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Lapis-landiA  作者: 八広まこと
Season1

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38/75

EP.1:藍方石(アウイナイト)①




(これは、夢、だ・・・。)

 それだけは、確実に理解していた。

 雪の冷たさも、風の匂いも、燃え盛る炎の熱さすらも感じない。なのに、この身の内にある心臓の拍動だけは全く同じ様に感じて。

 呼吸の仕方すら、忘れたように。

 ただ、あの時と同じ。雪の白さに蹲り、紅い血雨に震えて、黒髪を汚して。呆然と目の前の存在を映すことしか出来なかった。

 そんな無力な自分が許せなくて、一筋だけ溢れた涙に、目の前の人とは違う、畏怖なる存在が、まるで傷付いた人の様に、小さく息を飲んで、目を細めて、その唇が何かを告げようとするよりも、早く


『 お嬢様・・・! 』


 金切り声にも似た悲鳴と、その腕に抱かれて



 眼が、覚める。




「・・・・・。」

 過去の、夢を見た。

 何年ぶりかの会合に、シオンはぼんやりと天井を見上げる。魘されるほどに見ては、泣きながら目が覚める、なんてことも多々あったが、今はただ、そうだったな、という自覚と僅かな罪悪感だけが胸を占めた。

 上半身を起こした。戦時中の反動だろうか、寝るときには肌着一枚で休む。シーツや布団の感触を肌で感じながら寝るのが好きだから、というのもあるが、こういう夢を見た時は休まらない感じがする。 

 時計を見ればまだ五時を回ったばかりだ。眼は冴えている。シオンは早々に体を起こした。

 胸部から腹にかけてを覆う防具を身に着け、黒のタートルネックの厚手の服を上から着用する。ズボンは厚手の、少しゆったりとした物。上から羽織る金属が編み込まれた厚手のジャケットじみた上着。

 二刀を腰に下げる。

 いつもの、恰好。

 ゆっくりと窓を開けた。

 冷たい空気が肌を突き刺す。もう少し時間が立てば日が昇り、温かくなるのだろう。この冷たさにかじかんだ指先が辛くて、よく刀の扱いを失敗してしまっていた。そのたびに



『 そんなことでは、オブシディアンの名が泣きますよ! 』


「―――・・・っ」

 胸を突き刺す様な言葉は、全て自分のためだとわかっていた。全てを失った自分に、唯一ついてきてくれていた人との時間は、それでも、全て厳しいものではあったけど。それ以上に荒んだような現実を生き伸びる力をくれたのも、その時間だったと、シオンはわかっている。だから・・・  


 思い出せば、息ができなくなるほどに、辛いのは、多分気のせいだと・・・。

 それは、自分の未熟が成す弱い心なのだと、小さく、唇をかんだ。




 建国歴八年目の記念すべき祝典が始まった。




 パレードが『ラディアン』前から、セントラルとセカンドセントラルと交わるこの国最大の賑わいを見せる大通りの道数キロ。もう少ししたら開始されるらしいと、誰かが話しているのが耳に入る。 

 大通りに面した出店の手伝いをしながら、シオンは少なくなった商品の品出しをする。

「これ、もうすぐなくなるけど大丈夫か?」

「そうね、そろそろ旦那が追加の品を持ってくると思うわ。」

 パレードに合わせて見学に来る客を目当てに、この通りには屋台が並ぶ。今日の仕事はその屋台の手伝いだった。

 ちなみに去年の段階で、シオンのこの日の予定は埋まっていた。毎年出店の集客を見越してか、屋台を開く予定の個人店からはシオンへの依頼が多くあった。言うまでもない、シオンが店頭に立つか否かで売り上げが大きく変わるからだ。この国で屋台を開くようなイベントは多々あるが、その最大のイベントがこの建国祭だった。

 シオンは、雇い主の女性に笑いかける。

「そうか、よかった。」

「ホント、シオンが手伝ってくれるからよかったわ!」

「そういってくれると嬉しいよ。」

 眼を細めて見つめれば、それだけで六十近いはずの女性が頬を軽く染めて、あらあらと手を振る。

 遠くで聞こえていたパレードの音楽が徐々に大きくなる。

 先頭の兵士の姿が声援の向こうに見え隠れする。

「あら、来たみたいね。」

 雇い主の女性が、兵士の姿を見止めて眼を細める。

 少し緊張じみた兵士が剣を掲げて更新する。その姿を見送れば、整列した兵士が後に続く。その中には何人かも見た顔が映った。多分、第四大隊の連中だ。

 そうして流れていく彼らを見送るうちに、遠くに騎乗した明らかに違う姿が映る。大剣クレイモアを背負った獅子のような大男が先頭に見えて、眼を見張る。周囲の声が耳に入った。

「あの人が第一大隊の!」

「大男だな!流石四つ名の貴族様」

 次いで、その横の馬車を挟んで、美しい流れるような金髪をなびかせた凛々しい女性が馬上に宿る。見慣れた姿にシオンが少し息を吐く。

「ラクシュミトフ大隊長もいるぞ!お美しい!」

 傍の男性のため息交じりの声が耳に入った。

 目の前を二人が通り過ぎ、その間の馬車の窓から十を少し超えたくらいの少女が周囲に手を振る。ヤワラカナ笑みを浮かべた少女が、この国の頂点だという。『聖女』とも謡われる彼女へ、周囲が賞賛するような声が飛び交う。


 そして、その後ろ。


 シオンが、小さく眼を見開く。


 馬上の上の、見慣れ過ぎた存在。いつもの軍服に、珍しく軍帽を深くかぶって。


「・・・あれが『毛色の違う』大隊長殿、かぁ。」

「噂じゃ『混血』じゃないかってよ。」

「中央種か?それと、なんだ?」

「魔族、だと。」

「うわ、勘弁してくれよ。そんなのが六大隊長の一人かよ。」 

 今まで賞賛と賛美にあふれていた言葉に、嫌悪と蔑視の声が混じる。ハルオミが以前呟いた、言葉が胸に浮かぶ。



『 あの人、魔人と人との相の子です。厳密には、その子供の、子供。 』



『 一目で違うってわかるでしょ?そのせいで散々嫌な思いしてきたのに。 』


 悪いことなんて、何もしていない。

 ただ、こんなにも国の為に寝る間も惜しんで頑張っているだけ。

 なのに人と少し違う。ただ、それだけで、周囲からの目はこんなにも厳しい。


 油断なく警戒するクロウの冷静な視線がより、周囲への畏怖を煽る。冷たい赤い眼が向けられるたびに周囲に凍て付いた空気が走る。   

 クロウがシオンのいる方を見た。さっきまで悪態を吐いていた男たちが小さく息を飲む。その視線が、僅かにシオンと交わって。


 シオンはんふんわりと、眼を細めて、笑った。


 クロウは表情を変えないまま、ナニか反応を返すこともなく、次の方向へと視線を変える。

 が・・・。


「・・・・・。」


(・・・耳赤いな。)


 シオンだけがわかる、クロウの反応に、通り過ぎる姿を見送りながら、少し嬉しいと思ってしまう。

 次に会った時は、何か言うんだろうか。あの時に目が合ったって、笑ってたって、少しはしゃいだ様子で言ってくれるのか。それともそ知らぬふりして、こちらから何か言うのを待つだろうか。軍務についている時と、こちらといる時とは百八十度違うクロウの様は、存外悪くない。


 シオンが小さく、口元を綻ばせる、と・・・。


 大きな破裂音と共に、人込みから悲鳴が響く。

 瞬間、抜刀音がシオンの耳に入り、思わず振り向く。店主の女性を露店の奥へ促し、シオンは大刀の鯉口を切った。背後からの殺気に、シオンは振り向きざまに抜刀して抜き放つ。

「がっ!?」

 想定外の一撃を食らった黒づくめの男が、そのまま地面へと叩きつけられて昏倒する。その体を足で押さえつける様に、して周囲を警戒すれば、

「シ、シオン・・・!」

「大丈夫、そこにいてくれ、女将さん。」

 屋台の裏で身をひそめる様にしていた女性が、恐る恐るといった様に顔を出すのを、制する。シオンが周囲を油断なく見回せば、少し離れたところでリシリィやハルオミが、相対しているのが視界に入った。

 同時に

「―――・・・っ!」

 足蹴にしている黒づくめの男と同様の恰好をした人物が三人、シオンを取り囲む。それに対してシオンは油断なく身構えた。一人が、短刀を振り被って向かってくるのを、間髪よけてその背を押し、体制を崩す。もう一人が長剣を振り被るのを、大刀で受けて、そのまま懐へ潜り込んで、その胸元へ小太刀を突き刺し、すぐに抜き放つ。痛みにうめく体を容赦無く蹴飛ばし、背後から来ていた相手へそのまま大刀を袈裟斬り、舞い上がる血飛沫に、シオンが小さく唇を舐める、と。

「―――・・・っ!?」

 背後から、短刀を突き刺された人物が、口から血の泡を吐きながらも、シオンを抑え込もうと背後から抱き着く。一瞬気取られたシオンの前に袈裟斬りに斬られ、尚、剣を振り被る男が迫る。

 その、向こうで、すでにこちらの敵を捕らえたクロウが、鮮血を纏う刀を構えるのが、見えて・・・


「がっ・・・!?」

 それよりも早く、背後の男の力が緩むのを感じる。瞬間、シオンがその体を振り払い、振り向きざまに切り伏せた。無防備な背中に、剣を構えた男が迫るけど、それは宙を舞うように距離を詰めたクロウの突きが、腹へと深く突き刺さる、そのまま横薙ぎに切り伏せる。

 バッと舞う血飛沫に、周囲が息を飲むのが見えるが、クロウはまっすぐにシオンを見て、その眼に安堵の光を映した。

 ただシオンは・・・


 一瞬、自身を抑え込んでいた背後の男が、力を緩める原因となった、その一撃を叩き込んだ相手に眼を向ける。


 深くフードをかぶった長身の人影が、僅かに顔を上げて、その唇がつり上がる。

 にこやかに笑う。



「お店残念でした、また来ます。」



   ─── お嬢様。




「・・・・・。」

 そのまま、踵を返して、去っていくのを、シオンは・・・。



 ただ、夢を見ているような表情で、見送るしか、できなかった。




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