EP.番外:天河石(アマゾナイト)①
桃石柱の後辺りの話です。本編に
大隊長たちの戯れ話
週末のある日。
夜の賑わいが通りを輝かせている。明日は祝日ということもあってか、夜の20時を過ぎた時間になっても、人の波はまだまだ途切れる様子は見られない。
中央通り(セントラル)と第二中央通り(セカンドセントラル)、この二つの主要道路を横切るように走る繁華街は、この国で一番賑わいを見せる場所でもあった。軍の中央部や政治中枢も、その通りのすぐ北に位置している。敷地を出ると、すぐに夜の街を愉しむ人々ざわめきが視界に広がっていた。
夜とは言え、それほど寒さを感じなくなって。
クロウは建物を出る前に、特徴的な軍服を脱いで、肩にかける。シャツの袖を捲り上げて、風の心地よさを感じながら、中央通り(セントラル)を南へ、人の波に逆らう様にしてゆっくりと下った。
徒歩にして30分程。
中央通りも南へ行けば行くほど、落ち着きを取り戻す。馴染みの店が集う商店街の通りを左手に見ながら、途中の細い角を右手に。すると、少しガラの悪い人々がたむろしながら、酒をあおる様な路地へとつながる。とはいえ、彼らは皆、クロウのお目当ての店の顔見知りでもあった。思いの外、気の良い連中であることも知っている。幾人かは、この『毛色』に臆することもなく、クロウを認識して軽く手振る人まで増えてきた。それを少し心地よく感じながら、路地の奥、住宅地にもほど近い、二階建ての建物にたどり着く。
赤いランタンの灯された、中のぬくもりが透ける、擦りガラスの引き戸をゆっくりと開ける。
週末の夜の賑わいは、この店にも少し縁があるようで・・・。
いつも片手で数えるほどの客しかいないのに、今日は全てのテーブルが埋まっている。
ふと、クロウを見止めた黒髪の店員が振り返って
「いらっしゃ―――・・・」
途方もない笑顔を浮かべ・・・た、かと思うと、スッと消える。
「・・・なんだ、手前ェか。」
「なんだって・・・。客なんだからその笑顔のまま歓迎してよ・・・。」
わかってはいた。わかってはいたことだが。
その、あまりの落差にクロウはちょっとだけ涙が出そうだ。
「手前ェの存在は客とは言わねぇ。冷やかしという。」
「なんつー言い方よ。ちゃんと金落してるでしょ?」
「それは今日の支払いでまた評価だな。」
「・・・むしろここ、ぼったくりバーかなんかじゃない?」
カウンターの左端が、クロウの定位置だった。入り口もすぐに視界に入って、行動が起こしやすい場所。これはもう仕事上のくせみたいなものだ。店主の親爺もそれを了解しているからこそ、決まった席に彼を案内するようにしている。
テーブル席の二組が、ちょうどお会計を頼むとシオンに手を振った。
馴染みの客から、二つ三つ声をかけられて、シオンがそれに頷きながら、楽しそうに笑い合う。その次の、少し酔ったような女性客は、カウンター越しのシオンに、浮足立ったように話しかけて、それにシオンが目を細めて答える。一瞬下げられた影を作る視線が、次には、やや上目遣いに女性客を見上げた、首をわずかにかしげ、何か言葉を返せば、小さく息を飲んだ女性客は、喜んではしゃいで、シオンの首筋へと腕をからませた。シオンは少し困ったように笑って、うなずき、その手を外させる。そうして、腕をからませてくる女性客を、出口まで見送りに出て行った。
全て会話の内容は聞き取れないが、その様子は酷く様になっていて、こんな場末の飲み屋が、それでもやっていけるのは、多かれ少なかれ、シオン目当ての客もいるのは否定しないと、ため息交じりに言っていたサカザキの言葉を、クロウは思い出す。
そして、多かれ少なかれ、その光景が、自分にとって、あまり面白くもないことであることも再認識して、ちょっと唇を尖らせてみた。
ガラスの引き戸が音を立てて、シオンが中へと戻ってきた。
少し疲れた様なため息を吐くから
「いや、モテる男は辛いねー、お疲れさまー。」
「・・・・・。」
へらりと笑って見せるクロウの様子を露骨な煽りだと受け取って、シオンは剣呑な表情で舌打ちして見せる。
「なによ、一杯おごってあげようと思ったのに。」
瞬間、目を瞬かせたシオンが、サカザキに向かって叫ぶ。
「親爺、大吟醸の『飛露喜』まだ残ってたよな?もらう!」
「ちょっとちょっと!ナニ自分だけイイ酒頼んでんのよ。」
「奢りだから。」
「ああ、そうでしたねっ。」
――― わかったから、オレの分も。
そういえば、してやったり、とシオンは唇を吊り上げる。
嬉々として銘酒の一升瓶の蓋を開ける姿に、クロウはさっきまでの憂鬱さが吹き飛んでるのを感じて、
( ・・・我ながら、なんとも現金なもんだわ、ホント。 )
カウンター越しに肘をついて、嬉しそうな様子で二人分の酒の準備をするシオンを、クロウは目を細めて見つめる。頬が思わず緩みそうになるのを、なんとか抑える。
と、
再び引き戸が空いた。
「いらっしゃい。」
シオンの代わりに、カウンターで煮物の盛り付けをしていた親爺が入り口に眼をむけて、そのまま止まる。
同時に、クロウも入り口へと眼を向けて、固まる。
「おお!いたいた!小僧、ここだったか!」
「・・・な、ん、で、こんなトコにいんのよ、アンタら!」
「ま、週末だしねぇ?」
「他に行けよ、他に!店なんざいくらでもあんだろうが・・・!」
「まあ、そこは、ねぇ・・・?」
にんまりと笑う長髪の男にクロウが露骨に嫌な顔をする。
入ってきた客は三人。
一人は大柄の獅子のような髪をした男。齢は親爺とそう変わらなさそうに見えるが、体格はかなり大きい。180㎝は優に超えているだろう。中央種特有の、赤にも近いオレンジの瞳に茶色い髪を後ろで一つに結わえ、クロウに向かって片手を振っている。
もう一人の男は先程の男と並ぶせいか、流石に優男にみえる。が、身長は高い。190㎝にも届くだろう長身の男は、もう一人と同じ茶色の髪に、茶色の瞳をしている。垂れ眼の、あまり覇気がなさそうな様子でへらりと笑っていた。
そして、もう一人は、シオンも知っていて・・・、
「エリ、ザ・・・ベッタ、さん・・・?」
「久し振り、シオン。覚えててくれて嬉しいよ。」
「やっぱり!」
シオンが不意に顔をほころばせて彼女を迎え入れる。一度『公衆浴場お触り事件』で丸坊主にしたリヒトと謝罪に来たのが第三大隊長エリザベッタ=ラクシュミトフ、だった。その際に、彼女はシオンを気に入り、シオンもまた、訪ねに来ることを了承していた。西方種、金髪に青い瞳をうれしそうに細めて、エリザベッタは、出迎えたシオンの肩をポンと叩く。
「一緒の方は・・・?軍の──・・・。」
ちらりと、シオンがクロウの方をみるが、クロウは不機嫌そうにそっぽを向く。
代わりに、エリザベッタが、ひらりと手を振って
「なんてことない。私やシキジマ君の同僚だよ。」
「・・・どう、りょう。」
サカザキと、シオンが顔を見合わせた。
なんてこと、ない、ことでは、なかった・・・。




