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Lapis-landiA  作者: 八広まこと


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EP1.黒曜石(オブシディアン)④



 硝煙・血の匂い・淀む空

 吹く風に、肉が焼ける臭いが混じる。

 土埃に舌が砂利つく。

             

 右手に抱えた鉄の重さと、同じ匂いがこびりつくことに、どうしようもなく慣れてしまって。


 どうしたって救いがない世界でも、自分がここに在るのはなぜだろう。

 この生き方を決めたのは自分だけど、それでも、少しの慰めが欲しいと、夢を見る時間すら



 『 い た ぞ ! 』

        『 ✕ せ !  』

     『 ✕ し て し ま え  ! 』



 

            諦める癖がついてる。















「・・・・・っ」

「起きたか。」

 浮上する意識に乗せて目を開ければ、聞き覚えのない声が耳に入る。

 両手足に縄が打たれていない。特に痛みも感じない自身の体に、安堵よりも違和感が浮かんだ。

「・・・・・。」

「冷静だな。やはり囮か。」

 今度こそ、声の方へ顔を向ければ、薄汚れた黒い外套を羽織った、長髪の男と目が合った。わずかに笑みを浮かべた男はそれこそ、一部のスキもない様子で刀を構えて立っている。男の背後からわずかに空気が揺れて、外套よりもさらに暗い闇が続いている。ちらりと自身の背後にも目を向ければ、同様に奥へと続いていた。

 男とシオンは、いわゆる、洞窟の途中にいた。


 男は、じっくりとシオンを見定め、にんまりと下卑た笑みを浮かべた。相対する男の本性が見えた気がして、シオンは小さく鼻を鳴らした。

「手前ェが巷で有名な事件の犯人か?」  

「名称としては、寂しいものだがな。」

 隠すこともせず、男はシオンの言葉に同意してみせた。

「どうしてそんなことする?」

「あァ?」

「40超えたくらいだろう?ぱっと見た感じだがな。」

「・・・・・。」

「『あの』戦火を生きのびた。ようやく得た平穏な世界、じゃねぇのか?」

 シオンは、ゆっくりと言葉を口にする。起きる前に感じた、懐かしくも狂おしい感覚を手探り捜す。アレだけの力を持つならば、もしかしたら、と。

 しかし、男は予想外だと言わんばかりに目を見開いて


「は・・・、あははっはあっははっははははは!!!」


 さぞ可笑しいと言わんばかりに高笑いを始めた。腹を抱えて、肩をゆすり、唾液を巻き散らかして、嗤う。  


「平和?平和、へいわかぁ!!やっと?あはははっつ、うふ、ふはは!」

「・・・・・。」

「変わらない、何も!何一つ、変わらないさ!!」


「やっていることは何一つ!俺は変わってない!」


「そこが戦火だろうが、平和だろうが!天国だろうが地獄だろうが!俺がやるべきことはナニ一つ変わってないさ!!!」


「ほしけりゃ奪う!殺して剝ぐ!犯し、嬲る!」


 両手を広げた。舞台上の役者気取りに、シオンは眉根も動かさず一瞥する。

 その様子に男はますます黒い笑みを深くする。

「いい、いいぞ、お前。囮にはもったいない。」


「可能な限り生かしてやろう、悶え狂う姿をなるべく長く眺めたい!」

「・・・一つ、聞く。」

「んん?」

「あの、戦線にいたことは、ない、のか?」

「いいや?」

「全く?」

「何をそんなにこだわる?戦線にいたらなんだというのだ?」


「お情けで抱かせてくれる、とでもいうのかァ?反吐が出る!」


 さっきまでの表情と変わって、怒気をはらんだ目でにらみつけてくる。

 欲望よりも、殺気をはらんで近寄ってくる姿に、シオンは素早く上体を起こし、床に手をついた。

「どうせ軍の畜生どもに精々怒らせろとかけしかけられたんだろう!上等だ、まずは犬共の死体の前で嬲りつくしてやろう!」

 近づいた体が、間髪入れずに大太刀の峰を振り下ろした。

 瞬間、太刀筋を避けるようにして、低い位置のままシオンは地面に転がる。

 そのまま男と自分の立ち位置が変わったのを確認して、風を感じるほうへと走り出した。

「チッ!!!」

 男が間髪入れず、あとを追う。

 男が洞窟の途中にシオンを転がしたのは、恐怖で洞窟の奥へと逃げてくれることを期待したのだろう。

 行き止まりの先で相手の恐怖におびえる顔を眺めながらの凶行は、こもったまま十分に消えない血の匂いが証明している。

 シオンは、全力で洞窟を走った。

 変な夢を見たせいかもしれない。必要以上に自分が囚われていたことが分かった。

(切り替えろ・・・。)

 まずはここから出ることが必須。息を切らせつつも、胸元に触れて、小さく舌打ちをした。

 案の定、つけられた発信機は外されていた。きっとどこかで壊されているだろう。

 打てるだけの手は打つ、とは言われていたが、



(ま、もともと『囮』だしな・・・。)

 ―― 自身が捨て駒なのは百も承知していた。


(似たような立場なら、俺だってそうする。)


 夜空へと、踊り出る。

 そのまま駆け抜けようとして立ち止まり、眼前に広がる景色に、シオンは息をつめた。

「どう、やって・・・。」


 そこは崖の上、だった。

 飛び降りる、なんて考えがとても出来るような高さじゃない。吹き荒れる風が、岩肌にあたり、髪をかきあげる。


「いい眺めだろう?」

 背後から草を踏む足音がした。

 大太刀を悠々と肩に背負い、黒い外套を風に翻して、男は得意げに笑った。

「喜べ、お前のための特等席だ。」

「・・・頼んでねぇよ。」

 吐き捨てるようなシオンの言葉に、男は機嫌を直したように嗤った。そうして、一歩、また一歩と近づく男に、後退りすらできずに、シオンは一つ息を吐く。


( さて、と・・・。 )


( どうする、か・・・。)


 シオンはまっすぐに男を見据えた。

 隠し持っているショートナイフは、とてもではないが、大太刀相手の戦力になることは期待できない。現在地は不明。周囲三六〇度の内、半分は『夜景が綺麗』レベルの崖の上。もう半分はさっき這い出してきた岩穴。風の流れからして、岩穴の先は行き止まり。

 そもそも、いったいどうしてこんな崖の上に連れてこられたのか、どうやって運ばれたのか皆目見当もつかない。意識を失ってから、そんなに時間もたっていないハズだ。

 考えられることの一つに、人とは違う力の行使ができる種族、というのもあるけれど、それを念頭に置いていたらあの小憎らしい白髪の男は、こんなおざなりな作戦で済ますだろうか、とも思う。


「・・・・・。」

 一方で、相対している大太刀の男も、内心は苛立ちを隠せないでいた。確かに、始めは動じない姿に、初めての獲物だと高揚する気持ちを抱えた。

 しかし、これは度が過ぎる。

 本来なら、この時間は彼の『お楽しみ』の時間になるはずだった。

 助けを期待できないような場所で絶望の淵に沈む、そういった人間を甚振り、嘲り、見下すことの優越感。それが、見目麗しい人間であればあるほど、彼の嗜虐心は満たされていく。

 しかし、シオンからその負の感情を垣間見ることができない。

 追いつめているはずなのに、引かず、逃げず。圧倒的強者を前にして、矜持を失わず、凛とたたずむ姿。

 逃げられぬ現実を突きつけて、尚、その瞳は力を失わない。 

 忌々し気に小さく舌打ちをして、男は、殊更激しく、大太刀をを振って見せた。


「さあ、どうする?自分から脱ぐか?それとも切り刻まれながら脱がせてほしいか?」

「・・・・・。」

「俺はどちらでもいいぞ?お前がしたいようにしてみるといい!選ばせてやろ───




「煩ぇ男だ。」




 ざわり、と。


 男の背筋が戦慄いた。



 男の挑発を一蹴する、シオンの気配が変わる。

「もう、四の五の考えんのは、やめだ。」

「な、に・・・。」

「囮もクソもねぇ。こんなとこ連れてこられちまった以上、腹をくくるのは仕方ないとしても―――


  ――― 悪あがきくらいはさせてもらうわ。」


 隠していたショートナイフを取り出す。袖の布を引きちぎり、手元から離れないように拳へ括り付ける。

 その様子を見て、男は喉を鳴らした。

「そ、んな物で、この俺と戦う気か?」

「獲物関係ねぇだろう。出かけりゃ価値あるって?三流の考え方だな。」

「―――ッ!!」

  奥歯を割れんばかりに噛みしめる。今まで相対してきた相手は、いつも物足りないくらいに怯え、喘ぎ、慟哭した。そいつらの顔を眺め蹂躙するのが楽しかった。とりわけ女相手にはたまらなく興奮した。だから、犯した。

 なのに

 

「お、まえは、何故・・・。」

「は?」

「何故だ!何故怯えない!」

「・・・・・。」

「もっと震えて、怯え、逃げてみせろ!!」

「・・・へぇ?」

 

 精々不敵に笑えば、びくりと肩を震わせて男が戦慄いた。

 その心に、とどめを刺す。




「手前ェ如きに?」

「き、さまァァア嗚呼――ッ!」

 瞬間、振り被って地を蹴る男の、振り下ろし、を、かいくぐる。

 懐にいったん潜り込んで、一線、下から坂手に持ったショートナイフ、狙うは頸動脈。

「―――ッ!」

 間髪届かず、シオンは、それでも、そのまま更にもう一歩踏み込む。

 通常なら肩中てで体制を崩すのが道理、だけど、それには自身の体格が足りない、故の、肘で狙う鳩尾。

 但し―――


「舐、めるなっ!!!」

「ぐっ!」

 裏拳が鼻筋をかすめる。一歩間違えれば、素手でもシオンを縊り殺せるほどの男の腕がつかみかかって来る。それを辛うじてさばき切って、それでも、懐にとどまり続けなければ、シオンのショートナイフ一本では到底渡り合えない。ヒット&アウェイをするには、相手の力量がありすぎる。

 挑発からの大ぶり、故の懐に潜り込んでの一撃必殺、本来ならそれで終わらせたかった。時間をかければかけるほど冷静さは戻ってくる。落ち着いて考えれば、読めない力量の差云々よりも、純粋に力での勝負で押されることは目に見えていた。 


「あ、ぐ・・・ッ!」

「ふ、はは、捕まったなァ!」

 シオンを地面に縫い留めて荒い息をつく男は、これ以上ないくらいに凶悪な笑みを浮かべた。その体を馬乗りになって抑え込み、そのまま片手一つでシオンの首を絞め始める。

 ひゅっと喉が鳴って、男の笑みがますます深くなる。

「どうだ?苦しいか?苦しいだろう?」

 首を絞めるのとは反対の手が、シオンの胸元に伸びる。

 そのまま襟ぐりから一気に服の布地を引き裂いた。

 月明りの下、露になる裸体。

「さあ、どうやって—――」

 男の視線が、ふと、もがくように動くシオンの手に視線を落とす。

 その指先がわずかに震えながら、首をつかむ男の手に―――小指に、触れて


 乾いた音を立てた。


「お、まえは・・・!」

「は―――っ!」

 折られた小指の痛みに、一瞬緩んだ男の手.

 スキをついて、シオンは息を吸い込む。

 しかし、すぐ様に、男がギリギリと手の力を強める。ビクンッと大きくシオンの体が揺れる。

 その口もとから血泡が込みあがり、口角を伝う。

「もういいもういい!殺してやる!すべては殺してからだ!殺してからその体を奪ってやる!これ以上抵抗なんか!抵こ――


                           



                             な ん     か  」 




 不意に声が、宙を、舞って


 視界が、白く、染まった。




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