵。レグラリアの秘宝にして象徴。」
ふむふむと、一つ二つ頷いて、
「なるほど、彼の大将軍の愛娘なら、持っていても不思議はない、か。」
「・・・・・。」
さて、どうでるか、とクロウは小烏丸を握ったままリュウシンを油断なく眼を向けた。
正直、まだリュウシンの狙いがよくわからない。幸いにしてもう一人の『人災』の目的と存在は消失した。ただ、リュウシンが同じ目的に加担していたならまだ油断はできない、が・・・
(このジジイが同じ目的で動いていた、とは、到底思えないんだよね・・・。)
「ああ、いい物を見せてもらった。」
まるで、美術品を愛でた後の表情をして、リュウシンが満足そうに頷く。
「フェリシアにいい土産話ができた。これでお暇させてもらおう。」
「・・・・・。」
本当にその気なのか、それとも、何か別の狙いがあるのか。油断なく、見極める為に、クロウがリュウシンの一挙手一投足から眼を離さない。少し離れた位置から、田貫と班田が常に行動を起こせるように身構えている。
そんな彼らに、一つ呆れた様なため息を吐いて見せて、リュウシンはシオンへと眼を向ける。
「また会おう、将軍の愛娘、セリアン殿の妹御よ。」
「―――・・・ッ!」
「知っているとも、刀使い同士縁もあった。今度会った時はその話をしよう。」
「・・・・・。」
あまりことに、シオンが声を上げられずにいると、クロウが小さく舌打ちする。
「二度と会いたくねぇよコッチは。とっととくたばってろクソジジイ!」
「なら次はバッサリと斬り飛ばそうクソガキよ。」
「あァ?やってみろや。」
「威勢だけはイイものだ。」
珍しく悪態に悪態での応酬が繰り返されて、思わう傍で見ていたシオンと、何より田貫と班田がハラハラと見守っている。
それを少しおかしそうに見ながら、リュウシンは声を上げて笑いながら姿を消していった。
お読み頂き、ありがとうございます。
11以降は番号に〇がつけられないのでつきません。




