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Lapis-landiA  作者: 八広まこと
Season1

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EP.8:藍方石(アウイナイト)④




 浅い眠りから、意識が浮上してくる感覚と共に、髪を撫でる柔らかな手を感じた。髪が梳かれる感触は昔から好きだった。戦時中は、時々フランチェスカが膝に頭を乗せて、そっと撫でてくれる事があって、その時間が一番大切な時間だった。

 彼女がいなくなって、年も重ねて、もうそんな事をしてくれる人はいないだろうって思っていたけど。


 またその温かさを感じられるようになって・・・

 

 鼻をくすぐる白いふわふわの毛に、ああ、そういえば抱き枕代わりにしてたな、とぼんやり気付く。

 頭に乗せられた手が髪をそっと梳くのを、感じて


( 来れないって、聞いたんだけど・・・ )



 僅かに身動ぎして、視線を上げれば




「・・・来られないんじゃ、ないのかよ?」

「ん?起きた?」

 前に一度だけ見た眼鏡越しの視線が僅かに細められて、シオンに向けられる。

 ソファーの上で、シオンに膝枕し、右手で書類を確認して、空いた手がシオンの髪を優しく梳いていた。

 下からその様を見上げながら、

「眼、悪いのか・・・?」

「いや?・・・機密書類だから、ね。まぁ、それ以上はナイショ。」

「そんな大層なもん、外で読むなよ・・・。」

「全くだよねぇ。」

 クロウは軽く笑う。

「ちょっと待ってて。もう少しで終わるから。」

「・・・来られないって、聞いた。」

「別にそんな事ないよ。ちゃんとエリザベッタさんに許可もらったし。」

 玄関から入りましたよー、なんて、さらりと話しながら。それでもクロウは書類から目を離さない。

 膝枕から体を起こそうとすれば、髪を梳く手が頭をそのまま押さえて、静止する。

「そのままいて。」

「・・・・・。」

「もう少しだから。」

「・・・・・。」 

 諦めたシオンが体を預けると、その手が力を緩め、再度髪を撫でる。

 ふと、正面のダイニングテーブルに、紙袋がいくつか置いてある。それとその横に、本が3冊程。

「あ、それ。ハルとリリとたぬぱんからの差し入れ。あとでみてやって。」

「そうか・・・。お礼、伝えといてくれ。」

「ん。あと、あの本はオレから。意外と面白いよ。」

 意外な差し入れに、シオンは少し目を丸くした。

「本、読むんだな。」

「まぁ、中々時間取れないけどね。」

「悪いな。」

 本などゆっくり読むのはいつぶりだろうか、と、考える。昔は、部屋で物語を読むのが凄く好きだった覚えがある。剣を持った勇者がドラゴンを倒してお姫様を助ける話に、いつか自分もドラゴンを倒したいと、話して、


『 お姫様で、いいんだよ?☓☓☓は・・・。 』


(アレは、誰の言葉だった・・・?)


「本当は、さ?」

 ようやくを眼鏡を外したクロウが、にやりと笑う。

「酒瓶持ってきたかったんだけどねぇ、流石にダメだってさ。」

「そうだろうな、そんな気がしてた。」

 つられたようにシオンも唇をつり上げて、そのまま、声を上げた。

 やっと、本心から笑った。あぁ、力が入りすぎていた、と気付いた。



 何時ぞやにもいれたコーヒー牛乳をダイニングテーブルに置いて、三人がけのソファーに二人でかけて、一息をつく。

 ふと、

「警備の時、さ?コッチ見てたでしょ?」

 クロウの問いに、

(あぁ・・・。)

 と、シオンは、カップを両手で持ちながら、視線だけをクロウに、むける。

「・・・さぁ、いたのか?お前。」

 すれば、少し吹き出すような様の後、

「待って待って、あんだけばっちり目があったよね?」

「覚えてねぇな。」

 焦った様な声にサラリと、嘘を突き通してみる。

「・・・え?まって?すんごい可愛い顔で笑ってたって舞い上がってたのに、それ、オレの錯覚?」 

 口元を隠しつつ、眉根を寄せたクロウに、そういえば、とあの時の、自分しか、気付かなかった様子を思い出して、

「そういや、耳が真っ赤だったな。」

「覚えてんじゃん。しかもバレてじゃん・・・。」

 予想通りの反応に、シオンはついには、吹き出せば、ぐっと息を飲んだクロウがそっぽを向くけど、その耳があの時同様に、赤い。

 これだからバレるんだよ、と出かかった言葉を、シオンは呑み込んだ。これで話してしまえば、ついには臍を曲げるかもしれない。せっかくの心地良い時間を、台無しにはしたくなかった。

 お気に入りの表情を、堪能したシオンが、話を変えるようにクロウへと向き直る。

「いま、大変なんだな。」

「・・・聞いた?」

「まぁ、流石に問答無用で軟禁される趣味はないからな。なんか・・・」


 浮かんだ、あの顔に、


「すまない・・・。」


 素直に、謝罪の言葉が口をついて、出た。


「───・・・っ、お、まえのせいじゃないでしょ!」

 クロウが思わず目を見開くけど、

「でも、アルが、関わってる・・・。」

「・・・・・っ。」

 アルベルト=ルデラック。

 元々自身と関わりがあった人物が、今はこの国に仇をなそうとしている。それがシオンにとっては一番堪えていた。

 本来なら自らアルベルトを止めに行きたい。だけど、それは向こうからすれば望む所。アルベルトの剣技の腕は、シオンはよく知っていた。

 『刀技のオブシディアン』の従者。

 それは伊達ではない。

 昔シオンがまだ幼い頃に何度か手合わせをしてもらったが、一度として勝ちを取った覚えはなかった。

 歯痒い気持ちを抑え、ゆえに、この屈辱の仕打ちも甘んじて受け入れたのだが、正直、それが正解なのか、この先がどうなるのかも、皆目見当もつかない。

 シオンが、小さく息をついて、肩を落とした。


 ただ・・・。


「・・・・・。」

 クロウとしては、シオンがその相手を容易に愛称で呼んだ方が、正直、何倍も不快で・・・。


 不意に、会議の時に冗談めかしてフェルナンドが言った『ムカシノオトコ』という言葉がぐらぐらとクロウを揺らして、目眩がする。

「あ、のさ・・・」

 こくりと、一度選んだセリフを飲み込んだ。だけど、やっぱり、どうしても、気になってしまう。

 バカなことを聞く自覚はあるけど、もやもやを抱えたまま、次に会えるのが、かなり先になる可能性が高いから・・・


「た、とえば、さ?その、好きだった人、とか、・・・恋人、だった、とか、なの?」

「・・・は?」

「いや、だから・・・人災、の・・・?」

「お前・・・。」



 そうしてクロウがひねり出した言葉に、



「『従者』って、意味・・・知ってるか?」



 シオンが少し憐れみを浮かべた顔をする。その顔が答えにはなるけれど、それ以上に、シオンの、『ナニ言ってんだコイツ』と、言わんばかりの表情に、クロウはどうしようもなく恥ずかしくなって、その視線を振り払うように、何度も手と首を振った。

「はい知ってます!わかってる!わかってんの!でもね?ほんと、それだけ近いってことだから!ちょっと・・・ほんと!ちょーっと、気になったり、して、ね!」

「好きもなにも、あの人は―――・・・」

 今度は、シオンが言葉を飲み込む。そして遠い昔を懐かしむ様に、

「元々戦争前に死んだ、一番上の兄様の、従者だったんだ。」

「お兄、さんの?」

 シオンが小さく頷く。

「あぁ。アルは、兄様に、心酔していて、どこに行くにも一緒だったよ。俺は・・・」


「ただ、その心酔が・・・、ちょっとだけ、怖かった・・・。」

「・・・・・。」

 僅かに体を震わせるのは、多分、本心だったからだろう。もしかしたら『ちょっとだけ』ではなかったかもしれない。

「でも、多分、側にいたかったから、あれだけ剣技を、磨いたんだよな。兄様といる時間以外は、ずっと剣を振っていたよ。血が滲むような努力っていうのは、ああ言うことを言うんだ・・・。」

「・・・・・。」

「でも、たどり着いた先が、『人災』。」

 血反吐吐くようにしてまで身に付けた力は、今や他者を踏み躙るのに使われてしまう。それを酷く辛いことのように、シオンは、拳を握った、

 そして、

「エリザベッタさんでも、相対はできないって聞いた。可能なのは、翁と、田貫班田、それと、お前だって・・・。」


「───・・・っ。」

 ああ、知られているのか、と・・・。

 クロウが、なにか覚悟を決めたように、一度目を閉じた、そしてすぐにシオンを見つめた。


「・・・言ってなかったんだけど、さ。」

「・・・あぁ。」

 一度だけ、くっと息をのむ。


「オレには・・・魔族の血が、流れてるよ。」

「・・・・・。」

「厳密には、1/4だけ。祖母にあたる人が魔人だったから、その血が交じってるって、感じ?」

「・・・そう、か。」

 そうして、クロウが自身の腰に下げた刀を抜いた。『鋒両刃造キッサキモロバツクリ』の、小烏丸と呼ばれる刀剣。クロウが何を呟くこともなく、ただ、その束を強く握りしめた。と、剣先に視認が出来るほどの風が巻き起こる。その様を、シオンは思わず眼を見開いて見つめた。

「魔力を加えて、刀技に応用してるんだ。簡単に言うと追い風みたいな力、かな?」

「風・・・。」

「ただ、オレの魔力量は、そこまで多くはない。田貫班田やファウストのじいさんみたいに、オレは自分の身体から力を放つ、とか、飛ばすとかは、できない。精々コイツ(小烏丸)に、纏わせて、切れ味あげたり、弾丸に纏わせて軌道修正とか。もう一歩の後押しをしてもらってる感じ、かな?」

「だから、あんなに・・・」

 クロウの説明を聞いて、ようやくシオンは、相対した時の剣技の精密さや一撃の重さを理解し、大きく頷いた。その様子にクロウは、少し眦を下げる。

「少し、がっかりした?」

 すべてが純粋な剣技でなかったこと。まっとうな剣技を学んで生きてきたシオンにとって、クロウのやり方は侮蔑の対象になってしまわないだろうかと心配になる。

 だけど・・・


「なんでだよ!逆だろ!?」


 クロウが思っていたよりも逆に、シオンは眼をキラキラさせて身を乗り出してきた。

「え・・・?」

 ぐっと身を乗り出すようにして見つめてくる眼には、一片の嫌悪も侮蔑も映り込んではいない。

 純粋な尊敬と驚きだけをのせて、少し興奮したように、シオンは話す。

「純粋な剣撃だってあんなに難しいのに、それを魔力で微調整って、神業じゃねぇか!」

「・・・・・っ。」

「やっぱお前、本当にすごいな!」

 なんの否定もなく、褒められ、認められて。クロウは思わず奥歯を噛みしめた。泣きそうになるのを、堪えるように、俯いて・・・

「───・・・いや、凄いのは、お前だね。」

「?」

「なんで、そんなに、認めてくれるの?」

「なん、でって、本当に、凄い───・・・っ!」

 勢い立ち上がって、瞬間、くらりと、世界が回る。思わずダイニングテーブルに手を付けば、血相を変えたクロウが、その背を支えた。

 余りに心配そうに覗き込んでくるその顔に、

「いや、大丈夫・・・。」

 と、制するが、

「大丈夫って・・・!」

 思わず眉根を寄せた。額をくっつけ合うが、明らかな体温の上昇は感じない。念の為、その首筋に手の甲を当てるが、同様だ。発熱から来るの立ち眩みじゃないなら、と、両手でその頬を包みこんでは、下瞼を引っ張る。

 わずかな、チアノーゼ。

 クロウの、顔が、曇る。

「病気じゃないし、これは仕方がな───」

「仕方がなくはないでしょうが。」

 ソファーにもう一度座らせて、ブランケットをかける。

「何が辛い?頭痛とかある?」

「・・・・・。」

「肩冷えない?お腹?温めてみようか?ここ湯たんぽとかあったかな・・・。てか、軍医呼ぶ──」

「・・・ごちゃごちゃうるせぇ!」

 アレコレ聞いてくるクロウに、痺れを切らしたシオンが思わず叫んだ。ビクリと跳ねたクロウが思わずシオンを見直せば、

 あー、と髪をかきむしる様にして、


「仕方、ないだろ・・・!


   ─── 月のモンだよ!」


「・・・ぁ。」

 その目尻が、少し紅い。気を許しているとはいえ、流石に女性特有の事を身内でもない異性に話すのは、少し抵抗が合ったらしい。

「わかったらもう黙ってろ。」

「・・・はい、ホント、スミマセン、でした。」

「・・・ったく。」

「そっ、か、そうだよね。そういうこと、あ、るよね・・・。」

 納得したクロウが、改めてその体を冷やさないように、と、軽く掛かっていたブランケットを膝から腹へと広げる。その優しさに、素直に感謝して、シオンはふぅ、と一つ大きく息を吐く。

 もう知られてしまったのなら、これ以上気を張るのをバカバカしい。シオンが再びソファーに体を横たわるのを、支えて、自分の膝の上に頭を置く。

「悪かったな、紛らわしくて。」 

「あ、いや・・・。」

「始まりが結構キツイんだ。さっきまで横になってたのも、そういう理由。」

 自覚をすると、また少し鈍痛を感じて、シオンが僅かに眉根を寄せる。

「何かで、温める?お腹・・・。」

「・・・手。」

「・・・ん?」

「手、貸せ・・・。」

「手・・・?」

 恐る恐る差し出した手に、シオンの手が上から重ねられる。そのまま布越しの腹部に誘導されて、一種その手がこわばる。だけど、

「はぁ・・・。」

「───・・・っ」

「手、きもちぃ・・・」

 とろん、とした、声に、手、どころか、クロウの、全身が思わず強張る。

「昔・・・」

「・・・え?」

「よく、熱を出すと、母さまが、額に、手を・・・。」

「・・・・・。」

「それが、凄く、好きだった・・・。」

 時折、シオンが、年齢以上に幼く感じることがある。10代で両親を失い、戦争に参加して、他に心を許せるような、人間が多くはなかったのかもしれない。よしんば、出来たとしても、またすぐに失って、を、繰り返し。

 ただ、外見だけは早く早く大人になる必要があったから・・・。

 気を許せる相手がいると、足りなかった何かを取り戻そうとするように、取り繕う必要のない姿が、垣間見えるのかもしれない。

 不安定な彼女が酷く可愛くてたまらなくなる。側にいて、思いっきり甘やかしたくて──


「・・・・・なん、で?」


(オブシディアンの『従者』は、今の、彼女の側に、いなかったんだ・・・?)


 不意に、浮かんだ、疑問。

 確かにアルベルト=ルデラックは、シオン曰く、亡くなった兄の従者だったと。しかし、亡くなったというのなら、その後はどうしたのだろうか。

 すぐに出奔したのか。それとも、他の誰かに付いて戦争に、参加したのか?

 



『アルは、兄様に、心酔していて、どこに行くにも一緒だったよ。俺は・・・』


『ただ、その心酔が・・・、ちょっとだけ、怖かった・・・。』



 

 そんな、人間が、『心酔した相手』がいた場所から、簡単に、離れる、のか?それとも、死んでも、なお、求め続けて、『代わり』を見つけ出した、のか?

「・・・・・。」

 その執着が、どこへどのように、向かっているのかは、まだ、わからない。

 それでも、と。


(それが、この子に仇なすなら・・・。) 


 やる事は、ただ一つ。

 

 それだけを、決めて。

 クロウは再び寝息を立てたシオンの、その髪を、そっと撫でた。



 



 

月経前不快気分障害。よく、月経前症候群とか、前駆症状とか、いってました。眠気が酷すぎて、仕事中、 申し送り受けながら膝から崩れ落ちた事があります。アレは本人が一番ビビる。

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