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Lapis-landiA  作者: 八広まこと
Season1

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36/75

EP.番外:天河石(アマゾナイト)③



 

 親爺が慣れた手つきで手際よく作る注文の品を、シオンがテキパキとさばいていく。 


 時計の針が23時を過ぎるころには、客も例の三人とクロウだけとなり、親爺が厨房を見渡し、少し早めの店じまいを決めて、営業中のしるしを持つ、ランタンを片付けに表へ出た。そして、

「シオン、もう上がっていいぞ。」

「わかった。」

 洗い終わった食器をしまいながら、シオンが返事をすると、その声に反応したクロウが、ぴくりと顔をあげる。

 よくもまあ、お預け中の犬の様におとなしく待っていたものだと、シオンは小さく笑う。せっかくだから、とさすがに大吟醸の銘酒は無理だが、残り少なくなっていた吟醸酒を少し分けてもらう。サカザキは、どうせならアイツにつけておけばいいと唇を吊り上げるが、今回は待たせたてるからと、自身への対価から差し引く様にした。

 もう少しすれば、サカザキも店内を閉めるだろう。なら―――・・・

 とん、と、熱燗にした吟醸酒をクロウの前に置く。眼を向ければ、シオンが少し楽し気に、人差し指を上に向ける。

 少し間をおいて、理解したクロウが

「―――・・・ッ!」

 くっと息をのんで、勢いよく立ち上がって。

 思わず立てた椅子の音に、ビクトル達が驚いて反応する。思わず三人がクロウを見れば、明らかにしまったと言うようなその表情。なかなか出来上がった赤ら顔のフェルナンドがニヤニヤしながらすかさず彼を突っいた。

「どうしたのー?」

「なんでもないっ!いいから!もうほっといてお願いします本当に!」

「えー、なんかクロウ君隠してるでしょ、アヤシ―!」

「オレはアンタのそういうとこがキライだっつってんだろ!」

 取り付く島もないクロウの態度に、面白くなさそうに唇を尖らせたフェルナンドが、

「えーそう?じゃあいいよもう。そういうコト言うんだったら。」


   ―― ねぇ?シオンちゃーん!


 酔っ払いさながら、大げさな仕草で両手を振り上げ、シオンを呼ぶから・・・


「え・・・?」

 シオンが、驚いたように肩を跳ねさせ

「・・・あ?」 

 クロウの機嫌が露骨に急降下し、徐に小烏丸の鯉口を切る。


「シオンちゃん一緒に飲もうよー。もう仕事終わりでしょ?なんなら店変える?いい店知ってるよー。」

「何度も言わせんな。もうほっとけっつってんだろ手前ェ。」

「クロウ君は帰っていいよ?キミじゃないもん。シオンちゃんだもん、呼んでるのー」

「・・・いい加減にしろよ。斬られてぇのか?」

「やだ、無粋。いやだねぇ、なんでも力で解決しようとする輩はー。」

「・・・マジで死にたいらしいな。」

「えー?本気?どーしよー、シオンちゃん助けてー!オレ絡まれてるー!」

「・・・・・。」 

 その一言に、完全に刀を抜いたクロウが、容赦なくフェルナンドに近付くから。その前にため息交じりのシオンが立ちはだかった。

「とりあえず、落ち着け。」

「いいよ、その馬鹿構わなくて。斬って捨てときゃ誰か拾うよ。」

「・・・そうはいかねぇだろ。うちの店での騒ぎは俺が対処しねぇと信用に関わる。」

「・・・・・。」

 仕方がない事と理解はしてるが、それでも自分よりフェルナンドを庇った事に、クロウが酷く気に入らないと、どんどんその赤い眼が据わっていく。その様子を見ながら、シオンはシオンでどうしたもんかと頭を抱える。

 そんな二人をの様子をシオンの背後から盗み見て、フェルナンドがニヤニヤと頬を緩ませる。存外人をひっかき回して楽しむのが好きな男を、面倒見役の大隊長二人が、シオン同様、どう仲裁に入るかと天を仰いで、状況をうかがっている、が。


「うれしいなァ、シオンちゃ――」

 不意に、フェルナンドがシオンに、背後から腕を回そうとして・・・


 何かがキレたクロウが、本気でその腕切り落とそうと刀を振り、それをビクトルがその体格に恥じない大剣クレイモアで抑える。壁に立て掛けてあったはずなのに、瞬間抜き放つ速さに、クロウが露骨に舌打ちし、ビクトルが困ったような顔で追撃に備える。エリザベッタは、もうどうしようもないとばかりに肩を落とした。

 だけど・・・


「・・・ウチ、お触り禁止なんで。」

「わーお・・・。」


 シオンもシオンとて、容易に触らせるつもりはなく。

 背後に立つフェルナンドの、その腕が肩に触れるよりも先に、その首筋へ懐刀を突き付ける。ぴたりと脈打つ首筋に触れる刃の感触に、フェルナンドがこれ以上動けずに引きつった笑みを浮かべた。

 クロウも、ピタリと動きを止める。


 暖色の電灯が揺れる下で、伏し目がちにフェルナンドへ制止の視線をおくるシオンは、酷く妖艶で眼福だが、その眼は、クロウ同様、なかなか笑ってはいない。


( ・・・うーん )

 このままなら多分抱きしめるよりも先に、多分容赦無くその首筋掻っ切られるだろう。クロウはともかく、こちらは酒の席に慣れた様子を見せるから、多少の事は穏便に済ませるダケの度量があるだろう。そう思ったが、それは少し楽観的だったかもしれない、とフェルナンドは乾いた喉を潤すように唾を飲む。

 一筋の汗を頬に流してみせながら、

「見事な早業ですこと・・・。」

「その手の客も多いんでね。」

 と、シオンが、思った以上に冷ややかな目を背後のフェルナンドにむけるから、それはそれでちょっと面白くない、とフェルナンドはふむ、と、考え込む。

 そして、



「クロウ君には、好きにさせてたのに・・・?」

「・・・・・ッ」


 耳元に落とされた、予想外の言葉に、シオンが一瞬目尻を赤く染めて、


( おやぁ・・・? )

 その思いの外初心な反応に、フェルナンドが眼を丸くすると、その視線を避ける様に一度そっぽを向いたシオンが、

「あれは犬と同じです。待て、ができれば上等なんで。」

 次の瞬間には、仮面をかぶるように、男前じみた表情でシオンが唇を吊り上げた。

「で?どうします?そろそろ串刺しになります?」

「あー、遠慮しとく・・・。」

 スススッと。シオンの背後から遠のくフェルナンドをみて、クロウがようやく小烏丸をしまう。

 『あーあ』なんてしょんぼり肩を落とすフェルナンドに、エリザベッタが『絡みすぎだ』とその頭を叩いた。

 ただ、とエリザベッタがはワインのグラスを回しながら、呆れたような視線をクロウに送る。

「まぁ、この阿呆はどうしようもないとしても・・・。クロウ君も存外無粋だな、酒の席で。」

「無粋でもどうでもいいよ。さっきからいらん事してんのはそっちだ。つーか、ソイツ。」

 一旦刀は収めたとはいえ、イライラは消えないとばかりに舌打ちする。子供のような反応に、エリザベッタは苦笑しながら、

「その騒ぎが、かえってシオンに迷惑をかけてるのがわからないのか?」

「・・・・・。」

 そういえば、くっと小さく息を飲み・・・。

 目に見えてクロウが落ち込むのがわかる。その様はまるで、愛が強すぎて躾が中途半端になってる犬をみているような気分になる。

 初めて見るクロウの様子に、仕方がないな、とエリザベッタが苦笑いを噛み殺す、が。

「ありゃ犬だね。主人が好き過ぎて他が近寄るのを許さないワンコ。」

「・・・・・。」

 何故それを口に出すのかとエリザベッタはフェルナンドを睨む。さらに、

「シオンちゃんにそう評価されるのもわかるや。」

 瞬間、クロウがシオンの方を振り向けば、ヒクリとシオンが反応する。

「・・・・・。」

「・・・・・。」

 ふいっと視線を逸らすシオンに、目の前まで行って捕らえて、クロウがニッコリと笑いかける。その頬を両手でしっかりと包みこんで、視線を逸らそうとするシオンに・・・

「・・・あとで、ゆっくり、話そうか。」

「・・・・・。」

 笑顔が妙に怖くて。シオンは心の中でフェルナンドを恨む。

 が、そんなことは露とも知らず、フェルナンドは、さらに酔っ払いさながら、



「まぁ、クロウ君がなりたいのはバター犬かもしれないけどね!」




 アッハッハッハ!と高笑いと共にトドメの発言を繰り出しせば


 シオンがきょとんとした顔でクロウを見返し、

 クロウは、といえば・・・


「・・・・・。」

 ガッツリ、身体を強張らせた後、一気に表情を消す。瞳孔は完全に開いている。そのまま、流れるような動作で、再び小烏丸を抜き放てば

「待て待て待て・・・。」

 テーブル席眼前まで近づくクロウの、その様を両脇からビクトルとエリザベッタが静かに、しかし、必死に抑える。


「頼む、落ち着いてくれ、シキジマ大隊長。」

「・・・野郎」

「酔っ払いの戯言だ、堪えろ小僧。」

「・・・寸刻みにしてやる。」


 そんな中で・・・


「・・・なんだ?バター犬って。」

「知らなくていい、知らなくて。」

 ぽつりと呟いたシオンに、サカザキが呆れたような表情で首を振れば、無駄に地獄耳なフェルナンドが、またしても良いネタを見つけたと言わんばかりに、

「え?ナニ?シオンちゃん知らないの?あのね───」



「「「  いいから黙れ・・・。  」」」



 

 大隊長三人分の怒気を一身に受け、流石にフェルナンドは口を噤む。そして、クロウはしっかりと拳を固め、その赤ら顔に一撃叩きつける、から。

「げぶっ!」

 小烏丸さえしまってくれれば、繰り出す拳に関しては、もはや大隊長二人は止める気はなかったらしい。

 壁に叩き付けられて目を回す、その男を見下ろしながら、エリザベッタとビクトルが帰り支度を整え始めた。

「本当に、迷惑をかけました・・・。」

 と、明らかに多い金額をエリザベッタがサカザキに差し出す。大剣を背負い、完全にノックアウトしたフェルナンドの首根っこをつかんで地面に引きずりながら、ビクトルがシオンにも丁寧な謝罪をする。

「悪かった。コイツの酒癖の悪さは慣れていたが、あまり見せられたものではなかったな。」

「いや、性質の悪い酔っ払いは慣れてるから。」

「すまぬな。」

 いやいや、と、首を振るシオンの背後から、明らかに不機嫌な顔をしたクロウが、舌打ち交じりに、

「ソイツ、出禁で。」

「手前ェが決めんな。」

「出禁にしたところで、飄々と顔をだすぞ?」

 ビクトルが指摘した事は、まさしく、否定ができなくて、

「あー、クソ!マジ腹立つ・・・。」

 クロウは怒りを隠しもせずに舌打ちする。

 ここまで嫌悪の感情を露わにする姿も珍しく、シオンは、少し珍しいものを見るような眼でクロウを見つめた。

 はたと、その視線に気付いたクロウが、再び

ぐっと、息を飲んでわずかに俯く。垂れた耳と尾が見える気がして、シオンがその髪をそっと撫でた。

「なんだよ。本当に犬みたいになってんじゃねぇか。」

「い・・・っ!ぬ、って・・・!」

「・・・それはそれで可愛いな。」

「───・・・っ!ちょ、なに・・・、それっ!」

 小さく零した言葉に、クロウが瞬間赤面する。それを見て、シオンが楽しそうに笑えば、そんな二人の様子に、ビクトルとエリザベッタが、何か、眩しいものを見るように目を細める。

「見たかよ、アレ。」

「まぁ、いいんじゃないか?」

 普段、悪態か仕事関連しか話さない様な無表情の男が、ただ、完全に惚れた相手に一喜一憂して、揺さぶられて。

「若いなぁ。」

「恋ってのは盲目になるもんだな。三十路超えてる男がまるで思春期じゃないか。」

「ククク。言ってやるな、それでも我々の中では最年少だろ。」

「まぁ、な・・・。」

 ふと、エリザベッタが遠い目をする。

「あの位の年は、二大戦争で全ての経験がそれに塗り替えられた世代だからな・・・。」

「言っても仕方がない、と分かってはいても・・・なぁ。」

 ビクトルの視線が、クロウと、そしてシオンにも向けられる。





 帰り際、ふと、何かを考え込んでいたビクトルが玄関先でクロウに振り返る。

「小僧。」

「・・・・・。」

 赤ら顔のまま、それでも、比較的しっかりした眼で、ビクトルはクロウを、呼び止める。

「あの娘、相応に気にかけておけよ。」

「・・・言われなくても──」

 言いかけたクロウを制し、そう言う意味ではない、と、ビクトルは首を振る。

「東方種のオブシディアンと言えば、ある一定経歴のある人間なら気付くぞ。例え、今二ツ名に落としていても、な。」

「・・・・・ッ。」

 暗にシオンの正体を示され、またそれが他の周囲も感じ取れる可能性を示唆されて、クロウは小さく息を飲む。以前、シオンとファウストが軍部にて会合した事があり、その際に、クロウはシオンの出自を知ったのは偶然だった。ただ、それがどう言う意味を成すのか、は、元々平民以下として生きてきたクロウではなかなか気付くことはできない。

 ゆえに、ビクトルは忠告する。

「あの一族は、刀の一族でも有名だが、ナニより黒曜石オブシディアンに相応しい容姿の持ち主なのも有名でな。」


「比較的男系の一族と聞いていたが・・・。確かに30数年程前に、そこに姫が産まれたと話が出たな。周囲の国々がざわめき立っておったわ。女子なら、是非我が家に、と、な。」


「容姿と、刀の秘技と、高貴な出の純血。」


「三種を持つ、時代が時代なら宝石の如く扱われる娘だが・・・」


「野に落ちたとして、それが宝石だと気付くものは少なからずいるだろうな。」


「そして、それを悪用する者も・・・。」

「・・・・・。」

 流石に元々四ツ名を戴くだけの出ではある。ビクトルの推測は、状況によっては多分杞憂ではすまない。今後、本人が望む望まないに関わらず、シオンには一生ついて回るであろう事柄だ。


 それに、悪意がついて回る時───・・・

 

「なんであろうと・・・」

 ふいっと、クロウが話を切る。

「オレからあの子を譲るつもりは、ないよ。」

「だろうな・・・。」

「あの子も、ココでの生き方を、存外悪くないって思ってるみたいだし、ね。」

「・・・・・。」

「その生き方もひっくるめて、オレは、あの子といたい。」

 真っ直ぐに貫くような緋い眼。

 中央種の自分と、似て、非なる深紅。


 クロウの生い立ちは大方聞いていた。剣技は軍随一と謳われていたが、孤独ゆえか、心の方があまり強くはなく気にかけていた。仕事には忠実だが、何に対してもそれ以上を抱える事はなかった男だ。

 それが、表情を素直に出し、真っ直ぐな眼で側にいたいと語る様になった。

 ビクトルは小さく笑う。

 昔、聞いた彼の探し求めている者は見つかったらしい。その想いが成就するか否かはまだ分からないが、繋がりを求めるだけでも、人はこうにも変わるのだと、ビクトルは思い知らされて、笑う。

「まぁ、お前なら心配はないだろうな。」

「むしろ心配なのはアレだから。マジでそのうち斬るよ?ホント・・・。」

「そこは耐えろ。腐っても使い勝手は悪くない男だ。」 

「・・・最悪、手足の二、三本はいいよね?あっても無くても変わらねぇし・・・。」

「・・・・・。」

 ただ、少々過激な方向に、傾きすぎたのかもしれない。フェルナンドの甥っ子の件にしろ、加減というブレーキが壊れかけてる。

(これはさぞかし、小僧の副隊長が気をもんでおるだろうよ・・・。)

 ビクトルが、ハルオミとリシリィの顔を浮かべた。どちらかと言うと、リシリィの方は放置気味だった筈だ。と、なると、元々面倒見のよいハルオミの方は、中々振り回されていそうだと、ビクトルは苦笑いを浮かべる。


 二人と、引き摺られる一人を見送って、ようやくシオンは肩の力を抜いた。

 クロウも、腹の奥底から、大きく息を吐いた。

「暴風みたいだったな・・・。」

「約一人は暴風というかただのクソだな。酒グセが悪すぎる。いつもほっといてたから気にしなかったけど、アレは二度と関わりたくないし、関わって欲しくねぇわ。」

「・・・・・。」

 チラリと見上げたその顔は、心底不機嫌そう、だけど・・・。

「ま、過ぎたことさ。」

「!」

 そう告げれば、続く言葉に期待してか、クロウが纏う気配が明らかに変わる。

「店はもう閉めるだろうし、酒持って・・・」


   ─── いく、か・・・?


 再び、階上を指で指し示して、コトリと首を傾げれば、


「行く。」

「ただ、あんまりツマミがねぇんだけど・・・」

「材料適当にある?オレ作るよ。」

「マジか?」

 料理ができるのか、と。暗に視線を向ければ、クロウが

「簡単な物だけどね。」

と、頷く。


 ならば、とシオンはにこやかに笑う。


「期待してる!」

「・・・が、がんばる。」

 くっと息を飲んで、でもどこか嬉しそうにそっぽを向いて。


 先に扉を出たシオンを、クロウはゆっくりと追った。



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