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Lapis-landiA  作者: 八広まこと


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EP.番外:天河石(アマゾナイト)②


『なんてことない。私やシキジマ君の同僚だよ。』


 エリザベッタが、容易に告げた言葉。


 それは即ち、一緒にいる彼らは大隊長ということだ。

ルミナスプェラでの軍部の役割は非常に大きい。国の根幹に根ざすのは無論、国起こしの『聖女』リィン=音=アンダルシアだ。

彼女の統治の元、内政務局と外政務局、そして守護の要となる軍がある。軍は、リィンとのつながりが強い。それは、そこに絶対的な権力があることにもなる。


 閑話休題・・・

 

「ちなみに、こちらが第一大隊長のビクトル=エインレスト=ロウ=バルザドール殿」 

「初めまして、ではあるな!だが、そんな気がしないのは、リリーやハルオミからよく聞いてるせいかな?」

 大きな掌でシオンの手を取りながら、それでもビクトルは人懐こい笑顔を浮かべる。ただ、シオンは眼を瞬かせて、今聞いたビクトルの名前に反応していた。

「・・・漢名字カンナジの、四ツ名?」

「漢名字を知っているのか?」

「・・・えぇ、まぁ。聞いたこと、くらいは。」 

 シオンは、感心したように強めに頭をなでるビクトルに、少し視線をそらしながら頷いた。


 この世界の名前は、基本的に『名前=苗字』という形になる。ただし、『三ツ名』といって、主に名前と苗字の間にもう一つ名前を加える。基本的には家族や恋人から送られることが多いため、一般的には将来を誓った相手がいることを示す目安の一つ、となることが多い。基本的には一度付けた名前は消せない。ただし、その名前を付けた相手が亡くなった場合には取り消されてしまう。


 名前と苗字の間には、最大で2つまで加えることができる。ただ、ほとんどの人間は二つ、もしくは三つで終わることが一般的だ。


 ただ、人外戦争以前での、王侯貴族には、更にその上の『四ツ名』を持つ者がいた。

 つけ方は基本的に一緒である。ただ、四ツ名を持つ者達のほとんどがそれなりの地位を持つ者であったため、一つの習慣があった。

 『四ツ名』には高貴なる血の宿命ノブレスオブリージュが宿るとされていた。『四ツ名』を抱いたその瞬間に、その年齢を問わず一つの誓いを行う。その誓いは人ぞれぞれではあるが、成人していれば、或る意味自身の生き方はを示す宣言にもなることが多い。


 そして、その『四ツ名』の中に、『漢名字』という特別なものがあった。


 『漢名字』とは、古来文字の一種であり、すでに失われ、絶えて久しい。正しくその意味を理解していないと災いをもたらすとも言われていた。しかし、その文字は一つで意味をなし、名前として加えられるとその恩恵を得られるとして、昔の高位貴族や王族などにはつけられているものが多かった。

 特に魔人・魔人種がその意味を把握していることが多く、まだ友好関係があったころは、魔人たちには『漢字名』授ける依頼もあったという。ただ、人族では扱いができない文字の一つとされており、人外戦争が起こって、両者が断絶されてしまった今では、『漢名字』をつける事はおろか、その意味を知る者すら少なくなっていた。


「中々博識だな?最近は知らない者も多いが。」

「・・・産まれ、ですか?それとも、この国で授かった?」

「産まれ、だな。もはや亡国、だがな。」

 そう言いつつも、豪快にビクトルが笑う。その顔を、どこか懐かしそうにシオンは目を細めて見つめた。


「僕も、いいかな?」

 ビクトルの横から、長身の男も顔をのぞかせる。そしてシオンに握手を求めて


「・・・・・。」

「・・・・・。」


 手を出そうとしたシオンの手を、クロウが、背後から肩に腕を回すようにして、その手を抑える。じと・・・っと、シオンの肩越しに、クロウが長身の男を牽制すれば、宙ぶらりんになったその手を、彷徨わせて、頬をかく。

「・・・どう言うコト、かな?」

「そのまんま。」

「いいでしょうが、握手くらい。減るもんじゃあるまいし。」

「減る。」

「・・・辛辣だねこりゃ。」

「悪ィが、オレはアンタが好きじゃない。だからこの子に近寄って欲しくない。」

「・・・見事な嫌われ様だね、こりゃ。」

 助けを求める様に、長身の男がエリザベッタの方をみる。が、彼女も、ふうっと一つ息を吐いて

「ま、このシキジマ君に嫌われてる男が、第五大隊長ののフェルナンド=アルバ=フラングライザーさ。見た目はこんなだが、まぁ、それなりには、頼りにはなる男だよ。」

「・・・エッダ姐さんも、何気に貶めてません?」

「仕方ないだろう?」

「・・・え?仕方ないの?」

「フェルナンドよ・・・。事務方と人員配置は見事な采配だとは思うが、隙あらばサボっては女の元に転がりこんだ挙句、まぁ、そのしわ寄せが概ねシキジマ君に来てる、となれば、彼の態度も仕方がないんじゃないか?」

 エリザベッタの評価に、それでも、フェルナンドはあっけらかんとして笑う。

「まぁ、振られる仕事が全て、クロウ君の方が向いてるなーって思う物が多いからね。彼が武功を立てられたのはもはや僕のおかげじゃない?」

「・・・・・。」

 悪気のないフェルナンドの様子に、エリザベッタもどうしようもないと、頭をふる。


「・・・まぁ今まではイイよ。別に。やる事もなかったし。」


 ただ・・・、と。クロウが、未だにシオンに回した腕を離さないまま、むしろ、少し力を強めて。怒気を込めた視線をフェルナンドに送る。


「優先順位が変わったから。武功も権力もいらねぇ。ただ『この』時間が欲しい。それを邪魔してくるってんなら・・・」

「・・・なら?」

「アンタの甥っ子の二の舞にするから。」

「・・・わーお。」


 具体的に語られなかった名前が、シオンの脳裏にふと浮かんだ。

 リヒト=ワグナー。

 確かに、物腰の柔らかさなどは、彼に近い雰囲気を感じた。

 シオンとは既に和解したリヒトではあったが、クロウは未だに彼のことが好きではないらしい。流石に権力を盾になにかをする事はしないが、以前よりも容赦無く人使いが荒くなったらしく、リシリィやハルオミに愚痴っているのを見かけたことがあった。

 

 お手上げの如く両手を挙げて天を仰ぎ、了解した、と頷くフェルナンドに、ビクトルが自業自得だと小突く。


「おい・・・。」

「ん?」

 シオンに声を掛けられ、打って変わって優しい視線をむける。

「いい加減、離せ。」

「えー・・・。」

「仕事にならねぇよ。」

「・・・はーい。」

 なにはともあれ、と、ようやくクロウの腕から逃れたシオンが、テーブル席に彼らを案内した。先付けを出しながら、注文を取りに向かう。

 その背を見送りながら、クロウは、シオンがまた、店員に戻ってしまう様に大きなため息をついた。

 せっかく良い酒で傍に置いておける理由を作ったのに、とクロウは露骨に不機嫌な様子を見せて、カウンターに戻り、肘を付く。エリザベッタがこちらに来ないかと、誘うが、クロウは結構でーす、と手を振る。


 そんな様子をちらりと横目に見ながら、シオンはこっそりとクロウに

「ほら。」

「・・・ん-?」

 『奢り』の一言に、シオンが嬉々として注いでいた日本酒をカウンターに置く。

「先にやってろ。」

「・・・先?」

 そのままカウンター下にしゃがみ込む。


 その姿を目で追えば、日本酒の酒瓶をいくつか取り出しながら、ちらりと、少しだけばつの悪そうな顔の、長い睫毛が縁取る、上目遣い。




「・・・・・。」

「一通り落ち着いたら、ちゃんと来るから。」




 言葉と仕草、合わせワザの破壊力は、抜群だった。




 息を呑んで、視線が泳いで、小さく『・・・了解』とだけ頷いて。緩みそうになる頬を必死で抑えて、でも、抑えきれないから。



「―――・・・っ。」

 カウンターに突っ伏して、クロウは大きく息を吐いた。熱がこもる頬は隠しつつも、赤く染まる耳だけが銀髪の隙間から隠しきれず。ふるりと肩が揺れる。





 そんなクロウの様子に、ビクトルが、もう酔ったか小僧、なんて笑うのに、再びひらひらと手を振ってごまかしていた。




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